「あの……どちら様……ですか?」

 闇の中からずるりと現れたシエルに、男はいぶかしげに、しかし驚くことも、戸惑うこともなく問う。

 シエルと男とは、直接的な面識はない。ただ、シエル同様、男の名を、この世界で知らぬ者はいない。

 シエルは、つかんでいたコウガの頭を、男に向かって投げた。

「コウガ殿! コレは……いや」

 あなた、は。男はシエルが「誰か」を即座に察したらしい。が、警戒することもなく、「わかりました」と、一言つぶやく。

「彼の、修復をお望みですね。妖魔王殿」

「……ヒトの敵に対し、物怖じしないどころか、随分と物分かりがよいのだな。貴公は」

 シエルの言葉に、男はクスリと笑う。

「まぁ、ココだけの話、あなたに匹敵するほど、人生経験は豊富なつもりなので」

 不思議な男だ……と、シエルは思う。

「でも……そうですね。彼の膨大な修理費をあきらめる代わりに一つだけ、よろしいですか?」

「……なんだ?」

 男に促され、シエルは椅子に座る。コウガの状態を確認後、男は作業用の上着を着ながら、機材の準備を始めつつ、口を開いた。

「何故、彼を壊した後、わざわざ修理を依頼するため、第三国であるここに連れてきたのか。……あくまで、オレのカンですけど、あなたは、いずれコウガの手で殺されたい……そう、思っているのではありませんか?」

 男の言葉に、シエルはびくり……と震える。

「……あたり、ですかね」

 無言のシエルに、男はにこりと笑う。嫌味でない、実に素直な性格が垣間見れる笑顔だ。

「何故、そう思った?」

「それは、たぶん、コウガもそう思っているからですよ」

 今まで何度もコウガを修理してきた経験からか、男は専用の台を持ち出し、コウガの頭をささえる。そして、首からのぞくちぎれたコードを、別のコードに繋ぎ直した。

 脳がフルに動くためには、まだエネルギーが足らないか……コウガの意識はないままだが、それでも、コウガの脳はひとまず、これで守られた。

 安堵のため息を吐き、シエルは思わず自嘲する。

 何十年の時を経ても、嘘をつくことは相変わらず苦手であるし、どんなに裏切られても、ヒトを、心底憎みきることができない。

 あの時、薄れゆく意識の中、妖魔の王に肉体を狙われ、思わず逆に喰らってしまったことに絶望した。

 そしてそのまま、「敵」として、親友に殺してもらいたかった。


 シエルはヒトの敵として、コウガに討たれることを望む。

 コウガは親友を見捨てた償いとして、シエルに壊されることを望む。

 そして、それを薄々感づきながらも、お互い実行する気はない。

 けれども何十年後、何百年後、ほんの少しでいい。相手の気が、変わることを夢見て……。

 それは実に、不毛な願いで。そして……。

「実に、気の長い話ですね」

 男がぽつり……と、静かにつぶやいた。



 シエルの、あの時の目が、怖かった。

 何十年と会っていなくても、ずっと、きっと、自分のことを「覚えてる」と、自惚れていた。

「親友」として見れなくとも、「憎い相手」として、認識してもらえれば、それでいいと思っていた。

 でも、あの時の、アイツは……。

 何千、何万といる「ヒト」の「一個体」としか、オレを見ていなかった。

 だから……。

「でも、それは、何度も大破されて帰ってくる理由には、なりませんからね」

 男にクギをを刺され、コウガは口をつぐむ。

「半年で三回とか……さすがにオレ個人が黙認できる金額じゃ、なくなってきたんですけど」

 昨晩も妖魔王はコウガの首を携えて、男の元にやってきた。ものすごく機嫌が悪かったことは、言わずもがな……。

「ストーカーは、嫌われますよ?」

「ストーカーじゃねえよ! ホラ! 養い子に会にだな!」

 会わせてもらえましたか? 男の言葉に、再び、コウガが口をつぐむ。その様子だと、やはり、門前払いをくらったようだ。

 話題を変えるか……コウガがかわいそうに思えた男は、苦笑を浮かべて、口をひらく。

「……アリストリアル帝国の再建とは、なかなか思い切った行動に出ましたね。君の従妹殿は」

 妖魔は大陸北部を平定し、かつて存在した帝国の名を冠した国を、新たに作った。

 そして、現在存在する、全帝国との国交断絶を宣言。鎖国に入る。

 ヒト側の各国は、強大な妖魔の能力と生命力に阻まれ、アリストリアル側への物理的な侵攻が不可能となり……同時に、妖魔側がこれ以上の侵攻を行わなくなったことから、事実上の膠着状態に陥った。

「とりあえずは、相手も「現状維持」……って言いたいんじゃないですか? こっちから約束破ってる身なんですから、滅ぼされるよりはよっぽどマシな状況だと思いますけどねぇ」

「……他人事、だな」

 そりゃー、他人事ですもん。男はにっこりと、コウガの装甲を溶接しながら答える。

「オレは、好きなことを、好きなだけやればいい……って「約束」で、「ここ」に居るんですから」

 へいへい……男の言葉に、コウガはため息を吐いた。

 しかし事実、その「約束」がなければ、彼はこの場に本当にいることなく、フラフラと世捨て人のように、各地を放浪していただろう。才覚はあるのに、権力に興味がないどころか、むしろ憎んでいるフシがある。そのくらいのことはやりかねない。

「それに、ヒトも妖魔も関係なく、協力できるところは協力して、みんなでニコニコしてたほうが、人生、楽しいと思いません?」

「……やれやれ。一国の主とは、とても思えんセリフだ」

 言ったでしょ? 男……トルクメキア皇帝ジュラン・エトーは、にっこりとコウガに笑う。

「オレは、好きなことを、好きなだけやるために、「ここ」に、居るんです」

 ふと、ピンときたのか、コウガはニヤリ……と、笑いながら、ジュランに問いかけた。

「じゃぁ、好きな時に、シエルに会に行って、何が悪いんだ?」

「……その台詞、自分の国が落ち着いて、自分の修繕費くらいまともに払えるようになってから、言ってくださいね」

 いつもより手厳しいジュランの口撃に、コウガは否応なく撃沈した。

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機械人形の幻夢 南雲遊火 @asoka4460

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