第20話 この国の事

目を覚ますと、いつもとは違う木質。

もう何日も、目覚めの視界には同じ天井が広がっていたので、あのループから抜けられたことを、この変化が実感させてくれる。と言っても繰り返しは三日程度だけだったが。


「.....」


ここでは仕事もないため、もう少し寝ていたいという欲に駆られるがそこはグッとこらえる。今、惰眠に耽っていては事態解決が遅くなる。


「さてと.....」


カバンに入れておいた服に着替える。移動中は野宿で、着替えを行っていない。久々に感じる綺麗な布の感触は心地よい。もちろん、精神的にも。


ちなみに、馬は近くに預けてある。遠方から来た人の馬を預かる施設があったのはありがたい。


「とりあえず、どこかで食事だな」


もう五日も、ちゃんとした飯にありつけていない。移動中は家から持参していた保存食しか食べていなかったからな。


カバンを背負い、一晩世話になった部屋を後にする。


「ありがとうございました」

「はい。えーっと.....銅貨1枚です」

「はい」


宿代を払い、外に出る。



「少し蒸し暑いな」


昨日曇っていたからだろうか、雨は降っていないはずだが、今日のこの晴天と相まって少し湿度が高い気がする。



「まずは、大通りに行きたいんだが...」


しかし地の利がない。昨日もそんなに歩かないまま宿についてしまったため、この辺の食事処とか、繁華街らしきものがどこに位置しているか分からないのだ。


とりあえず、道行く人に聞いてみよう。

知らない人と話すのはなかなか気が塞いでしまうが、この際仕方ない。


幸い、宿の前の通りもそこそこ人が多かったので、聞く人には困らなかった。



大通りは宿を出たところから西へ数分歩いたら出ることが出来た。もしかしたら言葉が通じないかも、というのは杞憂に終わった。



とりあえず酒場に向かう。どの世界でも、情報を集めやすいのはこういう場所だと相場が決まっている...はず。

大通りに面している、目にとまったそれらしい建物に入る。


「いらっしゃい」

カウンターに立つ店員の落ち着いた声。

「アルコール低めのやつを何か」

「あいよ」


しばらくして出てきたのはコリンズグラスに入ったカクテル。ジョッキとかに入った無骨なものを出されなくてよかった。


材料を一通り言われたがどれも聞き覚えのないものだった。元の世界の食材でいえば、柑橘と生姜のような風味がした。


「お客さん、旅の者かい?」

「...やっぱり分かりますか?」

「ここに何年店を構えてると思ってんだい」

「どのくらいなんですか」

「そうだな...ざっと三十年くらいか」

「それは長いですね。さぞかしこの街にお詳しいのでしょう?」

「まあ、そうだな」


「今のこの街、いや、この国の治政とかどう思います?」

「そういう堅苦しいことは分からん」

「じゃあ回りくどい言い方はやめます。今、この国の王女様が大変なことになっているでしょう? そのことについて情報が欲しいんですよ」

「...お前さん、竜を倒しにやってきたのか? そんなことしそうなナリしてねーがなぁ」

「そうですね。だからこその情報なんですよ」

「...どんなことが知りたいんだ?」

「あなたが知っていること全て。すいませんがこちらも急いでいるので、よろしく頼みます」


数秒の静寂。


カクテルの氷が音を立てて溶ける。


「そうだな.....。まず言うと、王直属の人間の兵士さん方は全滅さ。みんな、ボロボロになって帰ってきた」


かすかな違和感。だがひとまず保留。


