短編集

ぷりっつまん。

その1 支払いは女騎士ちゃんで

朝の稽古を欠かさずにやっていたからだろうか、私は日が昇り始めると眠りから覚める。

霞んでいく夢に別れを付け告げて、重たい瞼をゆっくりと開ける。ぼやけた視界に映る天井は、朝日に照らされて赤面しているように見える。

寝返りを打って窓の外を見ると、大きなイチョウの木にとまる小鳥達がせわしなく挨拶を交わしている。その奥に見える山の合間から太陽が顔を覗かせている。

私は緊張感のかけらも無くのそのそと起き上がり、隣のベッドを確認する。

大きくて分厚い布団を抱き枕にして、子供のように小さく丸まって眠る主。良い夢を見ているのかとても幸せそうな顔をしている。

主の無事を確認してから水を飲む。ぼやけた頭がすっきりとしていく。

数年前まで、こうして朝一番に無事を確認する相手は幼なじみの勇者だった。

生まれ育った世界で勇者と共に魔王を倒した私は、残念ながら初恋の相手に見初められることなく凱旋した。英雄としての生活は何一つ不自由なかったが、私のことを仲間としてしか見てくれない勇者が歯がゆくて、なにより一緒に旅をした僧侶と仲睦まじく生活する姿を見ていられなくて、半ば自暴自棄になっていた私は周囲の反対を振り切ってこの世界にやってきた。

主人を探していた私は、旅商人をやっているとは思えないほど人がいい、ふにゃっとした笑顔が特徴の主に雇われ各地を旅している。

主は凄腕の商人としてそれなりに有名だがいかんせん危機管理能力が薄くて、そのくせ好奇心旺盛だから、よく危険なところに行って面倒くさい連中に絡まれる。そんな時でも話せば何とかなると思っているのか、ニコニコと人の良い笑顔を作りながら受け答えをする。主に敵意はないのだが、そういう所に住み着いているような頭の悪い連中は馬鹿にされていると思い手を出してくる。

そうなったら私の出番だ。粋がっているだけのチンピラ共を追い払い、時にはきついお仕置きをして主の身の安全を守る。

この世界はそこまで治安が良くない上に魔物だって強いのだから、「護身を学んでくれ」なんて贅沢なことは言わないけれども、もう少しピリッとしてほしい。

そうは思いつつも、幼子のような顔で眠る主を見ているとどうでも良くなって、結局なにも言わないまま旅を続けてしまう。


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存分に寝坊をした主に連れられて街を散策する。

この辺りはもうすっかり秋で、山は鮮やかに色付き秋を祝い、果物達が花の代わりに木々を賑わす。

たまに吹く強い風に乗り、あちらこちらにあるイチョウの木から葉が勢いよく独り立ちをして、町を黄金色に染めあげる。この町が黄金の町と呼ばれる所以だ。

主は行く先々で物を買い、それを別の町で売り生計を立てている。凄腕の商人と言われるだけあってその目は超一流で、こうやって町をふらふら歩いているだけでも高値で売れる商品をいくつも見つけてしまう。

目なんて開いているかわからないくらい細いのに、そこから世界を見つめる瞳は利益を生む物を決して見逃さない。

「あ……」

ふらふらと歩いていた主が立ち止まった。

その視線の先には、大きさだけが取り柄の乱暴な文字で「大安売り」と書かれたのぼりをいくつも立てている、いかにも怪しげな露店がある。

常人ならば近寄らないような露店に主は迷うことなく足を向ける。

栄養をたっぷりと付けたお腹と綺麗に伸びて一回転した顎髭が特徴の店主は、カップルと思われるお客さんに、私でもまがい物とわかる宝石を相場の二倍以上の値段で売ろうとしていた。

私も主に仕えて長いから、目利きとは言えないが本物と偽物を見分けるくらいはできるようになった。ちなみにこの店に置かれている宝石のほとんどが偽物だ。

相手に物を売りつけることだけ考えて、私たちが近付いてきたことにすら気付かないこの貪欲な店主と主は仲が良い。というのもこの男、マニアが高値で買うような掘り出し物をよく見つけてくるのだ。主はそれを買い、いくらでも出してくれる人間の元に持って行く。それだけで一か月は生活できるほどの利益が出ることもある。

カップルと思わしき男女に宝石を買わせようと言葉巧みに話を続ける店主。馴染みの店とはいえ、詐欺まがいのことなら止めるべきだと思うのだが、主はいつも通りの笑顔でそれを見ているだけで何も言わないし、主の指示もないのに私が止めるわけにもいかない。

