一人目!③

 私とキンジーは顔を見合わせて、期待に胸を膨らませた。


「実は……」


 家の広間に三人、囲炉裏たき火を囲いながら私はプラガ村の実情と、今置かれている危機的状況、その打開策としての旅であることを掻い摘んで説明した。


「なるほど、そうか。それは少し難しいな」

「え?でも先ほどは力になれるかもと……!」

「ああ、勘違いしないで欲しい。難しいのはという事で、助けたいとは思っている」

「では!?」

「私で良ければ力になろう」

「やったー!良かったね!ウーノ!」

「ああ!」


 アブリルは無邪気に喜ぶキンジーと私を微笑ましくしばらく眺めていたが、すぐに表情は戻った。


「しかし、先ほども言ったように、私一人では難しい」

「でも、アブリル様は魔法使いなんだよね?魔法使いはすごい人たちだって村の皆が噂してたし……それもでも魔物には勝てないってこと?」


 キンジーの悪意のない失礼な質問に、アブリルは少しムッとした表情をすると、意地になったように少し口調が厳しくなった。


「いや、キンジー殿、私は決して魔物などに臆したりはしない!魔物ごとき、私一人でも勝てる!」


 キンジーはやっぱり!と嬉しそうにしていたが、私はアブリルの言い方に引っかかるものがあった。


「では、なぜ?難しいと?」

「複数の魔物が相手の場合、私一人ではどうしても穴ができてしまう。そうだな、少なくとあと二人ほど人手が欲しいところだ」

「そうですか……このまま戻るわけにはいかないのですね」

「まあそう気を落とす必要もない。私にも心当たりがないわけではないからな」

「本当ですか!?」

「しかし、私は今帝都からの派遣でこの村を調査中でな。終わるまで少し待って欲しい。調査が終われば私も帝都に戻る。その時は帝都を案内しよう」

「ありがとうございます!」


 きっと長丁場になると覚悟していた旅だが、順調すぎる出だしに私とキンジーは少し浮かれていた。すぐに村に戻れると確信を持って。


「でも、あたしあんまりここに長いはしたくないな……死体だらけで怖いよ」

「それもそうだな」

「それは心配ご無用。調査も2、3回日二、三日で終わる。もし、手伝ってくれるのなら1回日明日には出発できよう」

「なら、俺が手伝います!なんでも言ってください。キンジーはこの家から出ずに休んでて。まだ調子戻ってないでしょ」

「ありがとう、ウーノ」

「では、念のため、家の周囲に結界を張っておこう。家の中にいる限りは安全だ」


 いってらっしゃいと手をふるキンジーを背に、私はアブリルの調査の手伝いをする事にした。どんな調査かは聞いていないが、できる限り早く出発するためだ。


「死体は見慣れているかい?」

「いえ、今日がほとんど初めてです……」

「まあ、それはそうか。まあでも手伝ってもらうからには死体と向き合わなくてはいけない。覚悟はいいね?」

「……はい」


 正直覚悟なんてなかった。できれば見たくはない。当然だ。

 アブリルはいくつか死体を確認して回る。どの死体も体中を覆うように至極色が斑点している不思議な死体であった。しばらく死体を調べて歩き回っていると一人の女性の死体の前で足を止めた。その女性の死体は斑点がなく、他と比べても驚くほど綺麗なままだった。


「アブリル様、この人本当に死んでるですか……?」

「ああ。間違いなく死んでる」

「でもそれにしては、綺麗というか、他の死体とは違いますね」

「おそらくこれが感染源なのだろう」

「感染源?」


 アブリルは女性のお腹に手を重ねると、短い呪文を唱え始めた。するとすぐに女性をうつ伏せにして服をめくり、背中をあらわにした。そこには、どす黒く縁取りされた紋章のような印が浮かび上がっていた。


「見てくれ。これが黒死病の原因だ」

「黒死病?」

「ああ。病と言ってもこれは呪いの一種。魔物が好んで使う闇の魔法だ」

「闇の……え?魔物も魔法が使えるですか!?」

「知らなかったのかい?まあ魔法が使えるのは高位の魔物に限られてるからどんな魔物も使えるわけではないけどね。でも確実な手掛かりになる。調査を続けよう」

「はい」


 私は無知である事の恐ろしさを痛烈に実感した。


 ――魔物も魔法が使える。


 そんな事、村の誰も知らない事だろう。もしあのブッホスが魔法を使えたのならば、きっとプラガ村もここと同じになってしまうと思うと脳裏に不安が押し寄せる。一刻も早く魔法使いを連れて村に戻らなくてはいけない。改めてそう思った。

 黙々と作業を続けるアブリルの背中を眺めながら、時折出される指示をなんとかこなしていると、気付けば空はすっかり茜色に染まっていた。


「よし。こんなところかな。ありがとう。ウーノ殿のおかげでだいぶ捗ったよ」

「いえ、私は何も……」

「謙遜する必要はない。ウーノ殿が文字を読めて非常に助かった。ありがとう」

「私の唯一の特技です」

「そうか。大事にするといい。帝都でもきっと役に立つ。じゃあ戻ろう。キンジー殿も待っているだろう」

「……はい」

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