第一章 緑の弾丸(二)

 レイブンがイリスを乗せて道路に出たとき、白い箱は握りこぶし一つ分の大きさに見えるほど遠くにいた。緑の塊は白い箱に隠れて見えていないが、それもすさまじいスピードで動いているのであろう。

 「クソっ、速いな。」

 レイブンはそう言うと足の回転数を上げ、前を走っていた自動車らを次々と追い越していった。時速はおよそ60kmほどであろうか。ブルドッグにしては、というより、犬にしてはかなり速い。しかしそれでも白い箱との距離は遠のき、それの大きさは小型犬の肉球ほどに見えていた。

 「イリス!あれのスピードは分かるか」

 レイブンは掠れ気味な声で聞いた。

 「おそらく時速130kmはあるわ、車にぶつかったら大惨事、早く止めないと」

 イリスはすぐにそう返した。

 「嘘だろ、弾丸みてえに速えじゃねえか。」

 それだけ言ったあとレイブンは黙り、さらにスピードを上げた。前の車にぶつかりそうになったが、ハードル走のようにジャンプで避けていった。しかし白い箱との距離はどんどん遠のいていく。これでは到底追いつくことはできないようだ。

 

 レイブンの息はだいぶ荒くなっていた。しかしイリスはこのまま走り続けてと言い、携帯電話を取り出し、ある番号に電話をかけた。二回待機音が鳴って、相手がそれに応じた。

 「可動橋を今すぐに上げて、それから五分経ったら元にもどして」

 イリスがそう言うと、文句のような声が聞こえてきたが、イリスはそれから何も言わずに電話を切ってしまった。

 しばらくすると、向こう側の空に太い道がせりあがっていくように見えた。そして白い箱との距離がみるみる縮まっていった。

 「なんてこった、あの橋は通れないのか」

 レイブンは驚いた。

 「そう、たった今通れなくなったの」

 イリスは少し得意げな顔をした。

 

 白い箱は止まっていた。レイブンらはそれに追いつき、その箱が鉄でできていて、扉がついていることが見てわかった。大きな鉄箱の裏に右から回りこむように動いていくと、緑色の毛色をした小さい犬の後ろ姿が見え、そしてその犬はこちらに振りかえりワンワンと甲高い声で吠え始めた。

 「犬だわ、あなたと同じ」

 イリスはレイブンの背中から降りながらそう言った。緑色の犬の腹には太い鎖が白い鉄箱と繋いであった。

 「まさかチワワのワンちゃんだったとはな。てめえの実力は認めるが、このレイブンさまには敵わなかったみてえだ。ダンスパーティーの邪魔をした報いは受けてもらうぜ!」

 レイブンがそう言うと緑の犬に飛びかかった。緑の犬はとっさに、ほぼ垂直になっている橋の方へ高く飛び上がった。レイブンは繋がっている鎖を噛み止めようとしたが緑の犬に引っ張られる力もあいまって鎖が千切れてしまい、なんと緑の犬は橋の上部へと到達し、そのまま姿を消してしまった。

 「なんて脚力だ……楽しませてくれるじゃねえか。ってかイリス手伝えよ!」

 「かなり複雑な錠がかかっていたけど、簡単に開けられたわ、この箱の中身が分かった。」

 「何だ」

 「ありったけの札束。あの犬がしてたのは銀行強盗よ。」

 「あのワンちゃん、かわいい顔してかなりのワルじゃねえか。」

 

 交通が完全にストップしていたため、レイブンらの前には自動車がぎっしり詰まっていて、すでにクラクションもたくさん鳴らされていた。しかしイリスの電話での指示通り、橋はまた下がって車が通れるようになった。

 「実にマズいわ」とイリスが言った。

 「何がだ」

 「もうすぐ警察が来る。まっ先に強盗と疑われるのは誰?」

 「もう走りたくねえ」

 レイブンは白目を剥いた。

 

 

 

 

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銀髪少女と超常犬 @rukun

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