君と歩く駅までの道と追憶の記憶

ほびっと

第1話

 



「私ね、貴方コウと歩くこの駅までの道が好き。」


 僕も君と同じ事を思っていたよ。

 あの時は言葉にするのが恥ずかしくて君に伝えられなかったんだ...。

 あの時なぜ、自分の気持ちを言葉にして君に伝えなかったのだろうと、僕は今もずっと後悔している。


「なんだよそれ、いつも通ってる道だろ?」


「いつも通ってる道だからこそ愛着があるのー。」


 そう言って彼女は小走りして僕の先を行く。

 彼女のナビく髪、風に乗って僕の元にシャンプーの香りが届く。

 いつもの日常、彼女と過ごす時間、僕にとっては当たり前に訪れる時間だと思ってた。


 君が僕のそばにいてくれる事が、君と過ごすこの時間が、これからも続くものだと僕は信じて疑わなかった。


 僕と彼女が出会ったのは高校生になりたての頃だった。



 ーーーーー



 僕は慣れない電車に乗り、まだ大きい制服に袖を通し、高校へ向かう。


 入学式を終えて、今日が初めての登校だ。

 僕がこれから3年間過ごす高校は聖桜(セイオウ)高校という大きな高校だ。


 僕は親の都合で住んでいた街から引っ越して、この街に来た。

 当然友達もいないし、知り合いさえいない。

 僕の心の中は不安でいっぱいだった。


 そんな電車の中で同じ高校の制服を着た女の子を見かけた。


 同じ高校だよな? 同級生かな? それとも上の学年なのかな? そんな事を考えていた。


 僕の視線が気になったのか、その女の子がこちらを向き、僕は女の子と目が合ってしまった。

 僕はすぐに女の子から視線を外す。


「...変な奴と思われてないかな?」


 僕は誰にも聞こえないような小さな声でポツリと呟いた。


 それからは目的の駅まで、車窓から見える名前も知らない山々をただ呆然と見ていた。


「次の駅は聖桜ヶ丘セイオウガオカ。」


「お降りの際は足元にお気をつけください...。」


 聖桜ヶ丘駅は駅の名前の通り、高校に最も近い駅だ。

 当然、聖桜高校に通っている生徒たちが皆一斉に降りる。


 しかし、電車の中で目が合った女の子の姿はそこになかった。


 駅から高校への道は坂道になっていて、それほど遠くない距離の割に疲れる。

 駅から歩き始めて10分ぐらいで高校に着いた。


「おはようございまーす!」


「入学おめでとーございまーす!」


 校門では教師や委員会の上級生などが大きな声で挨拶をして新入生を出迎えていた。


「おはようございます。」


 挨拶と一礼をして校門をくぐる。


 これから、この学校で新しい高校生活が始まる。

 胸の鼓動がどんどん早くなる。

 これから上手くやっていけるだろうか? という不安な気持ち。

 それと新たな学園生活が始まる! という楽しみな気持ち。


 この胸の高鳴りは一体どちらの感情で起こっているものなんだろうか?


 昇降口で自分の靴箱に外靴を入れて上履きに履き替えて、自分が1年間通う教室に向かう。


「緊張するなよ...。」


 そう自分に言い聞かせるように言って、一つ大きな深呼吸をした。


「おはよう。」


 と挨拶をして教室に入る。


「おはよう〜。」


 と名前もまだ知らない誰かが挨拶を返してくれる。


 自分の席は...後ろの方か。

 自分の席を見つけた途端に、どっと緊張が解けた。

 自分の居場所があることに安心したからだと思う。

 自分の席に座り、机の横に鞄をかけて、教室にかけてある時計に目を向ける。


 7:38、早くも無く、遅くもない。

 教室にいるのは20人前後くらいだろうか? 一クラス40人ぐらいだから、半分くらいの生徒がいる。


 隣の席の子は...まだ来ていないようだ。

 さて、どうしようか...。

 誰かに話しかけてみようか? それとも少し様子を見るか...。


 なんて考えてるうちに前の席の子が


「おはようー!」


「初めまして。俺、前の席の赤城翔太アカギショウタって言います。よろしく!」


 と声をかけてくれた。


「こちらこそ初めまして、俺は秋野紅太アキノコウタって言います。よろしく。」



 翔太とこれから数十年の付き合いになるなんて、この時は思いもしなかったな。



「俺のことは翔太って呼んでよ。紅太の事は...コウって呼んでもいい?」


「分かった、よろしく翔太。」


「よろしく、コウ!」




 そうだった。俺のあだ名が"コウ"になったのは、俺のことを翔太が"コウ"って呼び始めたことがキッカケだったな。


 俺がこの街に来て初めてできた友達。

 すごく嬉しかったのを今でもハッキリ覚えてる。


 翔太と、この街に引っ越してきたこととか、翔太は高校の近くに家があって通学が楽とか、色々話してると君が教室に入って来たんだよ。



 ーーーーー



 電車で目が合ったあの女の子だ。同級生だったんだ。

 しかも同じクラスか...変に思われてなければいいんだけど...。


「それでさぁ〜部活とかコウはもう決めてんの?」


「ん? ゴメンなんだっけ?」


「イヤ、だからさコウは部活とか決めてんのかなって?」


「いや、俺は全然決めてないな。」


「中学の時は何やってたの?」


「サッカーやってた。でも高校でサッカー部に入るつもりはないけどね。」


「じゃあさ、俺と一緒に軽音楽部に入らないか?」


「軽音楽部に? でも俺楽器とか弾けないけど?」


「俺もだよ。」


「いや誘った、翔太も弾けないのかよw」


 そんな会話を翔太としていると、君が僕の隣の席に座ったんだ。

 さっき電車で少し目が合っただけなのに、僕は凄く動揺していたと思う。



 ーーーーー



  どうしようか? 声をかけてみようか?

 でも、変な奴と思われてたら...。


「おはよう〜初めまして、隣の席の霧谷皐月キリタニサツキです。よろしく。」


「よろしく! 俺は斜め前の席の赤城翔太って言います。翔太って呼んでね。」


「よろしく翔太君。」


 翔太は自己紹介の達人かよ! 当たり前のことを、当たり前にできるってすごい事だよな。

 翔太は当たり前が自然にできる人間なんだろうな。


 俺は...当たり前の事ができているだろうか?


「えっと君は?なに君なのかな?」


「え? あっ...俺は秋野紅太って言います。」


「紅太君ね、よろしく。」


 なんでもないただの自己紹介。

 お互いに名前を名乗っただけなのに...どうしてだろうか? この胸の高鳴りは...。

 さっきの緊張や不安とは違う...。


 和かに笑う彼女は僕の心をすぐに奪っていった。


 一目惚れだった。

 生まれて初めての経験だった。

 自分でもビックリしてる。さっき電車で見た時はそんな感情抱かなかったのに...。


「皐月ちゃん、紅太は"コウ"ってあだ名なんだぜ。」


「そうなんだ。」


「俺がさっき考えたんだけどね。」


「だから皐月ちゃんも"コウ"って呼べばいいよ。」


「そうなんだ、よろしく"コウ君"。」



 ーーーーー



 君に初めて出逢った日。


 君と初めて会話した日。


 僕が初めて君の名前を知った日。


 僕が初めて一目惚れした日。


 そして初めて君に"コウ君"と呼ばれた日。



 これはコウサツキの物語。

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