帝都へ!③

 宿場"アンネロ"の食堂で大きな丸机を囲み、夕食をご馳走になった。

 今まで見たことのない料理ばかりが並び、ことペイシー料理に限って言えば頭も尻尾も残ったまま一匹丸々使った料理は初めて見た。

 プラガ村は山沿いの農村のため、滅多にペイシーは食べられない。

 食べることがあっても、頭も尻尾も切り落とされ、腐らぬようソルビニーで絞められた物ばかりだった。


「すごい……ご馳走ですね……でも、大丈夫なんですか?これ高いんじゃ……」

「大丈夫だ。全て宿泊料金に含まれている。それにここの女将はサービス精神旺盛でな、ウーノ殿ように細い人間をみるとついつい多めに作ってしまうそうだ」

「はあ……なるほど」

(ここに来た時の女将さんのあの鋭い目は、卑しい者を見る目ではなく、単純に世話焼きだったということか)

「はい、お待ちどう。これで全部だよ」


 女将は最後に特盛のコメを三人分机に置いた。


「まだおかわりあるからね!どんどん食いな!」

「ありがとうございます。やっぱり女将の料理は本当に美味そうだ!」

じゃなくて、美味いんだよ!だから魔法使い様もまた来てくれたんだろ?」

「そうでした。じゃあ遠慮なく頂きます」

「遠慮なんかしたら、いくら魔法使い様と言えども許さないからね!なははははは」


 女将の豪快な笑いが食卓の雰囲気を一層明るくした。


「あんたも、沢山食べなよ!じゃないといい男になれないからね!」


 そういうと女将は私の背中をドンと叩き、また豪快に笑いながら、食堂の奥へ引っ込んでいった。


「ねえねえ、ウーノ。女将さん顔は怖いけど、すごく優しい人だね!」

「ああ。そうだな」

「なに?そっけない!まだ怒ってんの?ちゃんと謝ったじゃん」

「そういう問題じゃないだろ!」

「じゃあどういう問題!?言ってよ!」


 せっかく女将が雰囲気を良くしてくれた食卓が、一気に通夜のように静まり返った。

 アブリルも何が起こったのか分からず、戸惑った表情を私に向けていた。


「なんだい二人とも、なんかあったのかい?」

「いえ、別に……」


 私はお風呂場事件をアブリルに話すのはとても恥ずかしいと思っていたが、キンジーは違っていた。彼女は良くも悪くも素直過ぎるのだ。


「別にってなに!?ただ一緒にお風呂入る?って聞いただけじゃん!」

「ちょ……!?おまっ……!」

「なんだ?いいじゃないか。二人で入れば。結婚しているんだろ?」


 私はアブリルの言葉につい立ち上がってしまった。その勢いで椅子は大きな音を立て後ろに倒れた。アブリルは私とキンジーを夫婦めおととして見ていたようだった。そうれもそうかもしれない。村のためとは言え、若い男女が二人旅などというのは余程の事だ。ましてや、夫婦でもない関係の男女が寝食を共にするというのは破廉恥だと思われてもしかない。


「あ、いえ、アブリルさん、俺たちは夫婦ではありません……」

「え?そうなのか?二人旅だからそうなのだろうと思い込んでしまった。つまらない事を言ってしまったな。忘れてくれ」

「いえ、アブリル様はなにも」


 アブリルの結婚という言葉には驚いたが、同時に少し冷静さを取り戻し、椅子を起こして席に座り直した。


「それならちと状況が変わるな。キンジー殿、どうして一緒に風呂に入ろうと?」

「あたしが小さい頃、父に連れられてお風呂に行ってました。そこには必ずって言っていいほどウーノとウーノのお父さんがいて、あたしのお父さんとウーノのお父さんが昔からの親友だってこともあって、いっつも長話してたんです」


 薄っすらと昔の記憶が蘇った。確かにいつも示し合わせたようにお風呂でキンジーに会うことが多かった。当時は男だ女だなんてわかるはずもなく、良く一緒お風呂で遊んだ。大きな共同風呂は子供だった私やキンジーにとって絶好の遊び場だった。


「その時、一緒に暇つぶしをしてくれたのがウーノで……なんていうか、お風呂にウーノがあるのが当たり前というか、落ち着くというか……難しい事はわかんないけど、とにかく!ちょっと懐かしい感じがしたの!」

