魔女の赤い水差し

@tanax

魔女の赤い水差し

古い森がありました


木々はどれも大きく

昼間でも太陽の光が遮られ

夜みたいでした


その森の奥深く

赤い屋根の屋敷に

魔女がたった一人で住んでいました


訪ねてくる友達はいませんでしたが

魔女はちっとも寂しくありませんでした


空を飛ぶことも

薬を作ることも苦手な魔女でしたが

命を与える魔法だけは

得意だったのです


***


朝になると

目覚まし時計が魔女を起こします

「ごしゅじんさま

おきてくださいよ

いちにちがはじまりますよ」


それから洗面器とタオルがやってきて

まだ寝ぼけてる魔女の顔を洗い

ハンガーが

いつもの赤いローブに着替えさせます


脱いだパジャマは

みずからたたまれて

洗濯カゴの中へ


食堂のテーブルには

焼きたてのパンやサラダの皿が並び

熱いコーヒーが

カップに注がれていました


そう 魔女は

食器のあと片付けはもちろん

料理も 洗濯も 掃除も

身のまわりの事は

何一つする必要がありません


たくさんのモノたちが

魔女によって命を与えられ

進んで仕事をしてくれました


***


ある日

魔女は森を散歩していて

赤い色鮮やかな

とても綺麗な花を見つけました


魔女は喜んで

その花を根っこごと摘み

持ち帰りました


それから庭に花壇を造り

摘んできたばかりの花を植えました


その出来栄えに大満足した魔女は

赤い水差しを呼び

花の面倒を見るように命令しました


ところが三日経つと

花が枯れてしまったではありませんか


魔女は怒って

赤い水差しを壁に投げつけ

半分に割ってしまいました


***


魔女が深い眠りについた真夜中

命を与えられたモノたちが集まり

脅えていました

今度は自分たちが壊されるかもしれない

彼らの話し合いは

日が昇るまで続けられました


開いた窓から

ピューっと風が吹き込みました

魔女は 静かに目を覚ますと

窓を閉めるように命じました

けれど窓は動きません


魔女は のどが渇いたので

水を飲もうとグラスを呼びました

けれどグラスはやってきません


魔女は 時間が知りたいと思い

目覚まし時計に聞きました

けれど目覚まし時計は答えません


シンと静まりかえった屋敷内を

魔女は慌てて

パジャマのままで

裸足のままで

走り回りました


イスも 皿も ほうきもみんな

ただのモノに戻っていました

魔女が何度も魔法をかけ直しても

命は宿りませんでした


目覚まし時計は

魔女がかわいそうになりました


ある日

目覚まし時計は

止まっていたベルを

せいいっぱい鳴らしました


突然の音に驚きながらも

魔女は じっとベルを聴いていました


一分が過ぎ

ベルが鳴りやむと

魔女は窓という窓を開けて

雑巾とほうきを手に

屋敷中の掃除を始めました


床を掃き

壁を拭き

天井の埃をはらい

それから本棚

テーブルやイスをみがいて

フライパンもナベも

細々とした食器たちも

全部洗いました


屋敷中をピカピカにするには

何日もかかりました

もちろん料理も

自分で作りました


そして一列に干した洗濯物が

よく乾くようにと

木を切り倒し

庭を太陽の光でいっぱいにしました


***


あっというまに

一年が経ちました


魔女は 割ってしまった赤い水差しを

元通りにくっつけました


その水差しを使って

赤い花が枯れてしまった

あの花壇に

毎日 水をあげていました


実は今朝になって

赤い花が芽吹きました

それも何本も

いっせいにです

太陽の元気を

いっぱいもらって

鮮やかな花が咲きそうです


魔女に命を与えてもらったモノたちも

うれしさを我慢しきれなくなって

踊り出してしまいました


パンの焼ける香りがします


さあ そろそろ

魔女が目を覚ましますよ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女の赤い水差し @tanax

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