3話

「ここか、例のマンションは」


「みたいっす……」



鬼と対峙するわけでもないのに、何故か心臓に掴まれているような感覚に陥る。思わず無意識にゴクリと唾を飲んだ。

紫苑さんなら、こんな状況もきっと楽しんでしまうだろう。隣を見れば、真剣な表情をしているがやはりうれしそうな瞳をしている。

通常運行の紫苑さんを見ていたら、緊張はどこかに消えてしまった。

中に入ってみても至って普通のマンション。何も変わったところはないし、むしろストーカーなんて入れないんじゃないかと思うほどの空気感だ。

連絡していた管理人の男の人が出迎えてくれた。その人も、強羅さんと斎田さんから話を聞いて困っていたそうだ。ストーカーがいるなんて周りの住民も困るっすよね……

そのため、俺たちのことを快く歓迎してくれた。できるだけ早く犯人を突き止めてほしいと言っていた。

過去の監視カメラを見せてもらっても郵便受けに不審な人物はいない。しかし未だに手紙が届いているという。管理人さんが代わりに郵便受けを確認しているらしい。



「あれ、この人いつもこの時間に……昨日のテレビ出てた人っすよね……」


「仲良いみたいで一緒にテレビ出てるところよく見ますよね」


「名前は確か、満留紅葉……だったか?」


「紫苑さん、調べたんすか?」


「周りの人間から漁るのは当然だろう。仲がいいってんならなおさらだ」



満留紅葉という人はスパークリングの弟分のアイドルグループに所属している。強羅さんを追いかけてここまで来たみたいだけど、すごい執念というか……

郵便受けのところでゴソゴソしている。少しだけ、違和感を感じた。前までの俺だったら気づかなかったと思うほどちょっとした違和感。紫苑さんと一緒に仕事していての勘だ。



「紫苑さん……」


「……お前も、わかったか」


「これ、おかしいっす。なんで気づかなかっただろう……」


「どういうことですか?」



管理人さんが不思議そうな、そして不安そうな顔でこちらに問いかける。



「まず、このタイプの郵便受けは配達員は裏から郵便を入れるからマンションに入ることはないだろう。しかもあの場所には鍵を持った配達員と管理人しか入れないはず」


「ええ、そうです……」


「見せてもらった手紙は切手が貼ってあるようなものじゃなかった。中学生が授業で回してるみてぇな手紙。あれじゃ配達されないだろ。そう考えるとあんたか熱狂的な配達員ってことになるが……」


「私じゃありませんよ!」



必死に否定している。嘘をついているようには思えないし、第一、ストーカーなんてする必要性を感じられない。動機が何もない。



「それはわかる。その線はどう考えても薄い。次に予想しうるのはマンションの中から手紙を入れることだ」


「え?」


「ダイヤルで開けるタイプだろう。鍵を知ってる人しかわからない」


「……この前強羅くんに頼まれたとき、知ってるのは自分と私と斎田くんしかいないと言っていました。それも、実家で飼っていたペットの誕生日でテレビでも言ったことがないと……」


「管理人さんと斎田さんは手紙なんて入れないっすよね……それにペットの誕生日だってことは……」


「そこなんだ。住んでいるマンションを知っていて、かつ番号も把握している。ただのファンじゃないってことだ」

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