「へえ。それで?」

「お前さんと同じような奴らが何十人か挑んだが、帰ってこないか、帰ってきても朗報を伝えられないやつばかりだよ」

「その人たちって、各自が倒しに行ったんですか? その...、募集に名乗りをあげた人で編隊して行くとか...」

「お前さんの言いたいことは分かった。だが、残念ながら奴らは各々が自由に討伐しに行ってる。いちいち人を集めて派遣するなんてことしないほど、王は切羽詰ってる」

「なるほど...。現状どうなんですか? 誰か惜しいところまで弱らせたとか.....」

「いや、まだそういうことは聞いてないな」

「そうですか.....」

「お客さん、勝機でもあるのかい?」

「いえ、正直、いい案が浮かびません。普通に挑んでも無駄死にするだけなんですけど...」

「はっはっはっ、まあ頑張れよ」

「ありがとうございました」


結露で濡れたグラスを傾け、中身を喉に流す。朝の朦朧とした意識を、酒の爽やかな芳香とあっさりした辛味が吹き飛ばす。


しばらくここにいるか...。


酒を口に含みつつ、小一時間が経過した頃、酒場には、朝よりも人が少し増えていた。と言っても、まだ昼前でこの時間からこの盛況っぷり、国民性が表れてるな。


「そういや、この街には図書館あるのかな」


近況は酒場など、人が集まるところ。そしてそれ以外の情報を手に入れるには、図書館や資料館の類に保管されているアーカイブを閲覧するのがいいだろう。


「すいません」

先程まで話していた店主を呼ぶ。


「おう、なんだい」

「これ、お代です。それと、この街って図書館とか資料館ありますか?」

「図書館.....ここでいちばんのデカいのが、大通りを北上したところにあるぞ。だいたい20分くらい歩いたら、向かって右手に見えてくると思うが」

「そうですか。ありがとうございます。では...」

「おう! また来いよ!」



外に出ると既に日が高くなっていた。薄暗い店内から出ると、外の明るさが眩しい。


「さて、確かあっちだったな」


店主に教えてもらった図書館を目指す。


さすが首都の大通りというだけあって、人通りはかなり多い。王家の諸事情で混乱中とは思えない様子を呈している。


「って、結局俺何も食べてないじゃん」


自身の空腹に、遅れながら気づく。幸い、ここらは店が多く立ち並んでいる。腹を満たすのには苦労しなさそうだ。


たくさんある内の、屋台らしき店に寄る。あまりごちゃごちゃしたものを食べ歩くのが嫌いで、油っこいものも苦手な俺にちょうど良さそうな、焼いた魚を串に指したような食べ物を売っていた。

それを一本買い、さらにその隣の青果店で、緑色の果実を一つ買う。見た目ではどんなものか、果物かどうかすら定かではなかったが、ものは試しということで買ってみたのだ。


「この魚うまいな。ちょっと身が水っぽいけど.....」


「この果物は...レモンみたいだな。ちょっと苦いけど...、まあ焼き魚には丁度いいな」



そうこうしているうちに、これまで左右に並んでいた建物とは明らかに毛色が違う建物が右手に現れる。


「ここ、か」


木造ではない、石造りのような無機質的な外装の建物だ。


一応、確認がてら中をのぞき込む。


「多分ここ...だよな?」


万が一、ここが俺の目指す場所でなかったら...、と、心配性の考えすぎな気合いが出てしまう。



中に入ると、広がるのは二階まで吹き抜けの大ホール。視界の両端にはたくさんの本を蔵した書架がずらりと。よく見ると、いくつかの部屋に続いているであろう通路の入口らしきものも見て取れる。


