03
祝辞祝電の披露が終わり、食事と雑談がなされてしばらくしたのちに、今度はケーキ入刀がなされるようでした。
スーツ姿の女性が私の近くにケーキを運んできました。
なんですかこれウェディングケーキですか。
『それでは、お誕生日ケーキ入刀の儀に移らせていただきたいと思います』
違いましたお誕生日ケーキ入刀でした。いやお誕生日ケーキ入刀ってなんですか。
「え、というか私一人で切るんですか」
ウェディングケーキの入刀でしたら、新郎新婦が仲睦まじくきゃっきゃうふふしながらケーキに切れ目をいれるものですよね。司会者が『初めての共同作業です!』なんて煽って、『愛情の大きさが伝わるように大きなスプーンで、あーんしてあげてください!』なんて言いながら新郎の口に甘ったるい砂糖の塊を突っ込むのが通例となっております。『おっとぉー? 大きいですねえ。これは将来、鬼嫁になるかもしれませんねぇー』などという大して面白くもない皮肉が飛ぶのも大体このあたりです。
しかし、誕生日ということは、私、一人?
……さみしくありません?
『今回はケーキ入刀ということですので、特別に一緒に切ってくれる方をご紹介します! 皆さん、拍手でお出迎えください!』
この辺りの展開はどうやら本来の結婚式とは違うようでした。
拍手に迎えられて、一人の少女がサーベルを手に持ち、壇上へと上がってきました。
白いショートカットの少女は、「どうもー!」などとサーベルをぶんぶん振っております。
「………………………………………………何してるんですかアムネシアさん」
行方不明になったアヴィリアさんの姉がそこにはおりました。
しかし私はさして驚いてはいませんでした。だって先ほどからチラチラと見えていましたもの。ステージの陰から「まだかな、まだかな」と瞳を輝かせていたのが見えていましたもの。
「いや、イレイナさんの誕生日だって聞いてね? だから、来ちゃった」
「恋人ですかあなたは」
「違うよ?」
「ですよね」
「愛人だよ」
「…………」
夢の中では私の友人はすべて愛人と変換されてしまうのでしょうか……。
『えー、今回は誕生日ということで、アムネシア様に入刀を手伝ってもらいます』司会者が私の思考を遮りました。
「よろしくね?」アムネシアさんは私の手を引っ張って、サーベルの柄を握らせました。
「…………」
なんだかそれは本当にウェディングケーキの入刀にも見えなくなかったです。
……まあ、夢だし、別にどうでもいっか。
などと、私がそして、サーベルの柄に指を絡めたときでした。
「ちょ、ちょっと待ったああああああああああああああああああああっ!」
叫び声が、お誕生日ケーキに向かっていたサーベルを止めました。
強引に止めました。
「え? あの? は? ごめんなさいちょっと意味わかんないです。え、イレイナさん、そのひと、だれ、です、か?」
サヤさんでした。
サヤさんがあわあわと私達の前まで躍り出てきました。その狼狽ぶりといったらもう言葉には言い表せないくらいで、笑っているようで泣いているようで、やっぱりどうみても泣いている顔色でした。
「ちょっとおおお! ぼくという者がありながら、誰なんですかその人! なんでちょっとイイ感じの雰囲気になってるんですか!」
「いやべつにイイ感じの雰囲気にはなっていませんけど……」
「え? でもイレイナさん満更でもなかったでしょ?」私の横でアムネシアさんはくすりと笑いました。「ところでこの人は誰?」なんだか怖い笑みでした。
誰と言われましても……。
「私の友人のサヤさ――」
「イレイナさんの愛人のサヤです! あなたこそ誰ですか! 白髪さん!」
「わたしはアムネシア。イレイナさんの愛人です」
「いやどっちも愛人じゃないです」唯一無二のステータスみたいに言わないでください。
「ちょっと何言ってるかよくわかんないですね! だってイレイナさんの愛人はぼくのポジションですから!」
「あなたこそ何言ってるの? それはわたしのポジションだけど?」
いやだからどっちも愛人じゃないですというか愛人なんて存在しませんし。何ならこの現実も存在しませんし。どうせ夢ですし。
