02
『――えー、それでは本日お誕生日の方のご紹介をさせていただきたいと思います』
わけのわからない光景が目の前には広がっていました。
そこはどこぞのパーティ会場でしょうか。目に映るすべてのものが白に染まっており、天井にはシャンデリア。眼下には円卓が点々と置かれ、そこにはありとあらゆる人がいました。
どなたも見知らぬ人ばかりです。何だったら司会者含めて知らない人です。
しかも私はといえばなぜかドレスに着替えさせられている始末。これは一体何事か。
『本日お誕生日の魔女様のお名前はイレイナ。灰の魔女として世界中を旅している魔女様でございます』
「あの」
『本日は十月十七日。魔女様のお誕生日でございます。皆様、大きな拍手を!』
「あの……」
私を無視して進行する司会者。拍手喝采を浴びているせいで私の声が聞こえないのでしょうか。私は笑っておけばいいのでしょうか。というか何なんですかこれ。結婚式ですか。私誰と結婚するんですか。
『ちなみにこれは結婚式ではございません』
なんですか私の心読んでるんですか。
『お誕生日会です』
こんなド派手なお誕生日会がありますか。
『本日の主役、イレイナ様、どうぞ一言ご挨拶をお願いいたします』
何ですか何故ですか。
しかし戸惑う私を無視してやはりお誕生日会なるものは進行していき、あれよあれよと大勢の前で立たされました。
「えっと……ありがとうございます……?」
ぺこりとお辞儀をしてみせると、円卓のあちこちから拍手が上がり、「可愛い!」「世界一可愛いよ!」「あ? 世界一はちょっと言いすぎだろ」「あ? 言い過ぎなくらいがちょうどいいだろ」などとあちこちから声が上がりました。なんですかこの羞恥プレイ。
『ありがとうございました』
淡々と司会者はただただ司会進行に徹しておられました。『それではイレイナ様のこれからの幸せをお祈りして乾杯を行いたいと思います。乾杯のご発声はイレイナ様の愛人にあたります、サヤさんにお願いしております』
…………。
は?
なにサラッとおかしなことを言っておられるのですかこの司会者は。
などと戸惑っていたら、当然のような顔をして黒髪の少女が壇上に上がってきました。魔法統括協会なる組織に属している筈の彼女は、なぜだか今日はドレスを着込んでめかしこんでいました。
「皆さんこんにちは! イレイナさんの愛人のサヤです!」
最低の自己紹介です。
「何してるんですかサヤさん」
ほうほうさてはこれは夢ですね? などとお察ししたのは大体この辺りになってからです。
そもそも私と同じくただの旅人として世界中を歩いているはずの彼女がこんなところにいるわけがありません。居たらストーカーですよストーカー。
「イレイナさん……お誕生日、おめでとうございます……」
なぜか瞳を潤わせている彼女でした。「ぼく……イレイナさんのお誕生日に立ち会うことができて……愛人代表としてとっても光栄です……」
「いや愛人じゃな――」
「かんぱああああああああああああああい!」
誤魔化しました。
全身全霊で誤魔化しました彼女。最低です。最低の自己紹介に違わぬ最低ぶりです。
乾杯ののちに雑談および食事タイムに入りました。ちなみにサヤさんに色々とお聞きしたいことがありましたが、彼女は私に投げキスを送ったのちに「えへへ」と恥ずかしそうにはにかんでから円卓の一つへと戻ってしまいました。何なんですか。まあ夢だし良いですけど。
『えー、本日のお料理は獣人のエリーゼ様が狩ったウサギの料理をふんだんに使っております』
なるほどなるほど。夢ですしね。エリーゼさんも居ますよね。そうですよね。
乾杯が済むと料理が次から次へと運ばれてきて、雑談タイムに入りました。とはいえ壇上の私はといえば、ドレスでめかしこんでいるものの一人ですので、正直に申し上げればわりと暇でした。
暇でしたのでちまちまとエリーゼ産のウサギ料理に舌鼓を打っていました。
しばらくすると司会者が、
『皆さまご雑談中ではございますが、ここで今日のこの良き日に合わせまして、たくさんの祝辞祝電を頂いていますので、一部ご披露させていただきたいと思います』
と紙切れをもって登場。