女性はその気になったようだが男性の反応はイマイチで、幸か不幸か商談は決裂した。二人は腕を組んで店を後にする。

肩を落とす胡散臭い店主に主が間延びした声をかける。ようやく私たちに気が付いた店主は主が来たことを喜び、私を見て厭らしい笑みを隠そうともしない。本当に気持ちが悪い。

私は軽く挨拶をして、この男を視界に入れないようにしながら主を見守る。

主はわざとらしく悩みながら狭い店内を歩き品物を見定めていく。五分ほど悩み、少しくすんだ銀色の指輪を手に取る。

「これ、もらえる?」

「もちろんですよ旦那。お支払いはいかがいたしますか?」

そう言ってなめ回すような視線を向けてくる薄汚い店主。無数のナメクジに這われたかのような、ぬるっとしてからぞわぞわとする、嫌な感覚が全身を包む。

「女騎士ちゃんで」

主は何のためらいもなくそう言って私の背中を軽く押す。私は表情一つ変えずにダルマのような店主の前に立つ。

「毎度! ぐへへへっ。じゃあお代の分、しっかり働いてもらいますぜ。ほら、こっちに……」

しっとりと汗ばんだ手が私の手首を掴む。

「あんまり手荒なことをしないでよ~」

「わかってますよ」

「ところでお店はどうするの?」

「そろそろ弟が戻ってきます……。あ! おい早くしろ!!」

人ごみの中を気怠そうに歩く、ほっそりとした弟の姿を見つけると大きな声をあげる。急いで戻ってきた気弱な弟を怒鳴りつけるようにして店番を任せると、私は路地裏にある廃墟のような家に連れ込まれる。

外見とは裏腹に中は綺麗で、城下町を描いた水彩画が飾ってあったり、小さな棚に観葉植物が並べてあったりと、全体的に小洒落た部屋だ。この男達の趣味ではないだろうから、おそらく借りているのだろう。彼らも主と同じで旅商人だ。

後ろから付いてきた主は部屋の中を一通り見て回る。興味をそそられる物はなかったようで、隅にあった三本足の椅子に座り、ニコニコしながら私たちを見つめている。

主にとって私は使い勝手の良い道具なので壊されるわけにはいかない。だから行き過ぎた行為を止めるためにこうして同席する。もっとも今まで主が止めたことは一度もないし、この程度の豚野郎はどんな状況だろうと倒せるから同席は不要なのだが。

「ほら、女騎士さん。これに着替えてよ」

私の気持ちなど露程も知らず、目が合うといつも通りのふにゃっとした笑顔を向けてくれる。「僕のことは気にしなくて良いよ」と言っているようだ。

「……かしこまりました」

私は護衛だけでなく、主が買った物の対価として支払われることも多い。どんなに嫌なことでも主の命令となれば私は従うしかない。それがこの世界で生きていくための最低条件なのだ。

それに私はまだ好待遇……いや、たぶんこの世界にやってきた女騎士の中で最も好待遇だろう。文句を言うなんて許されない。

心の中でため息を吐き、背中に手を回して鎧の留め具を外した。


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「ここがいいのか! この豚野郎!!」

「ああっ!! 女騎士様もっと!! もっとお願いします!!」

「豚なら人語を喋るな! 汚らわしい!! 豚らしく鳴け!!」

「ぶ、ぶひぃ~~~~!!!!」

汚い声が、小洒落た明るい部屋に響く。

私は手に持った黒革の鞭を店主の汚いお尻(比喩ではなく、毛が多くて本当に汚く見える)に強かに打ち付ける。何度も打ち付けているので、店主のお尻は赤く腫れあがり熱を持っている。

剣を振るうのとはまた違う感覚だが要領はさほど変わらない。相手を倒すために振るうのではなく、気持ちよくさせるために振るうという点だけが大きく違う。

それと、これだけは本当に認めたくないのだが、こうやって鞭を振るようになってから私の剣の腕は格段に向上した。今なら全盛期の勇者と互角に戦えるかもしれない。

目を閉じると、戦っていた時の、私が惚れた勇者の顔が浮かぶ。

勇者は私のように凹凸がはっきりとしている体型の女性よりも、全体的にお肉が多い女性が好みだった。旅の途中でそれに気が付いたけれども、信じられないほど蒸れる鎧を着て前列で戦い汗だくになるのだから、どれだけ食べても体は引き締まるに決まっている。

