第9話 アドルフは考える

1917年 秋


皆様、こんにちは。栄えある帝国の航空魔導士を絶賛目指して訓練を受けているアドルフ・ヒトラーです。

一年とは早いもので、私はもう二号生、学校で言えば三年生になりました。無事に何事もなくいけば後一年で、ここを卒業することになります。早いですねぇ。

さて私は、いや正確に言えば我々は今、上級生である一号生の訓練を見学しております。


「いいか!二号生の諸君!今から行われることを来年諸君らがやるんだからな!?しっかりとその目に焼き付けるように!」


さあ私達の目の前には小銃を担いだ一号生達。その一号生の前には柱にくくりつけられ目隠しをされた方々がおられます。

そうです。銃殺刑の立ち会いを今しています。死刑囚であり罪状は様々ではあるものの死刑に値する罪を犯した人たちが並んでいます。

正直申しますと今すぐこの場から離れたいです。隣にいるフォルカーは青い顔で今にも倒れそう。いつも元気なエドガーも険しい表情で、ヤーコブも元気が無い。ベネディクトも不安な顔をしています。

大体が、いや私含めて見たくないという気持ちが露わになっております。

そんな表情をしているにも関わらず教官も一号生も何も咎めないのは、誰もが通る道なのでしょう。


「二号生共、よく見ておけ!来年は貴官らが処刑を執り行うのだからな―――構え!」


号令に従い一斉に構えられる小銃。

ああ、八百万の神様方。どうか私に死を乗り越える勇気をください。


「撃て」


その言葉になんの躊躇もなく轟音が響いた。










さて先ほど初めて射殺された死体を見た我々でしたが、まぁ~酷い有様でした。フォルカーはぶっ倒れ、エドガーと数人は口から胃の中にある物をぶちまけて、ヤーコブと数人は貧血に近い状態に陥り、ベネディクトは先程から青空を眺めています。

私?私ですか?私は私で大きなショックを受けています。


何も感じなかった。


目の前で撃ち殺される人間、そこから飛ぶ鮮やかな血、物言わぬ肉の塊となった元死刑囚達。それらを目の前で見たのに何も感じなかった。軍人としては理想的だろう。敵を殺しても何も感じないのなら躊躇なく殺せる。だか人間としてはどうだろうか?終わっている。人が死んでも何も感じない人間などただの機械だ、それこそ化け物だ。

だからこそショックだった。

自分がそんな化け物だったなんて……………神様、僕はどうしてしまったのでしょうか?









夢を見た。

別に昨日見た死体達が襲いかかってくるような夢ではない。

とても暖かい夢だった。時折、男性にも女性にも聞こえる声が何かを言っていた。

何を言っているかは分からなかった。

一つ分かったことは、その声の主は僕を見守ってくれている事だ。


その声の主は一体誰だったのか、俺、アドルフ・ヒトラーは考える。


死を乗り越える勇気を願った。

神様達にそう願った。


アドルフ・ヒトラーは考える。


その願いを叶えてくれただけでは無いのか?これから起きるであろう戦争に備えて神様達が、俺に生き残る術を与えてくれたのでは無いのか?

目の前の死から逃げないために、敵に対して引き金を引けるように、仲間を守るために………


もしそうならば、神様達に昨日のことを咎めてもしょうが無い。自ら望んだことなのだから。

自ら化け物になりたいと望み叶えてくれたのだからむしろ感謝すべきなのだ。


ああ、八百万の神様方!感謝申し上げます!臆病な私にこの辛く残酷な世界を生き抜く術を与えて下さったことを!






「アドルフ、今日はやけに気分が良さそうだな。昨日あんなことがあったのに……」

「そんなことないさ、ベネディクト。俺はただすこぶるいい夢を見ただけさ」


食堂での朝食を取りながら、隣りに座っているベネディクトと気持ちいい気分で会話をしている。

ヤーコブとエドガーは昨日、ほとんど食べれなかった夕食の分も食べる勢いで会話もせず口を動かしているが表情は暗く、フォルカーは昨日と変わらずほとんど食べていない。

そう考えるとニコニコしながら美味しそうにパンを頬張るアドルフは異常に見えるだろう。


「どんな夢なんだ?」

「具体的な中身は無いけど安心する夢だったよ」

「安心する?」

「そう、俺を見守ってくれている……その事が分かったからね」

「なんだ?親でも出てきたのか?」

「まあ、似たようなものだったよ」


ニコリと笑いながら答えたアドルフは、優雅にスープを飲んだ。








地面を滑走するように飛び続ける。

去年、一人で始めた訓練をアドルフは続けていた。

教官には苦笑いされ、空を自由に飛べる同輩達には笑われた。それでもアドルフは続けていた。

宝珠を首から掛け、背嚢を背負い、補助具を装備し、小銃を構える。

身体をスライドさせるように動きながら引き金を引く。


「………単発じゃあやっぱり当て憎いな」


彼が持っている小銃はボルトアクション式の物で連射が出来ない。ただでさえ移動しながらの射撃なのでまるで当たらない。なのでアドルフはできるだけ至近距離から射撃練習を行っていた。それでも当たらない。


「短機関銃、欲を言えば突撃銃……アサルトライフルでもあればいいんだけどな~、いっそのこと機関銃でも担ぐか?あと地面に足付けないと当たらないのを何とかしないと」


日が暮れる頃まで訓練を続け、装備や宝珠を保管庫へ戻し、部屋へ帰る。

窓際に備え付けられた机と椅子。その椅子に座り、引き出しからよく使い込まれたノートを取り出し、開く。

そして書き込んでいく。今日感じたこと、問題点、良かった点、欲しいもの、こうしなければいけないこと……

それに加えて戦闘服のデザインも考える。航空魔導師と同じ物を着ていても意味が無い。

補助具も改修する必要もあるし、宝珠も変える必要も出て来るかも知れない。


「陸上戦だから鉄兜に、背嚢、近接戦の装備にスコップ、対戦車兵器は無いから何か代わりになる物、敵をなぎ倒す持ち運びが容易な機関銃……あ、ガスマスクも欲しいな!それと敵弾を防ぐ装甲も」


ぶつぶつと呟きながらノートに書き込んでいく。

上から鉄兜、ガスマスク、背嚢を背負い、鉄の胴当て、篭手、脛当てに装備は軽機関銃に拳銃、ナイフにスコップなどなど………


「何か甲冑に見えてきた」


書いている内にそれは何となく日本の武者甲冑に見えてくるようになっていた。

若干前世の故国である日本に思いをはせながらも思い付いたことを幾つか書き進めていく。


区切りが良くなるとペンを置き立ち上がり窓を開けた。今日も月が煌々と輝いている。


「八百万の神々様、今日も平和な一日をありがとうございます。願わくば明日も平和でありますようお願い申し上げます」


そう寝る前の日課としての祈りを捧げると、アドルフはベッドに横になった。


アドルフは考える。


自分が何故、この世界に生を授かったのか?

なぜ自分だけ前世の記憶があるのか?

何の使命を帯び、何のために生きなければならないのか?


そんなことを考えながら眠りに落ちた。



アドルフは考える

だがその答えが見つかるのは、まだ先のことである。

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幼女戦記 アドルフの名を持つ男 パラオ泊地 @paraohakuti

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