「なるほど、幼馴染というやつか。で、ウーノ殿はキンジー殿が嫌いか?」


 アブリルに言われ、私はハッとした。

 キンジーの事を好きや嫌いなどの感情で見たことはなかった。腐れ縁とでも言うのか、キンジーの言う通り、になっていた。


「嫌いじゃないです……」

「じゃあ好きか?」

「まあどちらかと言えば……」

「キンジー殿は?」

「あたしも嫌いじゃない」

「どうにも煮え切らんな。まあよい。とりあえず飯を食おう。冷めてしまう」


 女将の料理は見た目通りとても美味しかった。

 こんな変な気持ちのままでは喉を通らないと思っていたが、箸が勝手に進むようだった。ちらりとキンジーを見ると、彼女もまた黙々と皿を空にしていく。

 アブリルも決して大きい身体ではないのに見事な食べっぷりで、食べた物がどこに収まっているの不思議でならない。彼は魔法で消しているなんて冗談も言っていたが、気付けばあんなにあった料理は跡形もなく三人で食べつくしていた。


 女将にお礼を言い、席を後にすると、アブリルは私たちを呼び止めた。


「さて、ウーノ殿、キンジー殿、腹ごなしに星でも見に行かないか?」

「星…ですか?」


 連れて行かれたのはフォズの村を一望できる丘の上。満点の星空を穏やかな海が写し、空と海の境界線がとても曖昧になっていた。そして、窓から零れる室内の光が第三の星の海のように眼前に堂々と広がっている。


「すごいな……」

「そうだろ。私もたまたま見つけたんだが、この光景が私の故郷に似ていてな。とても落ち着くのだ」

「アブリル様の故郷ってどこなんですか?」

「帝都だよ。私は生まれも育ちも帝都。君たちとは逆で、この歳になるまで帝都を出たことがなかったのだ」


 それはとても意外だった。ポルトル村で出会った時も、宿場の対応も、アブリルはもっと旅慣れていると思っていた。


「そうだったんですね」

「だから、ウーノ殿たちの苦労は痛いほどわかるのだ。村のためとは言え、見上げた精神だと思う。まさに"魔道"に通づるものがあるな」


 私とアブリルとは少し離れたところで座りながら星空を眺めるキンジーは、やはりどこか寂しそうに見えた。こんなキンジーは見たくない。それがその時の正直な気持ちだった。


「私は用があるので、先に帰らせてもらうが……」

(仲直りはしておくように)

 途中で話すのを止めたかと思うと、アブリルは耳打ちで仲直りしろと言った。

 それだけを言い残しアブリルは颯爽とその場を離れる。


 少し気まずい雰囲気が流れ、波の音が遠くの方から聞こえて来た。


「あの……キンジー、さっきは言い過ぎた。ごめん」


 反応なくつんと表情を変えないキンジーだったが、私はもう一度謝った。

 今度は身体をキンジーに向け、深く頭を下げた。


「本当にごめんさない!」


 時間で言えば数秒だったかもしれない。しかし、キンジーが次に言葉を発するまでとても長い時間頭を下げていたように思えていた。


「あたしの方こそごめん。さっき、アブリル様から配慮が足りないって言われて、そうだったなーって……思いました」

「……なんで敬語?」

「いいでしょ!別に!」


 何がおかしかったのかわからないが、不思議と笑いがこぼれた。そしてそれはキンジーも同じで、静かな夜の空に二人の笑い声が吸い込まれていった。


「隣、いい?」

「どうぞ」


 私はキンジーの隣に座ると、衣嚢いのうから父からもらった魔導石を取り出した。


「あ、それ」

「俺の父さんからもらったんだ。昔キンジーのお父さんと見つけた石なんだって」

「あたしも持ってるよ」


 そういうと、キンジーも衣嚢から私の石と同じくらいの大きさで、同じような魔導石を取り出した。


「お父さんの形見なの。こんな物くらいしかないけど、旅のお守」

「俺のお父さんもお守りだって渡してくれたんだ。まあ、こんな石より自分を大事にしろとか言ってけど」


 二人で空に透かして見るその石は、本当に星空をそのまま詰め込んだようで、夜空に溶け込み溶けてなくなってしまいそうだった。


「そろそろ戻ろうか。少し寒くなって来たし」

「そうだね。あたし早くあの布団で寝たーい」


 二つのメイズが夜を照らし、二人の影が重なった。


「おんぶしていけ!」


 キンジーは無理やり私の背中に飛び乗ると、素直でちょっとわがままでないつも通りの彼女に戻っていた。


「ちょ、あぶないって」

「いけーーーーーー」


 結局、宿に着くまでおんぶしっぱなしで、私の足はすでに限界を超えていた。

 部屋に戻り、布団に倒れ込むと、硝子細工の明かりをつけたまま寝てしまった。

 睡眠の奈落に落ちる寸前、微睡まどろみの中、私は大事な事を聞くのを忘れていたと思い出す。


(あ、硝子細工の消し方アブリル様に聞くの忘れてた……まあいいか)


 そのまま眠りにつくと、翌朝まで一度も起きなかった。

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