帝都へ!②
アブリルが宿屋の扉を開けると、扉の上隅につけられた小さな鐘がカランカランと音を立て、入店を知らせる呼び鈴として一役買っていた。
(面白い鐘の使い方だ)
もうすぐ夕暮れだというのに宿屋の中は昼間のように煌々と明るい。天井を見上げると一際光を放つ硝子細工がぶら下がっており、村でよく使っていた提燈とは明るさの度合いが全く違う。
「いらっしゃい!」
全長が私の身長の2倍はありそうな大きな手続き台の奥の出入り口から、優しそうな顔をした体格の良い女将さんが威勢よく飛び出して来た。
「あら、いつかの魔法使い様じゃないか、もう仕事とやらは終わったのかい?」
「ええ、無事に終わりまして、これから帝都に戻るんですが、また女将の料理が食べたくて寄らせてもらいました」
いつもと口調の違うアブリルに少し戸惑い、宿屋の雰囲気もあってかものすごく他人のように感じて、居場所がなく、きょろきょろと店の中を何度も見回してしまう。
「なんだい、嬉しいじゃないか。じゃあまたとびっきりのご馳走して……おや?後ろの人たちは?」
「現地でガイドをしてくれた者たちだ。帝都に戻るようなので、ついでに同行してもらっている」
(あれ?アブリル様なぜそんな嘘を……)
「へえー、ガイドねえ」
女将の鋭い目は私の方へ向けられ、舐めるような眼差しが私の身体を突き刺すようだった。
「まあ確かにあそこらへんの村は少し閉鎖的というか、よそ者を受け付けない風潮が強いからね。さすが魔法使い様だ!仕事をスムーズに進めるためのパイプ役にもぬかりないね!」
「いえいえ、そんなことありませんよ女将」
「じゃあ部屋はどうする?2つかい?3つかい?」
アブリルが後ろに振り返ると、私は一人部屋だがどうする?と聞いてきた。
「あ、あの、えっと、キンジーは一人部屋の方がいいでしょ?」
「あたしは一緒でもいいよ~」
アブリルはわかったと言って、女将に部屋は二つでいいと告げ、代金を支払うと2部屋分の鍵を受け取った。私はその内の一つを受け取ると、鍵には304号室と印字された木の根付けがついており、その番号の部屋に泊まれるようだった。
「私は302号室だ。何かあったら遠慮せず訪ねて来てくれ。では夕食時に迎えにくる。それまではゆっくりするといい」
「何から何までありがとうございます」
アブリルは笑顔のまま何も言わず手を振ると、手続き台の横の階段を上っていく。
いつの間にか女将は奥に引っ込んでしまったようで、挨拶も無しに上がっていいものか少し戸惑っていると、キンジーは早くいこ!と先に階段を上って行った。
304号室の扉を開けると、実家よりも広い部屋に大きな窓、そして脚のついた分厚い布団が2つ横並びにくっついて設置してあった。そして見たこともない彫刻が施された大きな机や調度品の数々に本日3度目の衝撃を受けた。
「なんじゃこれ……」
「わーーー!すごーい!」
キンジーは部屋に入るなり、脚付きの分厚い布団に飛び込む。
「なにコレ!すごく跳ねるよーー!」
私も確認するために恐る恐る座ってみると、尻を包み込むように沈み込んだ。
「帝都では誰もがこんなすごい布団で寝ているのか……なんて恐ろしい!」
私は靴を脱ぎ、大の字で寝転び一息つく。
見慣れない天井に浮かぶのは故郷のプラガ村の人々と、何も言わず送り出してくれた父と母の存在だ。こんなにも遠くまで村を出るのは初めてで、なにより村の大人たちは誰もこんなこと教えてくれなかった。単純にこんな世界があることすら知らなかったのかもしれない。
だが私は知った。村の外にはこんな広い世界があり、いろんな文化、いろんな考え方がある。見る物、聞く物全てが新鮮で、そのどれもが鮮やかだった。
天井には宿屋の入り口の広間にあった物と同じ明るい硝子細工がぶら下がっている。どうやってこの灯りを消せばいいのか後でアブリルに聞かなければなどと考えてたが、隣りでは能天気にまだ布団の上で跳ね回るキンジーがいた。
「いい加減にしないさい!子供か!」
「は~~~~い」
十分に跳ね遊んだのか、キンジーは意外と素直に脚付き布団を降りたと思えば、今度は部屋の中を色々物色し始めた。
「うわ、すごいよこの花瓶!」
「壊すなよ!」
「わかってるって~、心配性だな~ウーノは」
(誰のせいだよ。ああ、俺の為にも一人部屋の方が良かったかも……)
キンジーは部屋の一角にあった扉の前に立つと、その扉でピタリと止まった。扉に何か書いてあったようだった。
「えっと、ふ、ろ?ふろ?風呂!?ねえ、ねえ、ウーノ!すごい!この部屋お風呂ついてるってさー」
「風呂?嘘だろ。普通風呂って言ったら……」
私が話し終る前にキンジーがその扉を開けると、そこには確かに風呂があった。
「うそだろ!?」
湯船は少し小さめだが、一人くらいなら十分に肩までつかれる深さ。
そして何より、壁に取り付けられている火を熾さなくても金属で出来た花弁のような部分を回してやればお湯が出てくる不思議な筒に私は心を奪われた。
「これは一体どうなってるんだ?常に誰かが火を熾して、それを管理しているっていうのか……?」
「これだから田舎者は!蛇口っていうんだよそれ!」
「お前も同じ村出身だろうが!でもなんで知ってんだ?」
「壁に描いてるよ、使い方」
「なになに……ふむふむ……つまり、魔導石により温まった水を圧力で押し出す仕組みか……この蛇口とやらはその弁というわけか。こんなこと良く考えたもんだ」
後でゆっくり入ろうと思い、振り返ると、キンジーは今まさに服をたくし上げ、大きくはないものの、確実に実りを見せている双丘の下がチラリと目に入った。
「ちょっと待てキンジー、何で脱ごうとしている」
「え?お風呂はいろうかなって」
「……俺がまだここにいるのにか?」
「一緒に入る?」
とっくに日は落ち、にぎやかな市場も眠りについた静かな夜の村に私の怒鳴り声が響いたのは言うまでもなかった。
「アホ~~~~~~~!!!!!」
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