第19話 物語の進展

今思えば、こんな世界だからこそ、こんなことを考えることが出来たのかも。


現実で、いくら2日間にわたり類似点が多いからと言って「もしかして、日にちが戻ってる?!」なんて馬鹿らしい考えには至らない。


教会への道を歩く俺と、そして知り合いではないはずの少年。初めて見た気がしないのどかな風景に、名も知らない数羽の鳥。これでもう3度目だ。


仮説が確信に変わる。


この世界では、どうやら『竜と姫』らしからぬ、強引な振る舞いは歓迎されないらしい。

前回は買い物のために首都へ行くという、誰が聞いてもアホらしく思うであろう突拍子もない理由だった。本気で行く気などなかった。前々回のことを鑑みた検証だ。


では、この先どうしたらよいか。結局のところ、あの童話に沿った展開を、ある程度するしかないということだろう。まずは討伐隊への参加だ。



「ところで...」

「.....」

「...おい! 聞いてるか?」

「あ、ああ。悪い。どうした?」

「いや...お前、姫さん好きなら竜の討伐に参加したらどうだ?って聞こうとな」


「.....そうだな。行ってみようかな...」

「え...? 俺冗談で聞いたんだが...」

「だよな。でも俺、本気で姫さんを助けたいんだ。今まで手の届かない存在だと思っていたのに、こんな機会が舞い込んできた。行くしかないだろ」


もちろん、姫を助けたいなんて思っていない。そもそも、姫を助けたいから首都へ行くなんて展開、過去2回の強引な展開とあまり変わらない気もするが...。ここは『竜と姫』の世界。この話運びはいけるはずだ。むしろいけなければほかにどうしようもない。


「そうか...。本気で行くつもりなのか?」

「ああ」

「はははっ。お前の奇行もここまで来ると病気だな! でも、お前がそうしたいって言うのなら俺は止めないよ」

「そうか」


今まででいちばんの好印象。


導入部はやはり正攻法でないとダメだったか。


正直、俺がジャックの立場なら「こいつ、急に何言い出すんだ? 気でも狂ったか」と思う。こんな辺鄙な村の青年が急に姫を助けるなど...。

だが、そのご都合展開が許されるのが童話、『竜と姫』の世界。主人公の動向に倣え、ということなのだろう。


恐らく両親(仮)もこの理由で押し通せる。問題は日付の反復が起こるか、明日にかかっている。



沿道の木にとまっていた鳥も、どこかへ飛んでいってしまっていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「――......というわけだ。首都に行ってくる」


「アレクセイ! そんな無茶なことをいきなり...!」


母親(仮)が何かを言いかけたが父親(仮)がそれを手で制す。


「あなた.....」

「アレクセイ。お前の誰かを助けたいというその気持ち、本気なんだろうな」

「ああ。もちろん」

嘘だ。

「ふむ.........。分かった、認めよう」

「あなた!!」

「ああ、俺だってわかっている。こいつがこれからやろうとしていることは危険なことだ。急に言い出したことに、多少腹は立てているさ。だがな.....こいつがこんなに人のために何かをしたいなんて言ってきたこと、これまでにあったか? 俺は、息子の願いをできる限り尊重したい」


すると母親(仮)はその場に泣き崩れてしまった。

だが父親(仮)の反応を見る限り、童話に沿った展開は受け入れられているらしい。


「馬はうちで飼っているあいつを使え。明日には出発できるように、手入れしておく」

「ありがとう」


そう言い残し、俺は階上の部屋に戻った。




両親(仮)の会話が階下から漏れてくる。思うところがたくさんあるのだろう。


机の上の散乱している雑多なものを整理し、明日の着替えを置く。


両親(仮)にもらった基金にいくつかの着替え、その他日用品をカバンに詰め、寝台に潜り込む。


「馬での移動が心配だな.....」


結局乗馬移動になってしまった。その不安分子は残ってしまった。


「それに、明日が迎えられるかどうか.....」


いくら『竜と姫』の主人公に倣った理由付けをしたとはいえ、今回の展開も十分強引である。


4度目の“二日目”が訪れても何ら不思議ではない。


「ま、今考えても無駄か」


明日が来るか。それは明日の俺にしか分からない。村から出られないという初歩の問題から脱するには、あの童話だけが頼りだ。村を出て初めて、本題だというのに.....。



窓に月光が指す。月明かりに照らされた部屋のぬばたまは、いつもの夜とは違った印象だ。

いつの間にか階下から聞こえていた声もやみ、静寂が辺りを包む。


不思議なほど、その日はすぐに寝付けた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



窓から指す朝日が顔にあたり目が覚める。この世界に来て体験した目覚めの中で最も意識が明瞭で、そしてもっとも不安がまとわりついていた。


「朝......だよな」


机の上に準備していた服に着替え、階下に降りる。



「おはよう」


「おはよう」

母親(仮)が返す。


「...おはよう」

父親(仮)もだ。


朝食は、堅めであろう黒パン、恐らくしっかり火の通された目玉焼き、そして.....