逆に勇者を射止めた僧侶は後列でほとんど動かないし、普通の魔物なら私と勇者がさっさと片付けてしまうから回復魔法を使う機会も少なかった。とても憎たらしかったけれども、彼女が後方で待機してくれていなければ、私も勇者も命がいくつあっても足りなかっただろう。

何とか勇者を振り向かせようとしたが、駄肉をぽよぽよと弾ませる僧侶には敵わず、二人は結婚して戦線を離れた。そして私と稽古をすることもなくなった。

「もっと、もっと鞭をください!!」

野太いおねだり声が勇者の顔をかき消し、真っ赤になったお尻が現れる。今は勇者のことを思い出している場合では無い。

私は妙に馴染んだ黒革の鞭を振り下ろす。鞭が赤く晴れ上がったお尻に当たると、鞭を振るった私でも痛みを感じるほど重く鈍い音が響く。しかし鈍い音になればなるほど、この豚店主は気持ちよさそうな声を上げる。

私は深いため息を吐きながら鞭を構え直す。

度を越えているとは言えこの男はマゾなだけだから、その……目を瞑れるというか許容できるというか、まだ理解ができるのだが、主の知り合いの多くは性的趣向が特殊すぎる。

例えば私の人差し指をしゃぶるのが気持ちいいだとか、石像と並んで同じポーズを取らないと興奮しないとか、私の長い髪の毛の上に寝転がって一人でするとか……。自分で言うのもなんだが、私は良い体をしているのだから「もっと他に興奮するところがあるだろう」と言いたい。

逆に主は性に関して全く興味がなく、ちょっと目を離した隙に娼婦がまとわりついても、その首にぶら下がったペンダントや着ている服にしか興味を示さない。そしてそれが売れる物だと判断すると商談に入る。そこまではいいのだが、その対価に私を支払おうとするのはやめてほしい。

私はいたって普通の性癖だから、今やっている鞭も、指をしゃぶられるのも、石像と同じポーズをするのも、髪の毛の上で寝られるのも、同性同士で交わるのも好きじゃないし興奮もしない。むしろ嫌で嫌で仕方がない。でも主の命令だし、本番がないから我慢できている。

ちなみに娼婦との交渉はだいたい決裂するのだが、一度そっちもいけるお姉さんと当たって、私は本当に恥ずかしい思いをしたことがあった。人を探していると言っていたが、本当に探しているのかというくらい情熱的な夜だった。思い出すだけでも顔が赤くなる。

顔を赤くした私を見て、豚店主は私が興奮しているのかと思ったのか、よりいっそう高まった声を上げて大きく体を震わせる。

吐き気のする店主から目を逸らし主の方を見ると、いつも通りのふにゃっとした笑顔を作る。こんな異常な光景を目の前にしても平常運転の主に、今まで切り刻んできたどの悪魔よりも深い恐怖を覚える。

「女騎士様! お願い致します! トドメを!」

心の中でため息を吐いてから、私は幾度となくお尻を叩かれ、快楽の頂へと登り詰める豚に向けて最後の一撃を叩き込む。

鞭がお尻を打つ鈍い音が響き渡る。我ながら良い音がしたと思う。でも誇りたくはない。

人語を忘れた店主は丸々と太った体をピンと伸ばし、痙攣してから崩れ落ちる。それと同時に嫌な臭いが私の鼻をつく。

行為が終わったのを確認した主は、至福の時を迎えているマゾヒストに挨拶をしてから着替えるよう指示をくれる。ようやく終わった。

私は着慣れた白銀の鎧に着替え、体の一部となった剣を携え、借りた服を綺麗に畳み、余韻を楽しんでいる店主の横に置く。

この服を使って店主の弟がお盛んになるのだろう。それを考えると色々な感情がこみ上げてきて、今すぐ服を燃やしたい衝動に駆られるが、そんなことをしたらこの店主の気分を害するのは必至だ。それはすなわち主の意向に反することになる。

お目当ての物が手に入った主は未だ地面に突っ伏す店主など目もくれずに上機嫌で部屋を後にする。店番をしていた弟に挨拶をして、すれ違う人に何度も当たりそうになりながら、しかし決して当たらずに町を歩く。

