一人目!④
家に戻ると、キンジーは夕食を用意してくれていた。
「おかえり、ご飯作っておいたよ」
「ありがとうキンジー、体調はどう?」
「おかげ様でだいぶ良くなったかな。身体動かしてた方が気も紛れるし。でも外に死体があると思うと、まだちょっと憂鬱……」
キンジーは少し無理した笑みを見せた。だが、顔色はだいぶ良くなっていたのは間違いない。結界のおかげで、あの鼻にくる嫌な異臭が漂ってこないことが功を奏したようだった。
「まあ無理もない。ところで、とても美味そうな夕食だ。帝都でもこんな美味そうなコメはそうそう食べれない。キンジー殿は良い嫁になるだろう」
「やだぁ、おだてても料理以外何も出ないですよ」
キンジーはまんざらでもない表情で、嬉しそうに膳を分ける。
主食はプラガ村自慢のコメ。持参した釜でじっくり炊き上げ、一粒ひとつぶが艶々と立っている。おかずは村から持ってきた村長手作りの岩
「どうぞ、アブリル様、召し上がってください」
「それでは遠慮なく」
アブリルはまずコメだけをほうばる。
「美味い!丁度いい加減だ。使っている水もいいものだ。ここの村の水はすでに汚染されているが、水も持参したのか?」
「はい、ここへ来る途中にいい湧水が出る岩があるので、それを汲んでおいたんです。私たちの故郷では神様の水"デウスアグア"と呼んでいます」
「なるほど、コメが喜んでいるのも納得だ」
アブリルは岩アルガスとピュートと共にコメを美味しそうに口へ運ぶ。
「おかわりもありますので、沢山食べてくださいね」
「
ふと、自らが食べているコメとは違う香りを漂わせ、ずるずると食す私とキンジーの膳を見て、アルガスは箸を止めた。
「ところで……君たちは何を食べているんだ?」
「えっと、ホタル飯ですが、ご存知ないですか?」
ホタル飯とは古くから村に伝わる病人食ではあるが、時間が無い時にてっとり早く栄養を補給できるものとして重宝してきた。質素ではあるが、比べるほど貧しい料理という感覚は持ち合わせていなかった。
「いや、知ってはいるが……なぜだ?同じ釜の飯を食わずして、仲間とは呼べないであろう」
「いや、俺たちはいいんです。コメは今我々が魔法使い様に献上できる唯一の報酬。それを食べるわけにはまいりません」
「そうであったか。しかし……では帝都では私がおごろう。いや、是非おごらせて欲しい」
「滅相もございません。そんなこと我々にはもったいない事です」
「何を言う。今日の調査手伝いのお礼も兼ねてだ。気にするな。だが、こんな美味いコメを食べてしまうと、釣り合う飯はなかなか……帝都の料理は味気なくてな」
「お気持ちだけ頂戴します」
一悶着はあったものの、アブリルの押しに根負けし、帝都では世話になると約束させられてしまった。ともあれ、アブリルはとてもまじめで義理堅く、信頼できる人だと素直に思った。
膳を食べ終え、床に就く数刻の間、資料をまとめるアブリルの姿があった。橙色の暖かな光源が揺らめく中で、私は今日の出来事について聞いてみた。
「アブリル様、黒死病についてもう少し教えていただけませんか?」
「ほう、やはり興味がおありで。ウーノ殿は勉強熱心だ」
「いえ、そんなことはありません。うちの村でも起こり得るかもしれないので、少しでも知識を頭の中に入れておきたくて」
「それを勉強熱心と言わずになんというのか」
出会った時と同じく軽快に笑うとアブリルは丁寧に教えてくれた。
「黒死病とは、一種の呪いであり、魔物が好んで使う闇の魔法であることはすでに話したと思う」
「はい。そこまでは聞いてます」
「すべてを話すととても長いから、掻い摘んで説明しよう」
アブリルは私でも理解できるようにゆっくり話をしてくれた。
まず、黒死病とは、直接接触を引き金とする遅延発動型連鎖呪術で、術者が対象の人間に何らかの方法で接触すると対象者は呪いを受ける。
呪いの進行は非常に緩やかで、接触後、潜伏期間を経て発症し、対象者は感染源となる。感染源となった者が、他の誰かに触れると、それが新たな引き金となり感染が連鎖していき、感染者がまた感染者を作り、そこからは倍々で感染は進行していく。
術が発動した際に体中を覆うように至極色の感染呪が斑点することから黒死病と名付けられた。最終的には感染源も死に至る呪いだが、感染源に独特の斑点ができないのが特徴。実際にあった異国の疫病になぞらえて作られた比較的新しい悪意に満ちた闇の魔法。
この黒死病の対処法はたった一つ。解呪の印を感染源に上書きして、他の感染者に接触させることのみ。一度感染してしまうと、術者を殺しても呪いは消えない。そもそも呪いとはそういう類の魔法だそうだ。
「ちなみに、感染後死に至るまではきっちり
「失踪者が突然帰ってくるっていうあの?」
「そうだ。魔物が捉えられた人々に呪いをかけ、わざと解放し呪いを蔓延させる」
「なんでそんなこと……」
「さあな、魔物が考えてる事なんてわからんさ。さて、もう遅い今夜は寝よう」
その日の夜が静かに過ぎていった。
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