「はああ? というか何なんですかイレイナさんとどういう関係なんですか。イレイナさんと一緒に寝たことあるんですか? ちなみにぼくはありますよ?」
何ですかその煽り。
「あ、あるわよ寝たことくらい! 何だったら一緒に旅してたとき毎日のように一緒に寝てたけど?」
一緒の部屋ででしょう何いってんですか寝相最悪のくせに。
「ま、毎日のよう……に……? いっしょに、たびを……していた……?」
しかしアムネシアさんの虚言は奇しくもサヤさんの心に致命的なダメージを与えていたようです。
サヤさんは、「ば、馬鹿な……」とその場で項垂れ、
「ぼくのイレイナさんが灰色に汚れてしまった……」
と泣きました。悲しみに暮れておられるところ悪いですけど灰色なのは元からです。
「ふふ……どうやらわたしの勝ちみたいね! じゃあイレイナさん、ケーキの入刀、しよっか」
くるりと振り返るアムネシアさんは、そして今度こそ私の手にサーベルを握らせ、ケーキへとあてがいました。
もうどうにでもなぁれ、などと思いながら、私はお誕生日ケーキに刀を入れ――ようとしました。
しかしその直前。
ばんっ――と、ケーキは盛大に弾けて吹っ飛びました。
ばらばらになったスポンジやらクリームやらイチゴやらが私とアムネシアさんに降りかかります。
入刀すると爆発するケーキなんて聞いてませんよどういうことですか。などと抗議の声を挙げようとしましたが、しかしこれは夢。
夢なら何でもアリですのでケーキだって爆発くらいするでしょう。
「ふふふ……入刀するケーキがなくなればケーキ入刀の事実はなくなりますよねぇ!」
夢なら何でもアリですのでサヤさんだって頭がおかしくなったりもするものでしょう。「ぼくのイレイナさんはぼくのものです! 返せ!」
杖を握りしめて、サヤさんはアムネシアさんを睨みました。
なるほどケーキを爆散させたのはあなたでしたか。
「なるほどね――望むところよ。かかってきなさい!」
そしてアムネシアさんは刀をサヤさんに向けました。
夢なら何でもアリなのでアムネシアさんだっておかしくもなるものでしょう。
そしてアムネシアさんとサヤさんは、私そっちのけで誕生日会の会場で暴れまくりました。円卓が切り付けられ、爆散し、あるいは魔法でありとあらゆる物が飛び交い、会場は一瞬にして目を覆いたくなるほど滅茶苦茶になりました。
でも大丈夫!
だってこれは夢ですから!
「…………」
しかし夢の中とはいえ、幾ら何でも無茶苦茶が過ぎるのではないでしょうか。これではさすがに収集が付かないのではないでしょうか。
『えー……、ケーキ入刀が終わりましたので、友人たちによる余興が披露されています……』
司会者がフォローに入っていました。
そうきましたか。
「…………」
私はどんちゃん騒ぎになりつつあるお誕生日会の会場を見下ろしました。
これは私の夢。
お誕生日会の客席に居た彼らは、最初はすべて見知らぬどなたかと思っていましたけれど――よくみれば、そのひとりひとりに見覚えがありました。
例えばそれは、樽のように肥え太った男であったり、よく似た姿の双子であったり、あるいは国と国の間のベンチでずっと座っていた男であったり、不細工を虐げる国で出会った女性であったり、探偵にあこがれた青年であったり、その近くで吐いているだけの女性であったり、あるいは林檎大好きな女性であったり、猫であったり、正直者の国にいた魔法使いであったり――。
これが私の夢だから、その登場人物のすべては私が今まで出会ってきたすべての人たちで、作られていました。
「…………」
もし、私の旅がこれからも続いていったのならば、そして来年も同じような夢を見たのならば、そのときは、もっと多くの人に囲まれた誕生日になるでしょうか?
私は頬にぺたりと張り付いていたケーキの残骸を指ですくい、舐めながら、ぼんやりとそんなことを考えていました。
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