帝都へ!④

 フォズの朝は早い。プラガ村よりも数刻限数時間も早く人々が活動している。

 日の出前に起き出した村民の漁師が近海で魚を捕まえ、彼らが戻ってくる前にはすでに市場が開店準備をしているようだった。


 鍛冶屋の工房から鳴る鋼を鍛える音に合わせるかのように、パッサローたちの賑やかな鳴き声に私は目を覚ました。隣りにはまだ気持ちよさそうに寝息を立てるキンジーの寝顔が横たわっていて、旅の3回日目にして"旅をしている"ような気分になった。


 脚付きの布団から勢いよく降りると、風呂場へ向かった。

 不思議な銀筒、もとい蛇口から大量に流れ出すお湯を湯船に溜めて、贅沢な朝のひと時を満喫しながらも、私ばかりがこんな良い思いをしていいものかと、少しの罪悪感を感じれずにはいられなかった。


 村をあと2つほど越えれば目的地である"帝都カザヴェン"に到着し、いよいよ魔法使いを探すことになる。運良く最初の村で協力を申し出てくれたアブリルに言わせれば村を守りながら魔物を退治するのにはある程度人数が必要であると言っていた。


 あと何人の魔法使いを雇えばいいのだろうか。それまでに魔法使い様に献上する前払いの特産品は持つだろうか。心配事は尽きない。

 プラガ村を襲うブッホスたちがきっちり期限を守るとも限らない。奪われた女たちも助けに行かなければならないし、もしブッホスたちが闇の魔法を使い、黒死病のような呪いをプラガ村に放つ可能性もある。

 いづれにせよ、悠長に構えている刻限じかんは私たちにはなかった。


 湯船に張ったお湯を手でひとすくいし、そのお湯を顔にかけ気合を入れ直した。


 その後起きてきたキンジーもお風呂に入り、旅支度を済ませたところでちょうどアブリルが私たちの部屋まで迎えに来てくれた。


「では女将、また近くに来たら寄らせてもらいます」

「もう帰っちまうのかい?あと一泊ゆっくりしていけばいいのに。もうあとは帰るだけなんだろ?」

「いえ、帝都についたらすぐにやらねばならない任務がありますので」

「そうかい。じゃあ達者でね。あんたたちも頑張んなよ」


 私とキンジーの前にそびえ立つ大柄の女将は景気よく私たちの肩を叩き、元気を分けてくれたようだった。私はどうしてもお礼が言いたかった。


「ありがとうございます。あの、女将さん、ご飯本当に美味しかったです」

「嬉しいねえ。あんたたちもまた来なよ。行ってらっしゃい」

「「行ってきます!」」


 それから私たちの帝都への旅がまた始まった。


 旅の途中見た美しい景色の数々、プラガ村の周辺では見ることのない野生動物たちや生まれて初めてみた"魔獣"にキンジー共々腰を抜かすこともあったが、アブリルはそれを見て軽快に笑った。そしてアブリルは『恐れることはない、こちらから手を出さねばおとなしい生き物だ』と教えてくれた。魔獣にもいくつか種類があり、四足歩行のティガル型、二足歩行のデモニア型、飛翔のドラゴニア型が存在するそうだ。私とキンジーが目にしたのはティガル型だった。


 フォズ村の次に訪れたのは"レイリア"という宿場町。第二の帝都と言われるその町はフォズ以上に栄えており、帝都と各農村をつなぐパイプの役割を果たしている。

 町と言うだけあって、村とはその規模が違う。アブリルが言うには地図上ではフォズ村が4か5つ分くらいの大きさがあるそうだ。とても想像がつかないが、道は大きく舗装され、フォズで泊まった宿くらいの大きさの民家があったり、その何倍もある宿があったりと見る物全てが生き証人のようで、納得せざるを得なかった。


 レイリアで一番驚いたのは、轟音と共にレイリア上空を通り過ぎた"魔獣機アーマビスタ"だ。魔獣を象った機械仕掛けの超巨大魔道具だそうで、人が乗り込んで操作でき、先の魔王討伐作戦では勝利こそできなかったものの、その戦果は凄まじく、町や村をいくつも救った国を代表する英雄である。