「.....スープ...か」


朝食を済ませ、階上に戻ろうとする。

そこに、


「おはようございまーす。アレクセイ、まだいるかー?」


聞き覚えのある声と口調に、一瞬ドキリとする。


「お、まだ出発してないな」

「よかった....」

「ん、何か言ったか?」

「いや、なんでもないよ」

「そうか?」


「上から荷物とってくるよ」



自室に置いてある、昨晩準備した荷物をとる。確かな重みだ。


「はァ.....。とりあえず、第一関門突破、か」




旅立ちというものとは裏腹に空は快晴ではない。

空にはところどころに雲がかかり、その間から青色が覗いている。この辺りの天候はそこまで悪くないが、北の方は仄暗い雲が覆っている。


「じゃあ、行ってくるよ」


「急にこんなことになるとは.....感慨深いな」

「アレクセイ、絶対無事に戻ってこいよ」

「アレク、セイ。また元気な顔を、み、見せてね」

母親(仮)は泣きながらそう言う。


「ああ」


手短に別れを告げ、彼らに背を向ける。


「はァ.....ちゃんと行けるかな...」


茶色の馬のもとに行く。その馬を見上げ、俺は不安に駆られていた。



実は数時間前に、小一時間ほど乗馬のレクチャーを父親(仮)に受けていた。

こちらの世界の俺も、乗馬経験はなかったらしく、訝しまれることなく教授を受けていた。ちょっと乗っただけなのに臀部が痛い。それに揺れる。正直かなり不安だ。


「ま、行きますか」


馬の左側に立ち、手綱をつかむ。鐙をもう片方の手で引き寄せる。鐙に足を入れ、鞍に飛び乗る。練習の時、手綱を強く引きすぎて危うく怪我しそうになった。今回は優しめに...。


「はァ。ってため息つきすぎだな」


いつもより高い目線に、不慣れながらも一安心。


握る手綱から僅かな馬の抵抗。


足で馬の胴体を締め、口で音を鳴らし合図を出す。



馬が全身を始める。振り返ると三人がこちらに手を振っている。


軽く彼らの振り返していると、どんどんそれらは小さくなっていく。



気づくと、家々が並ぶのどかな風景は、自然豊かな草原になっていた。




「村も見えなくなってきたな」


出発からどれ位たったか分からないが、太陽を仰ぐとほぼ真上だった。

馬を二度ほど休ませているから、20マイルちょっとか。


これを4日とか...気が思いやられる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



結局、首都まで5日かかった。予定より若干長引いたのは、馬ではなく俺の方が何度かバテたから。まあそれでも一日の延長で済んだのは善処した方だと思うが...。



「ここが首都...壁に囲まれてるのか」


街を囲む壁にはいくつかの門がある。その一つを馬に乗りながら通ろうとした時...


「おい! そこのお前、都の入るには馬から降りなさい」

「あ、すみません」


しぶしぶ降りる。


「いやー、自分の足で歩くのはやっぱりいいな」

長い馬旅の疲労がどっと来る。とりあえずどこかの宿に寄るか。



街は、首都という割に活気がなかった。もちろん寂れているという訳では無い。立ち並ぶ商店などの様子を見る限り栄えているようだが....。



「おっ。ここでいいじゃないか」


しばらく歩いていたらめぼしい宿を見つける。


「すいません。一泊したいんですけど」

宿の女性に尋ねる。

「じゃあこの部屋を。そこの宿帳に記名しておいて下さい」


部屋は二階の突き当りの部屋だった。


寝台に飛び込む。


「はァァァ。久々のこの感じ。今まで野宿だったからなー」


しばらくこのままでいよう。


「まずは情報収集だな」


普通に討伐隊に参加しても俺じゃ何も出来ないからな。何か糸口を見つけねば...。



とりあえず仮眠をとることにした。寝過ごすのだけは用心しないとな。


俺の意識はすぐに表層から消えた。



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