第18話 廻る一日

「お前最近どうしたんだ?」


「いや、何でもない。ごめん、上から荷物とってくる」


何がなんだか分からないが、とりあえず今我を通すと俺が異常者みたく扱われる。



荷物の中身を入れ替えて、ジャックのもとへ行く。


「悪い、じゃあ行くか」

「おう」



ジャックと連れ立って歩く中、俺の意識は現状の究明に向く。即ち、“日が戻っている”ことについてだ。


したはずの荷物の準備が“行われていない”。

昨日の朝の両親(仮)の会話が“繰り返されている”。

伝えたはずの上京予定が“伝わっていない”。


これらの状況から推察した、というのもあるが、実際に体験してみたらわかる。つぶさには記憶していなくとも無意識下に観察しているのだろう。明らかに、周りの様子が“昨日と同じ”だ。


ソフィーが昨夜―今朝かもしれないが―言っていたのはこういうことなのか...?

つまり、彼女の言っていた「強引な話運び、受け入れられなければ駄作。物語の善し悪しを決めるのは登場人物ではない」というのは、第三者を意識した物語らしい、童話らしい展開をしなければならないという、俺の行動に対する制約か。だとすれば今のこの状況はそれに対するペナルティ、いや救済措置か。


とりあえずこの案は仮説としておこう。確実視するには性急すぎる。



「なあジャック」

「ん?」

「今日の教会での勉強、お前どこをするんだ?」


言外に、教会へ行くのかと尋ねる。


「そうだな.....。まあ、大陸史の続きだよ」

「へえ。具体的にはどの範囲だ? よかったら教えてやるよ」

「42世紀の北大陸史。あ、新大陸歴な」

「それくらい分かってるよ」

「だよな。じゃあ頼むわ」

「おう、任せろ」


これで、ジャックがこの日学習する内容の確認が出来た。そこまで細かなことも関係してくるか、と言われれば安易に肯定できないが、逆に、もしこれからも時間の逆行が起こった時、この情報が一致すれば、先程の仮説の信憑性が増す。


観照できる情報は多いほうがいい。



「ところで...」

「うん?」

「竜を倒してくれる人募集中らしいぞ」

「あ、ああ。知ってる」

「反応薄いなー。『俺が姫を助けるんだ!』って意気込んでたじゃねーか」

「まあ、そうしたいのは山々なんだけどな」

「お前は肉体派じゃないから、ドラゴンなんて倒せないかっ」

「うるせ、戦いは肉弾戦が全てじゃないぞ」



教会へ行く道は涼しく、草を仰ぐ風の音が微かに聞こえてくる。沿道に生えている木々には緑色の鳥が3羽。鈴音のようなさえずりが耳に心地よい。

俺は少々かしこまりながら、歩みを進める。



教会にはやはり、様々な年齢の少年少女たちが集っている。人数は..、17人。男と女が11:6。


「さてと、始めますか」

「おう。で、えーっと.....、ここからか。おいアレクセイ、ここなんだが.....」



それから3時間ほど、ジャックの勉強を見てやった。その間も、やはり思考の主軸は今の現状、そしてこれからのことについて...。



さて、帰宅の時間。空の太陽は地平線に沈みかけ、徐々に夜の帳が空を包み始める。夕闇と、そして薄く張った雲が混じり合い、渾沌とした情景を映し出している。

昨日、いや一度目の“今日”もこんな空模様だっただろうか。よく覚えていない。


「.....。明日、首都に行こうと思うんだが.....」

「へえそうか.......って、え?」

「じゃあそういうことだから」

「いやいや!? それまたどうして急に?」

「ただの買い物だよ」

「いやまあ....、この村じゃ便が悪いしな。でもやっぱり急すぎるだろ!」

「何かも問題でもあるか?」

「問題も何も.....、ここから首都まで馬で4日かかるぞ」


「......え?」


馬、ジャックはそう言った。馬で4日、だいたい125マイルか。聞いたところによると、馬は走ったあとの手入れに数時間要するという。さらに言うと、俺は乗馬経験がない。是非とも乗馬ではなく馬車であることを祈るが...


「馬で4日とは、馬車で4日ということでしょうか」

「何を寝ぼけたことを。馬車は首都にしかないだろ」


つまり乗馬。一度目の今日、俺が首都に行くと言った時誰も教えてくれなかったが....まあ、知ってて当たり前ということか。


「そうだよな。まあ行くけど.....」

「はあ。お前の奇行癖は今に始まったことじゃないが.....」


俺はここでどんな人間だったのか。だんだん心配になってきた。


「うーん。なんか釈然としないが.....達者でな」

「ああ。それで片付けられるのね.....」



それからジャックと分かれ、帰宅した俺は、両親(仮)に首都へ行く旨を伝えた。例によって驚き呆れた表情をされた。


「アレクセイ! あんた急に何言ってんの!」

「そうだぞ。こんな急に、しかも首都まで一人で行く気か?」

「ああ。多感な年頃の息子のわがままくらい聞いてくれ」

「度合いってものがあるでしょ! 私たちはあんたが心配で.....」

「悪い、意思を曲げるつもりはない。明日、出発する」

「アレクセイ!!」

「.....」


「でも」


「「...?」」


「多分、無理かな」


俺は2人に聞こえないくらい、小さな声でそう呟いた。



その夜、自室(仮)にて、


「さてと、とりあえずこれでよし」

前回と同じよう、出発の準備をする。


机の上には羽根ペンや羊皮紙の束が散乱している。整頓しておいた。


今朝から机の上に置きっぱなしになっている本を棚に戻す。ついでに、たんすから明日着ていく服を出しておこう。その服を畳み、机の上に準備しておく。



「こんなもの、か。寝よ」


早々に眠ようとした。中途半端な硬さの寝台のせいか、なかなか寝付けない。


すきま風が部屋の暗がりに響く。


その音も、気づけば聞こえなくなっていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「........さて、と」


今日は出発の日。早速荷物を持ち、自室を出ようとする。


「カバン、軽いな」

中身は入っていない。


ふと見ると、机の上にはペンや羊皮紙、一冊の本が散らかっていて見苦しい。


服を着替えようとする。今日着る服をたんすから出す。



「やっぱり、か」


結局荷物を準備し直さず、階下に降りた。


「アレクセイー。起きなs....、って、あんた今日は自分で起きたのね」

「ああ。おはよう」


朝食は、少々堅めであろう黒パン、恐らくしっかり火の通された目玉焼き、そしてサラダ。定番のメニューだ。



「そういえば例の竜の討伐隊が壊滅状態で帰還したらしいな」

「あらそうなの...。大変ね」

「.....」


「今日までに、方々から我こそは姫を救える、という猛者を集めているらしいぞ」

「そう...。政治にも影響出てるみたいだし、早くなんとかして欲しいわ」



数分後、


「おはようございまーす。アレクセイ、そろそろ行くぞ」

「ああ、準備してくるからちょっと待ってろ」



――3度目の、童話世界二日目だ。

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