平和主義者の魔王軍

文月 洋

序章 –さよなら。残りの余生–

 ”真柴菊次郎ましば きくじろう”72歳、定年退職をして早12年が経った。


 年金で残りの余生を静かに過ごしたいと切なる願いを持つ老人である。

 祖先が武士の家系であったため、昔から父親に鍛えられ、剣術に長けていた。


 72歳という年齢の割にはがっしりとした体型。後ろに流された白い長髪。立派なひげもあり、歴戦の武将を彷彿とさせる。


 しかし、歳が歳なので体力もほとんどないため、 今はこうして縁側えんがわに座って風にあたりながら熱い茶を飲むのが好きである。


 ガチャ…ッ!


 扉が開く音と同時に誰かがこっちに走って来る。


 こっちに向かって来る足音は孫、”真柴総司ましば そうじのものであった。


「お爺様、本日の剣道の県大会で優勝致しました!来月に近畿大会でございます…ッ!」


 総司は、身長があまり伸びないと悩んでいるが、スッキリとした顔立ちと短く整えた髪型が似合っている中学3年生である。


「うむ、よくやった。では、汗を落としてから剣道場に来なさい。稽古をつけてあげよう」


「ありがとうございます」


 菊次郎は先に剣道場に足を踏み入れた。木刀を一つ手に取り「ギシッ、ギシッ…」と、音をたてながら一番奥へ向かう。


 ガチャン…ッ!


 先ほどよりも元気よく扉を開けて入ってきた総司は、一度深呼吸をして、木刀を構えると「いつでもいけます!」と叫んだ。





 そのときであった。


『それ』は音もなく現れた。





 赤黒い血液のような色をした『魔法陣』が総司を中心に完成する。


「…なっ、なんだよ、これ…ッ」

 総司の顔が青ざめる。



知り合いに魔術について研究している頭のおかしな奴がいた。

菊次郎はそのおかしな奴の研究室に置かれていた本で見たことのある魔法陣であると悟り、


「総司っ、早くそこから逃げろ!」

 菊次郎は喉が潰れそうなくらい声を張り上げて叫んだ。


 しかし総司は恐怖で動けなくなっていた。


 菊次郎は咄嗟にこれはまずいと思い、木刀を握ったまま総司を突き飛ばした。


 が、そのときにはすでに遅かった。総司は助かったが、菊次郎本人が魔法陣に飲み込まれる。




「すまない、総司ッ…、ぐっ、ぬぬぬぅぅぅぅ……ッ、ぐはぁぁぁぁァァァ……ッ、あああああァァァァァァァァァ…………ッ」












「そこは何もない暗闇だった…」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る