一人目!②

 ポルトル村の入口にキンジーを置いて、私一人、状況を確かめるために村へ戻る。

 荷物を持ってくるという目的は確かだが、戻るのにはもう一つ理由があった。

 私が大声をあげてしまった時に不意に聞こえた物音。聞き間違いでなければあれは人が何かにぶつかった音、もしくは何かを重いものを落とした音に聞こえた。

 もし生存者がいれば、今後のプラガ村のためにも何があったのか聞く必要があると考えた。しかし、万が一、残党だとしたら荷物を置いて全力で逃げるしかない。そんな事を考えながら村の奥に進んだ。


 それにしても悍ましい光景だ。そこら中死体だらけで、見ないようにしても目に入ってしまうのを必死で目を逸らす。しかし、逸らした先にも死体が転がっており、精神的に参ってしまいそうだった。

 死体を見るはほとんど初めてだ。だから死後何日かとか、腐乱がどこまで進んでいるとか、そんなことは皆目見当もつかない。なるべく死体を見ないように物音があった村の奥の方に進むと、多少焦げてはいるものの、完全には焼かれずに残る一軒の平屋がひっそりと佇んでいた。


 家の中からは時折、生活音のような音と、聞きなれた木の軋む音が重なって聞こえてくる。しかし、一つの疑問が頭を過った。


 ――こういう時、どうやって中に入ればいいのだろうか。


 普通に入ればいいのだが、中に誰がいるかわからない現状、わざわざ自分の存在を知らせる必要はあるのだろうか。しかし、こっそり扉を開けたとして、住人の方ならとても失礼であろう。

 こんな時、キンジーなら何も考えず、お邪魔します、なんて言ってさらっと入っていきそうだ。


『ウーノは少し考えすぎなんだよ』


 キンジーから何度も言われた言葉で、今まで気にしたこともないし、慎重さという意味では重要なことだと思っていたが、こんな形で思い出すとは想像もしなかった。


(裏口にまわろう……)


 裏口にまわり、木作りの窓からこっそり中の様子を伺うと、人影が行ったり来たり家の中を歩いている。しかし、それが誰なのかまではわからなかった。


(やっぱり見えないな……)


 こうしてても埒が明かない。一旦荷物だけ回収して戻ろうと思った時、窓の近くに立てかけてあったくわに足を引っかけて、転んでしまった。


 ドンガラン――。


(やばい……!!)

「誰だ!?外に誰かいるのか!?」


 家の中から若い男性の声がした。私はあわてて起き上がり、逃げようとしたが、足音がみるみる内に近づき、逃げる間もなく裏口の扉が開いた。

 裏口から出て来たのは、やはり外見も若い男性だった。黒いローブマントで身体をすっぽりと覆い、少し釣り目だが、整った中性的な顔をした青年風の男。私とそこまで歳は離れていないように思えた。


「……君は?その恰好から推測するに、この村の生き残りってわけでもなさそうだね。いったい何者だい?」

「あの、えっと……俺は訳あって帝都まで旅をしている者です。旅の途中でこの村に立ち寄ったんですけど、あの有様で、物音がしたので、生存者がいるのか確かめに……」


 黒ローブの男性は、なるほどと頷いた。


「なるほど。私も先ほど声を聴いたが、君か……嘘は言ってなさそうだ。君一人かい?」


 もっと疑われると思ったが、男性は驚くほどあっさりと納得した。


「いえ、もう一人。この村の惨状を目の当たりにして気分を悪くしてしまい、一旦村の入口で休ませています」

「そうか、まあ無理もない。ではその人も連れてくるといい。私は怪しい者ではない。調査のためにこの村に来た者だ。帝都からね」

「帝都から……!?」


 急いで村の入口に戻り、キンジーをおぶって村へ戻った。相変わらず調子は崩したままだが、荷物持ってこないで何してるのよ、と冗談が言えるところまで回復したのは良かった。キンジーには死体を見せないように目をつぶらせ、黒ローブの男性がいた家まで早歩きで向かった。


「えっと、ウーノ、この人は?」

「俺もまだ名前は聞いてない」

「ええ?大丈夫なの?」

「初対面の人に失礼だろ!」


 黒ローブの男性は軽快に笑うと、こちらこそ失礼したと一礼した。


「私の名前は、アブリル。一応、魔法使いだ」

「「魔法使い!?」」


 私とキンジーは声をそろえて驚いてしまった。こんなにも早く魔法使いに出会えるなんて、運命としか思えなかったのだ。


「そんなに驚くことかい?帝都では珍しくもない職業だが……」

「あ、いえ、こちらの話です」

「そうか。では、君たちのこと教えてくれるかな?」

「俺……いや、私の名前はウーノ、こっちはキンジーです。訳あって隣村のプラガ村から帝都を目指して旅をしています」

「さっきもそう言っていたね。もし良ければだが、その訳とやらを聞いてもいいかな?力になれるかもしれない」


 その優しい言葉は、不安だった心の中にしっかりと染み込んでいった。

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