一人目!①

プラガ村から帝都サガヴェンまでは徒歩最短ルートを通れば3回日三日ほど。


ネグネグなら半分以下の時間でたどり着つく距離だが、途中に切り立った崖や、古い吊り橋などがあるため、行商の際は遠回りルートを使うことが余儀なくされている。少し荷物は多いが、今回はネグネグも使わない二人旅なので、最短ルートで向かう事になった。


村を出て、半回日半日ほどが過ぎた頃、隣村のポルトル村の手前まで進むことができた。なかなか順調に進む事はできたが、私一人の旅ではない。キンジーからは少し疲労の顔が伺えた。


「もうすぐポルトルだ。着いたら少し休ませてもらおうか」

「うん!賛成~。実はあたしもうヘトヘト~」

「ポルトル村の村長さん、元気かな。昔プラガ村に来た事あったよね」

「あたしはあの村長苦手ぇ。セクハラが激しいのよ」

「せ、セク?……え?なに?」

「セ・ク・ハ・ラ!知らないの?帝都で流行ってる異国の言葉なんだって!意味はねえ、"変態"ってことらしいよ」

("変態"が激しいってどうなんだ?なんとなく意味は通じるけど……)


異国の言葉を誇らしげに語るキンジーだが、意味としては大人のすることではないと、私の中のポルトルの村長に対する尊敬が音を立てて崩れた。


「へ、へえ……そうなんだ。でも良く知ってるね」

「他にも知ってるよ!スシ、テンプラ、ゲイシャ、フジヤマ」

「なにそれ?聞いたことないや」


ポルトル村の入り口に近づくと、今まで嗅いだことのない独特の臭いが漂ってくる。ただならぬ気配に私は身震いがした。


「ねえ、ウーノ、何か変な臭いしない?」

「確かに、ちょっと変だな。キンジーちょっと止まって」


私は村の入り口に立ち止まり、それ以上入る事を躊躇してしまった。

今時期の農村部では、豊作を喜び、農耕の神に感謝と祈りを捧げる"ベルアー"と呼ばれる祭や儀式を行うことは珍しくない。その時に大量のザザを燃やし、家畜を1頭丸焼きにする。その臭いとはまた違ったものだった。


「ベルアーかな?でもプラガうちとはなんか臭いが違うね」

「いや、わからないけど、ベルアーじゃないのはたしかだ」


確かに焦げたような臭いはする。しかし、とても濃厚で鼻の奥にツンとくる臭い。分類するならばやはり異臭になるのだろうか。


「きっとベルアーだよ。だって今はそういう時期じゃん」


私の静止を話し半分に、キンジーは村の奥へ進んで行ってしまった。嫌な胸騒ぎは気のせいであって欲しいと思いながらも、キンジーの後を追った。

だが、嫌な予感は的中する事になった。


キンジーはその光景を前にその場に座り込み、嘔吐した。私はキンジーの荷物を全ておろしてやり、背中をさすり、元気づけるが、私自身も限界寸前であった。

農地は無残にも荒らされ、家屋かおくは焼かれ、人はゴミのようにそこら中に打ち捨てられている。人の死体を見るのは生まれて初めてで、こんなにも悍ましいものなのかと、現実を直視することができなかった。


「なに……これ……やだ、あたし帰りたい……」

「それはダメだ。魔法使いを見つけなければ、きっとプラガ村もこうなってしまう」

「なんでそんなに冷静でいられるの!?ウーノおかしいよ!……人が……死んでるんだよ!?」

「冷静なんかじゃない!!こんなの……冷静でいられるもんか」


私の大声にキンジーは黙ってしまい、死体を啄んでいたグースカラスは鳴き声と共に飛び去っていった。不意に、村の奥からグースとは違う物音が聞こえた。

(なんの音だ?)

しかし、今はそんな事よりも目の前のキンジーが優先だった。精神的にも肉体的にも疲労困憊のキンジーをこのままにしておくわけにはいかないと、一旦キンジーを村の外までおぶり、休ませた。


「いいかい、キンジー、何かあったらこの笛を吹くんだ。いいね?」


私は貝殻でできた笛をキンジーに手渡した。私の言葉にキンジーは何も言わずに頷くだけだった。私がキンジーを置いて村に戻ろうとすると、キンジーは私の足を掴んで止めた。


「ねえ、嫌だよ、どこ行くの?置いてかないで……」

「大丈夫、荷物を持ってくるだけだよ。君をおぶってくるのに置いてきてしまったから。すぐ戻るから」

「本当に?」


私は頷き、キンジーの頭に手を置く。普段は男勝りな性格のキンジーも村のあの惨状は堪えたられなかったのだろう。この姿を目の前にすると、やはり女の子なのだと再認識せざるを得ない。


「早く戻ってきてね」

「ああ」

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