「とりあえず、ここが図書館で間違いなさそうだな」


入口近くに設けられていたカウンターの人に本の場所を尋ねる。


「すいません。この国の史実についての本を探しているんですが...、あと新聞とか..」

「国史についてはこちらになります」

女性の職員が応対し、ここの見取り図で場所を示してくれる。

「“新聞”..? というのは、残念ながら存じ上げませんが...」

「え、あ、すいません。何でもないです。ありがとうございました」


ここには新聞というものは存在しないらしい。あれがあればタイムリーで正確な情報が手に入ると思ったのだが。


女性職員に礼を言い、その場を立ち去る。


螺旋階段を上り二階へ行くと、一階よりこむずかしそうな本の数々。

その一角に目的のものを見つける。


「割と多いな。めんどくさい.....」

知りたいのはこの国の簡単な常識について。あとは...情勢とかもろもろ、この世界からの脱出に使えそうなもの。


結局、ここ数十年の出来事についてのもの、国力や政治体制が簡単に書かれたもの、武力的な...例えば軍というものはあるのか、等々書かれたものを抜き出してきた。



四時間ほどの読書時間を経て、得たものは以下の通り。


この国は領土内に点在している地下資源の採掘で財を成している。国力はまあ、そこそこ、中の上くらい。同盟というものはこの世界には存在しないらしい。しかもこの国は東の隣国と折り合いが悪いそうだ。どうやら数十年前にこの国の国民がその隣国を訪れた際、とある事件を起こしたのがきっかけで、それ以降、お互い何かにかこつけるように問題を起こしあっているらしいが、それが摩擦を生んでいる。ちなみに俺が先日までいた集落は、領土の端に位置していた。


王政の国で、王は世襲制。まあ“姫”なんているくらいだから予想していたことだが。次代の子息は継承位に準じて王に、子女は有力の貴族等に輿入れさせられ、王が確固たる地位を築く。これが代々行われている慣習らしい。なかでも、今渦中の人となっている女性は、その美貌もさることながら、学芸の道にもその才を花開かせ、王家のイメージアップなど、将来を期待されており、民衆の人気も高かったそうだ。なので、他にも子女はいる、と言って切り捨てるのは惜しいので王族はあたふたしているのが現状だ。


この国の国防力は軍隊。さらに言えば、国内の治安維持もこれが兼任している。ここまでは元いた世界でもよく見る体制だが、この中にはもう一つ、類を見ない独自の隊がある。

“チェスの兵隊”と呼ばれるそれが国の内で異彩を放っている。この世界にもチェスがあるのかというのも驚きだが(この物語の作者が、俺がいた世界の人なのでおかしくないといえばそうなのだが)、一般に知られているチェスの駒の種類と同じ、キング×1、クイーン×1、ルーク×2、ビショップ×2、ナイト×2、ポーン×8で構成された一隊が、白と黒の計二隊あるのだ。これらは非生物で、超次的な力で動いており、それにより強力な隊になっているらしい。しかし、これらは国外の危険な任しか、基本与えられない。その人の力と比べると明らかに大きすぎる兵力ゆえ、民衆からは畏怖の対象とされているからだ。イメージがあまりよろしくないため、治安維持など国内で動くことはまずない。



ざっとまとめるとこの通りなのだが、如何せん竜討伐に繋がる情報がなかった。


結局日暮れに伴い近くの宿に身を置くことになった俺は、はやる気持ちを横目に、事態収集の案を練っていた。



――その晩、


外もすっかり夜闇が覆い、人気がなくなったなか、突如として怒号が響き渡った。


何かと思い、宿の窓から辺りを見渡すと、大通りが四方から伸び交わっている場所、大広場に、何やらぬらぬらと揺れる灯りが見える。巨大な炎だ。



特に理由はない。強いていえば“嫌な予感がした”というべきだろうか。俺はそのまま、宿を飛び出し、小走りでそこに向かった。


光と、そして叫び声が鮮明になっていく中、人々が何を口にしているのか、その端々がだんだん聞き取れてきた。


「――ったー............つい―たお.....ぞぉー...」


(何だ...?まだ聞こえないな)


「これで姫様もあ.......だぁー!!!!!」


(ん.....?)


「竜が倒されたーーーー!!!!!!」


(な、何?!)



ようやく、その火の近くに着く。近くの人に、焦燥と驚嘆を押し殺しながら問う。


「何があったんですか、この騒ぎ...」

「ああ、兄ちゃんまだ聞いてないか」


「竜が、チェスに倒されたらしいんだ」


歓喜に湧いた男の顔を最後に、俺の意識は途絶えた。

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