帰り道2

 虫の声は、まだ鳴りを潜めていた。

 半分だけの月が投げかける光は、煌々と照らす街灯にかき消されていた。

 

 むくりと、男は立ち上がった。


 寄りかかっていた血まみれの死体を、やや手荒に血だまりへ突き戻す。それきり、視線すら向けない。


「うーわ血まみれ。これ、こいつの一張羅とかじゃないだろうなー…って、あれ?」


 首をかしげ、身体を見下ろす。

 膝をたたき、何度か、手を開いて閉じてと繰り返し、ぱたぱたとスーツのポケットやワイシャツ、ズボンのポケットをたたいてあらためた後、地面に落ちていたかばんに気付いて拾い上げる。

 手についた血をスーツの裾でぬぐい、乱雑にかばんを探り、薄い財布を引っ張り出して免許証をつまみ出す。強張ったような写真は、あまり映りが良くないが見られないほどの顔でもない。


鏑木かぶらぎ速人はやと、二十七歳、バイクの免許もあり、と。見かけによらず自我が強かったのか?」


 もう一度首をかしげながら、まあいいか、と呟いて、携帯電話を取り出して迷いなく119に発信する。


「あ、あの、もしもし、あのっ、なんか、人がっ、倒れて血まみれでっ」


 怯え慌てたような声に反し、その表情は恐ろしいほどに平坦だった。

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ヒーローになんてなれない 来条 恵夢 @raijyou

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