 この魔獣機の存在のおかげで魔王はむやみに町や村を襲わなくなったと言われているとアブリルは教えてくれた。


「あ、そうだ。ずっとアブリル様に聞きたかったことがあったんですけどいいですか?」

「ん?なんだウーノ殿。私が知っている事であれば何でも答えよう」

「宿屋の天井にぶら下がっている硝子細工の提燈はなんて言う名前なのですか?」

「ああ、あれは魔電灯だな。魔導石を利用した灯りをつける魔道具だ。知らなかったのかい?」

「ええ、村には魔導石を利用した技術はなかったので。恥ずかしながら消し方もわからずおりました」

「それは悪い事をした。今度宿に泊まる時は覚えておくといい。部屋に入るとすぐ脇の壁にスイッチがあるはずだ。それを切り替えれば魔電灯の光は消える」

「……スイッチ?」

「えっと、そうだな……開閉器とでも言おうか。魔導石の力を開いたり閉じたりするための弁だ」

「なるほど!わかりやすい!」

「良かった。しかしなんとも時代錯誤だな、ハハハ」


 アブリルはいつも通りに軽快に笑う。

 アブリルの言うとおり、今日泊まった宿の部屋の壁にはスイッチがった。

 そしてその日の夜は魔電灯を消してゆっくり寝ることができた。


 次に訪れた村は"ライニャ"という畜産を主とする農村で、プラガ村の数十倍ある広大な土地に放し飼いにされている家畜の数もプラガ村より数十倍は居た。

 ライニャ村の取引先は主に帝都で、ライニャ村の畜産があってこそ帝都の食は保たれていると言っていいそうだ。故に、帝都とライニャ村、レイリア町にかけては魔獣機が往来し、その存在を守っているそうだ。


 やはりプラガ村などの外村部は放置され気味であり、生まれて二十数年経った今、初めて魔獣機を見たことがないかったのはそういったというものだろうと改めて実感せざるを得なかった。


 ライニャ村は優遇されているとはいえ農村。宿屋などはなく、野宿する事になった。

 野営具を張り、火を熾して食べる膳もまた良い物ではあった。

 たき火以外に余計な光のない夜空は、やけに美しく映り、町などとは違った夜の風情を感じる事ができた。


 そして、プラガ村から旅ってから5回日目。予定より少し遅くはなったが、私たちの安全を考えれば妥当な日数だったのかもしれない。アブリルが居てくれた事の影響はとても大きい。様々な面で世間知らずの私たちを助けてくれた。私とキンジーだけであったならこんな巨大な門を目の前にして、果たして冷静でいられるだろうか。


 巨大城塞とでも表現しようか。外壁が帝都全体を覆うように張り巡らされ、マウシシ一匹通れないような厳重さであった。


「で……でかい」

「そうだろう、魔獣機も出入りできる前門だからな。さあ、私たちはこっちだ」


 前門の脇に人間用の門があり、住人や行商などはここを通り帝都に出入りするそうだが、その人間用の門にしても今まで訪れたどこにもない大きさの門であることは確かだ。規格外である。


「身分証を呈示せよ」


 門には常駐する警備兵がおり、出入りには身分証が必要であった。

 アブリルは黒いローブの隙間に手をいれて、身分証を取り出すと、慣れた手つきで警備兵に手渡す。


「これはこれは、エスクード家のご子息で在らせられましたか。失礼いたしました。後ろの二人は従者で間違いないですかな?」

「ええ。現地で雇った従者ゆえ、まだ身分証がない。仮発行をお願いしたいのだが」

「かしこまりました。ではこちらをお持ち下さい」


 アブリルは警備兵から渡された物をすぐに私たちに手渡した。それは"仮保証"と書かれた一枚の札。これがあればとりあえずは中に入れてもらえるようだった。


「お分かりだと思いますが念のため、万が一、正式身分証が発行される前にその札を無くされますと、帝都不法侵入とみなし、厳しい厳罰に処されますのでくれぐれも肌身離さずお持ち頂くことをオススメ致します」

「仕事とはいえ、大変だな。そんなこと毎回言っているのか?」

「お戯れを」

「ありがとう。邪魔したな。さあ、行こう」


 やはり帝都出身者が共に旅をして本当に良かった。いつの間に身分証が必要になったのだろうか。そんな話は村では聞かなかった。行商に行ったことがある人に聞いたことはあるが、通行許可書さえ見せれば入れたと聞いていた。

 手続きも簡単で、こんな厳重な体制になったのはもしかしたら最近からなのかもしれない。


「ねえねえ、アブリル様、さっきの警備兵がエスクード家?って言ってたけどそんなに偉いとこなの?」

「いやぁ……どうだろうか。昔は帝都を守る盾として活躍した魔法貴族らしいが今は名ばかりの落ちぶれ貴族。名前だけちょっと有名ってだけさ」

「すごいねえウーノ!アブリル様って有名人だったんだ!」

「作法など、どこか気品があるとは思っていましたが、そんな凄い方が」

「私は決して凄くなどない。すごいと言うならば地位を築いた私の祖先だ。私は名前には名前以上の価値などないと思っている。だから、私は私自身の力でこの国に貢献したいのだ」

「立派ですねぇ」

「ああ。流石アブリル様です」


 帝都にしばらく滞在する上で身分証は必須の物だそうだ。宿に泊まるにも買い物をするにも身分証が必要で厳重に人を管理しているそうだ。

 その原因は先の魔王討伐作戦時の負の遺産、"魔物"の活発化だ。元は魔法使いであったり兵士であったりとその出自は様々だが、それなりの規模で存在している。

 なぜ魔物などという下衆に成り下がったかははっきりとしているが、帝都はそれを認めていない。


 戦で傷つき、心のどこかが壊れてしまった人々の慣れの果て。

 そう、魔物は元は人間なのだ。

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WIZARDS 岡崎厘太郎 @OKZK

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