暇つぶしには最適といえます。ちなみにこの辺りで私は色々と慣れました。どんとこいです。
『星屑の魔女、フラン様からいただきました』
どんと構えていたらいきなりとんでもない人物からの祝電が来ました。私の師匠です。
『イレイナ。お誕生日おめでとうございます。ところで私の年齢が幾つか知っていますか? うふふ、秘密』
すみませんわけがわかりません。
『続きまして、夜闇の魔女、シーラ様から頂きました。「イレイナ。知ってるか? 禁煙すると頭の回転がめっちゃ早くなるんだってよ。すごくねえ?」』
そうですね。じゃあ禁煙してください。
『続きまして、戒祈屋リリエール店主、リリエール様から頂きました。「お誕生日おめでとう。ところで私が貸したお金はいつになったら返してくれるのかしら」』
あなた中々ちっさいですね。
『続きまして、戒祈屋リリエール店員、マクミリア様から頂きました。「イレイナ。僕もお金返してもらってないよ」』
あなたは貸してすらいないでしょう何便乗してるんですか。
『続きまして、情報屋の双子から頂きました。「おたおめでやんす」「ことよろでありんす」』
新年のあいさつですか。まじめにやりなさい。
『続きまして、……えー、グールから頂きました。「かゆ……うま……」日記はここで終わっています』
日記送り付けてこないでください。
『続きまして、風車の都の夫婦から頂きました。「お誕生日おめでとう。旅人さん。ところでわたくし達も結婚しましたわ。今度新婚旅行に行くの。うふふ、羨ましいでしょう?」』
祝辞祝電を自慢に使わないでください。
『続きまして、ハードボイルドな女魔法使いさん(自称)から頂きました。「ハードボイルドだから名乗らないわ! だってそのほうがハードボイルドっぽいもの! それはそうと誕生日おめでとう! プレゼントとしてコーヒーを進呈しオエエエエエエエエエ」えー、紙が汚れているためこれ以上読めません』
ひどい。
『続きまして、アトリ様から頂きました。「お誕生日おめでとうございます。今日はあなたの記念すべき一日に参加できずごめんなさい。どうかこの一日の思い出を胸に、今後の旅を楽しんでください」』
なんだか普通のことを言っているだけなのに妙に感動してしまいました。
『続きまして、ヴィオラ様から頂きました。「毒づきながらもきちんとした文章書いちゃうアトリちゃん可愛い! って言ったら殴られましたー」』
でしょうね。
『続きまして、筋肉の人から頂きました。「結婚とは! 筋肉である! 縮むことも伸びることもある、されど常に共にいる! そして、時に筋肉のように千切れ、痛みを生むこともあるであろう! そう! 筋肉痛と結婚生活における気まずい時期は、よく似ている! しかし案ずるな。何度切れようと、何度痛みが生じようとも、その痛みに耐えてこそ明日がある。筋肉痛を超えれば、筋肉はより強固な絆を生み、逞しく育ってゆくのだ。私が言いたいことが分かるか? そう、筋トレこそ結婚であり、つまり私は筋肉と結婚したい」』
結婚じゃないです勘違いしないでください。あといい加減筋肉から卒業してください。
『続きまして、約十五名くらいのイレイナ様から代表しまして、外国人かぶれのイレイナ様から頂きました。「ハラショー」』
はいはいハラショーハラショー。
『続きまして、ほうき様から頂きました。「最近枝毛がひどいです。メンテナンスをよろしくお願いします」』
ここは意見箱じゃないんですよ。というかあなたは四六時中私と一緒に居るでしょうに。
『続きまして、アヴィリア様から頂きました。「イレイナさん、お姉ちゃんが最近どこかに行っちゃったんですけど心当たりありませんか」』
ありません。
というか、え? 行方不明?
『えー、その他諸々、たくさんの祝辞祝電を頂いていますが、あとはなんかもう面倒くさいんで省略します』
結局ものすごく気になる不穏な言葉を最後に、祝辞祝電などと名を冠したただの自己紹介タイムは幕を下ろしました。
……アムネシアさんが、行方不明?
なにゆえに?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます