帝都へ!①

 翌朝、キンジーに起こされた私は昨日コメを炊くのに使った湧水の残りで顔を洗い、寝ぼけまなこを無理矢理覚醒させ、出発の準備をする。家の中にはアブリルの姿はなく、キンジーに尋ねると、最後にこの村の人たちを弔ってくると早くから家を出たと言っていた。


 少し気になった私は、アブリルを探しに広場に向かった。


 村の広場には村中の死体を一か所に集めたように、大量の死体の山が築かれ、今まさに弔われようとしている瞬間に見えた。


「アブリル様、燃やすんですか?」

「おはよう、ウーノ殿」


 私の声に振り向き、アブリルは笑顔で挨拶を交わす。


「あ、おはようございます」


 私は挨拶をし忘れた事に気づかされ、慌てて一礼した。


「燃やすのではない。天に返すのだよ」

「天に?」

「呪いを受けた者は、定命じょうみょうを捻じ曲げられた悲しき者。怨念としてこの地に新たな使い魔を生み出す可能性がある」

「使い魔って、あの邪悪な意志を持った精霊ですか?」

「その通り。使い魔は魔物と相性がいい。使役されると非常に厄介だ。だから天に返し、輪廻の流れに返してやる必要がある」

「魔法使い様って教会みたいなこともするんですね」

「魔法使いと言っても色々いるからな。私は天に返すが、燃やす魔法使いもいるし、埋める魔法使いもいる。決まりはないんだ」


 そういうと、アブリルは死体の山に向き返り、今まで聞いたことのない発音で呪文を唱え始める。アブリルの身体から光の粒が溢れだし、伸ばした両腕から生み出された光の塊が徐々に大きくなり、やがてはじけて飛散し、死体の一体一体に胞子のようにくっつくと、肉体を溶かし、蒸気のように消えていく。

 あれだけ巨大だった山はみるみる内に消えていき、最後は何も残らなかった。

 ただ、心なしか、皆笑っているような泣いているような、とにかく嬉しそうな顔に見えたのは私の脳内が作り出した幻影なのかもしれない。


「残酷だと思うかい?」

「いえ、俺にはわかりません」

「それでいいさ。さあ、そろそろ出発しよう。村を三つほど越えれば帝都だ」

「はい」


 アブリルが同行をしてからというもの、旅の道中怯えることはなくなった。キンジーの手前、平気な顔をしていたが、魔物に襲われたらどうしよう、野盗に襲撃されたらどうしようと正直怖かった。

 キンジーも初めて村から出たのだ。不安は絶対あったはずで、最初に訪れた村があんな状態だったのだから不運だったと思う。しかし、それから健気にも元気を取り戻し、楽しそうに旅を続けるキンジーを見ているだけで私も元気づけられた。


 ポルトル村から半回日、漁が盛んな比較的大きな村、フォズに到着した。プラガ村とは違い、開放的な雰囲気と、活気ある市場に私は目を奪われていた。


「とても賑やかですね」

「ああ、帝都の市場と似ているかな。おそらくここの村長が帝都文化を取り入れたのだろう。もともと港としても栄えた村だし、人の出入りには慣れているんだろうな」


 プラガ村はよそ者が入ってくることが滅多にない。

 嫁入りの時に隣村などから女が来ることはあるが、それは村長同士で決め交わした許嫁、酷い言い方をすれば、村同士の協力関係を維持するための政治的な側面もある。

 そういった閉鎖的な村からは想像できない文化で、同じ人間なのにこうも違うものかと、衝撃に打ちひしがれざるを得なかった。


 賑やかな市場を通ると、どこの店からも声をかけられる。その度に一々足を止める私とキンジーにアブリルは苦笑いを浮かべ、教えてくれた。


「買う気がないなら立ち止まらずに堂々としていることだ。一々足を止めていてはこの市場を抜けるまでに日が暮れてしまうぞ」

「あ、すみません、慣れてないもので、声をかけられるとつい話を聞かなくちゃいけない気になってしまって」

「あたしも……」


 アブリルはため息交じりに続けた。


「まあ仕方ないが、帝都はこの何倍も大きな市場がある。しばらく帝都に滞在するならこの程度はすぐに慣れなくてはな」

「「はい……」」


 私とキンジーはしゅんと小さくなる事しかできなかった。本当に慣れるだろうかと一抹の不安を胸にアブリルについていく。無視していくお店の方々に対して、私はごめんなさいと何度も何度も心の中でつぶやいた。きっとそれはキンジーも同じだったであろう。


「もうすぐ宿屋がある。今日はそこで一泊しよう」

「でも俺たち御銭おあしはほとんど持ち合わせてないので、野宿でいいです。それでいいか?キンジー」

「うん。もともとそのつもりの旅だしね」


 アブリルはいつもの軽快な笑いをした。


「何をいまさら。前回日昨日の夕食の礼だ。私が出そう」

前回日昨日の夕食は雇われていただく前払いの……」


 まあまあ、と私の言葉を遮り、私とキンジーの背中を押し、半ば強引に宿屋まで連れて行かれた。

 宿屋に着いてみると、本日2度目の衝撃であった。そこに聳えていたのは木造ではなく、石造りの大きな建物。窓が縦に3つ並び、噂でしか聞いたことが無かった三階建ての家だ。


「こ、こんなすごいとこ……我々農民ごときが本当に泊まっていいのでしょうか?」

「いいに決まっているだろう。まあ、少し工夫はするがね。ここらじゃ見慣れないだろうが、帝都はほとんどがこういった作りの家だ。宿屋もこれよりももっとでかいところもある。私がポルトル村に向かう最中に立ち寄った宿で、ここの亭主とは顔なじみだから大丈夫だ」

「はぁ……」


 私は色んな意味で疲れ切った顔の頬を両手で叩き、ついに観念し、アブリルに任せる事に決めた。

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