第4話 たこ社長

いぬ社長は、郵便局員の神田さんと、近所の定食屋さんにご飯を食べに来ていた。

昔からの馴染みとあって、思い出話に(と言っても神田さんが一方的に話してるだけだが)花が咲いた。


神田さんは仕事はてきぱき真面目にやるが、プライベートはちょっとだらしない。

いぬ社長は逆に、神田さんのそういう所が気に入っていた。


そのうちに、5年前に亡くなった、たこ社長の話になった。


いぬ社長には、師匠が居た。

たこ社長と呼ばれたその経営者は、かつて一時代を築いた男であった。

四方八方に新規店舗を展開し、メディアにも露出して、打てば響くような経営状態を誇った。


どちらかと言うと穏やかないぬ社長と違い、たこ社長は血の気の多い男だった。

何かで頭に血が上るたび、手は出さないが足が出る。大酒大食いは当たり前、交際接待に明け暮れて、今度は予算に足が出る。

8杯の「めかけ」を作った上で、それぞれ8杯子供を作る、スミに置けない豪傑ぶりであった。


そんなたこ社長も、最後まで見舞いに訪れていたのは、いぬ社長と神田さんのふたりだけであった。


「なんだか、悲しいよね」

そう言って、神田さんはサンマのワタを綺麗に剥がした。

剥がしたワタを横からひょいパクっとばかりに、いぬ社長が食べる。

「あーダメだよいぬさん、このご時世、ワタには色々良くない毒素が凝縮して入ってるんだよ」

たこ社長の思い出もどこ吹く風か、いぬ社長はペロッと唇を舐めた。


いぬ社長はたこ社長の事を大切に覚えてはいたが、思い出に浸って飯が不味くなるんだったら、たこ社長もあの世で浮かばれないだろうと思っていた。


たこ社長は最後の友だちがいぬ社長と神田さんだけになっても、威勢だけは衰えなかった。最後の日の二日前まで、こっそりお酒を舐めては、いぬ社長の肉球や神田さんのツルツル頭を大きな吸盤でペチペチと叩いていたのを覚えている。


だったら、一番弟子だったいぬ社長も最後の時まで、飄々と自分らしく生きていようと思うのだ。


「そうそう、こないだ、たこ社長の姪っ子さんが郵便局に訪ねてきてさ。いぬ社長にって、こんな物を渡されたんだけど」

そう言って神田さんが取り出したガラスの小箱には、沢山の綺麗なビー玉がしまわれていた。


赤や青、緑に黄色のビー玉が互いに光を反射し合って、どこから見ても一瞬一瞬で異なるスペクトルが飛び出してくる。

いぬ社長は目が悪いので、色の良し悪しは分からなかったが、揺れる光のカーテンに惹かれ、吸い込まれる様に見つめていた。


「思い出の品らしいんだけど、何か覚えある?」


勿論、覚えていた。というか、忘れられる筈もなかった。

このビー玉は、たこ社長との出会いのきっかけの品なのだから。


いぬ社長は、定食屋さんの「第125回商店街夏祭り」と書かれたポスターを見つめた。

目を細めると、まぶたの裏に、在りし日のいぬ社長とたこ社長の姿が浮かぶ。


いぬ社長はその時、流しの大道芸人をやっていた。

人前で芸をやってはご飯を貰う。得意な芸は音楽に合わせてマラカスをシャカシャカと振る芸だったが、足を止める人も少なく、生活は苦しかった。

自分に興味を示さない人々は、みな笑いに鈍感な人なんだと自分を無理に納得させて、それでもいつか受け入れられたら良いなと僅かな希望を胸に抱いた。


そんなとき、いぬ社長は神社の境内でたこ焼きを売っている、たこ社長に出会った。

変わったたこだなと思った。わざわざ自分の足を食材に使うなんて!!


自分の足で稼いでます、と看板には上手い事が書かれていたが、正直、全然笑えなかった。

心配ないぞと、たこ社長は切ったその場で足を伸ばして見せた。


何でそんなに物理的に切り詰めてまで仕事をしているんですかと聞くと、人の役に立つのが楽しいからだ、と答えた。

商売って楽しいんですかと聞くと、当たり前だと声を張り上げた。


そしたら、僕も自分の好きなマラカス作って売ってみようかなと考えていると、たこ社長は、そんな犬も食わへんもん、誰が買うねんと鼻で笑った。

腹が立ったので、いぬ社長はムキになって、じゃあ何を売ったら良いんですかと聞いた。


たこ社長は祭が終わって片付けを済ましたあと、水槽のついた車の運転席に座り、付いてこいと言った。

駄菓子屋さんの前で車を停めたたこ社長は、本当に商売やるかと聞いた。

いぬ社長は、何となく気になる程度だったが、興味本意でやりますと答えた。


駄菓子屋のお婆ちゃんに紹介されたいぬ社長は、そこに住み込みで働きながら、たこ社長の注文の品を毎月仕入れて来るように言われた。


ビー玉100個を毎月集めることが課題だった。お客さんから貰っても良い、と付け加えた。


全く課題の訳が分からなかったが、やってみると、お店に来る子供と仲良くなって、本当にビー玉をくれる子供が居たりして、なかなかに楽しかった。

そのうちにビー玉1000個を集めたいぬ社長は、その頃にはすっかり人の心を掴むのが上手くなっていた。

そんないぬ社長を見て、たこ社長はたこ焼き屋の店舗を出すときに、いぬ社長をそのメンバーに加えてくれたのだった。


「……へえ、そんなことがあったんだ。ビー玉にねえ」

話を聞いていた神田さんは感心して、ツルツルのおでこをキュッキュと磨いた。


いぬ社長は思う。あの夜、あの祭でたこ社長に声をかけていなくて、芸人を続けていたらどうなっていたのだろうか。

そう言えば先程出会った大塚という男は、どこかしらたこ社長と共通点があったかも知れない。彼なら芸人でも上手くやるだろう。


でも自分はきっと、この道を進むのが天命だったのだ。

もしかしたら、こうやって友達とのんびりご飯を食べる時間も、たこ社長からの贈り物なのかも知れないな、と思い、いぬ社長は神棚に向かって小さくクンと鳴いた。

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いぬ社長と踊れる社員たち @GetGetGet555

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