私はその横に立ち主に害をなす者がいないか辺りを見渡す。ようやく本来の仕事が出来る喜びが心を満たしてくれる。

相変わらず不規則に動く主は適当な店に入り何かを探すが、お目当ての物は見つからないようだ。

五軒目を出たところで、「う~ん。困ったなぁ~」とわざとらしく何度も呟きながら考え込む主。ほとんど瞳の見えない目が糸のようになる。

しばらくしてから「最終手段だ」と言って来た道を戻る。

十分ほど歩いて着いたのは、主に何かと突っかかってくる男が経営している宝石店だった。

相手の感情など全く気にしないし、読み取ることすらままならない主でも、ここの店主が自分のことを嫌っていることくらいは理解していて、ここに来るのはよっぽど宝石がほしい時だけだ。

主が店に入ると接客をしていた店主がこちらを見て、露骨に嫌そうな顔をする。主はそれを気にすることもなく、ガラスケースに入った宝石を見定めていく。

「なんのようだ?」

接客を終えた店主が掴みかかりそうな勢いで詰め寄ってくる。本来なら割って入る必要があるのだろうが、この男は嫌いだからと言って手を上げる性格ではない。態度は気に入らないがそこは評価している。

「うん、ごめんねー。ちょっと欲しいものがあって」

太い眉毛と綺麗に剃り上げたスキンヘッドが特徴的な、商人というよりは武闘家といった方がしっくりとくる男に詰め寄られても、主はいつも通りふにゃっとした笑顔を作る。

「……お前がいると運気が下がる。さっさと買って出て行ってくれ」

「じゃあ、これ」

そう言って琥珀色の小さな宝石を指さす主。それを見て店主が驚いた表情を作る。おそらく私も同じ表情になっているだろう。

というのもこの宝石はどこでも採掘できるため希少価値が極めて低い。私はこの素朴な宝石が好きなのだが、世間では全くといっていいほど人気がなく値段も安い。さっきの指輪といいこの宝石といい、何に使うつもりなのだろうか。主の腕を疑うわけではないが、そのまま売るにしても加工して売るにしても利益を生むとは思えない。

「あいかわらず何を考えてるのかわからんやつだな。で、支払いはどうするんだ?」

「女騎士ちゃんで」

主はやはり、全く躊躇わずにそう言う。

「わかった。今晩コイツを俺の部屋に寄越せ」

「同席してもいい?」

「だめだ。……って言ってもお前を一人にしたらコイツがうるさいからな。隣の部屋で待っていろ」

「は~い」

この男、主のことを邪険にしているが配慮は忘れない。その辺りはやはり商売人だ。

綺麗に包装された宝石を受け取り、追い出されるようにして店を後にする。

「女騎士ちゃん、面倒だと思うけど今晩よろしくね」

「……はい」

心の中で深いため息。また異常性癖を持つ男に付き合わないといけないのか。

あの男は大きな宝石をあしらった指輪を私の足の指にはめて、目線を合わせて鑑賞することに喜びを感じる。このとき膝より上が見えてはいけないから、無理な姿勢を強いられることも多い。

誰かの妻になった駄肉僧侶と違い、私の足はほどよく引き締まっており、足が露わになるような服を着ればそっちの仕事も出来るくらいの魅力があると思っている。

しかしあの店主は私の生足なんか目もくれず、趣味の悪い指輪のはまった足に興奮する。

唯一の救いは非常に早いことだ。十分も我慢すれば仕事は終わるだろう。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


私のため息などどこ吹く風。主はいつものように売れる物を探しながら町を歩く。しかし行き先が決まっているのか、いつものように突然進路を変えたりはしない。

風が吹く度に舞い上がるイチョウの葉を楽しみながら、主が向かったのは町外れにある鍛冶屋だ。この店も馴染みで、ここで作られた武具を主が売ることもある。腕は一級品とは言えないが、たまに私の剣も手入れしてもらっている。

「どもども」

「いらっしゃい。今日は何用かな?」

「えっとねぇ~。あ、女騎士ちゃん、ちょっと外して」

「かしこまりました」

私は頭を下げてから部屋の隅に移動する。席を外すように命じられるのは珍しくないが、主の傍を離れる時は少しだけ寂しさを感じる。

しかし感傷に浸っている場合ではない。主から離れるのだから、普段よりも辺りを警戒しないといけない。

主は人の恨みを買うような性格ではないが、敵対する人間はそれなりにいるようで刺客が送り込まれることもある。近くにいれば身を挺して守ることも出来るが、こうして距離があるとそうもいかない。

いつも以上にピリピリとしながら主の話が終わるのを待つ。そういえば勇者と旅をしていた時は常にこういう状況だった。懐かしいと思う反面、もう二度とあんな旅はしたくないとも思う。

五分ほどすると主に手招きされる。

主はいつも通りふにゃっとした笑顔を、そして鍛冶屋はニタニタと気持ち悪い、下心丸出しの顔を作っている。今日だけでいくつ目のため息だろう。

「よろしくね、女騎士ちゃん」

「……かしこまりました」

なにがどう。とは言われない。

私は鍛冶屋に連れられて、カウンターの奥にあるリビングに向かう。

部屋の中央に置かれた手製の椅子に座ると、薄緑色のテーブルクロスが敷かれた机の上に、麦茶の入ったワイングラスが置かれる。

少し季節外れの麦茶が高級なワイングラスに注がれ、しかもストローがついている光景が非常にアンバランスで、これから行うことの奇っ怪さを引き立てる。

対面に座る鍛冶屋のタイミングに合わせてストローに口を付け、ゆっくりと麦茶を吸い上げると、鍛冶屋の顔が緩んでいく。

この男は潔癖症らしく、お互いのグラスが別なのは当然として、私の息が当たるのも嫌らしいので、このためだけに特注した曇りにくく透明度の高いガラスを間に挟む。そして私の顔を見ながら麦茶をちびちびと飲むと満足するらしい。

直接触れずに済むのだが、私の顔が綺麗だと褒められているのか、お前の息は汚いと嫌がられているのかでいつも悩む。

そういえば勇者と僧侶がよくやっていた、一つのグラスにストローが二本刺さっていて、それを二人で仲良く飲む行為に似ているな、と思う。いや、あんな甘酸っぱいものじゃない。これはもっと奇態で異臭を放つ行為だ。同じにしたら全世界のカップルに怒られるだろう。

恍惚とした顔をしながら、ワイングラスに入った麦茶をストローで飲むおっさんを見て気分が良くなるわけがない。しかし主譲りの営業スマイルはかかさない。

鍛冶屋は麦茶を飲みきる前に昇天してしまい気を失う。こいつも早いのが救いだ。

「女騎士ちゃん、お疲れ様」

「……はい」

果ててしまった鍛冶屋を奥さんに任せて店を出る。ちなみにこの男、奥さんにも同じことを頼むらしい。ニコニコと手慣れた様子で後片付けをする奥さんに、この男を伴侶に選んだ理由を聞いてみたい。

「もうすっかり夕方だねー」

そう言って夕日を眺める主。主が目を細めると一本線のようになる。

「女騎士ちゃん、今日もご苦労様」

「ありがとうございます」

「あ、でも今日は夜に仕事があるのか」

「……はい」

今日はどんな体勢で指輪をはめられるのだろう。場合によっては腰が痛くなるので本当に勘弁してほしい。

「ごめんねー」

感情が全くこもっていない謝罪をする主。

「いえ、主には良くしていただいていますので」

買い物で私を支払うことを加味しても、私には勿体ない主だと思う。

「じゃあちょっと早いけど、店主さんの家に行こうか」

「はい」

私は主に連れられて、あの高慢な店主の家に向かった。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「はいこれー」

この町に滞在して三日目の夜、主が見せてくれたのは、あの怪しい露店で買った指輪に琥珀色の宝石をあしらった、世界に一つしかない指輪だった。

「綺麗ですね。おいくらで売るのですか?」

いつも通りに尋ねると主は子供のように頭をぶんぶんと振る。

「ううん、これは売らないよ」

じゃあ何に使うのだろう。怪訝な面持ちで主を見ると、いつも通りのふにゃっとした笑顔を作る。

「女騎士ちゃん、いつも僕のために頑張ってくれているから、ご褒美にと思って」

そう言って私の左薬指に指輪をはめる主。

私は突然のことに思考が止まってしまい、何も反応することが出来ない。真っ白になった頭には、はめられた指輪だけが綺麗に輝いている。

「えっと……」

数秒後、ようやく働き始めた頭で考える。

主は私が辱めに耐えて手に入れた物をプレゼントして喜ぶと思っているのだろうか。

そもそも私の左手の薬指にはめる理由はなんなのだろうか。

そしてこの指輪は、どうしてこんなにも似合うのか……。

助けを求めるように見た主の顔は変わらずふにゃっとしていて、自分の成功を信じて疑っていないようだ。

「……ありがとうございます」

いつ測ったのかわからないがサイズも完璧だ。

「これからもよろしくね、女騎士ちゃん」

「はい。喜んで」

私は赤くなった顔を見られないように俯いて屈み、主の手の甲に軽く口づけをした。

こんな主に恋をしてしまう私も、十分に変態かもしれない。

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短編集 ぷりっつまん。 @pretzman

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