第8話 冬はやっぱりさみーなー、畜生!

1917年 1月


拝啓、父上母上。

私は今、山の中に居ます。寒いですが慣れました。

お元気で

アドルフ・ヒトラーより







「あ、夢か」

「ん?どうした?」

「白昼夢見てた。何か手紙を書いた夢見てた」

「……目を開けて立ったまま寝るな」

「そうだね。気を付けるよ」


やぁ、皆さんこんにちはアドルフ・ヒトラーです。

さて私はいまどこにいるでしょうか?

そうです!真冬の山です!糞が!

大雪だは寒いは狼はいるは雪崩が起きるはと酷いことだらけですがみんな元気に生きています!

まぁ、これも訓練の一環なんですよ………


「真冬の山に放り込まれる訓練とか頭いかれてると思うんだけど」

「対ルーシー連邦の訓練だから仕方があるまい」


いや確かに、あったよ。原作でもやってたしアニメでもやってたさ。でもさあ、こんな真冬に山奥に放り込んで一週間生き残れ、ですよ?しかも演算宝珠無しで!

鬼か鬼畜か何か何ですかね!?

鬼も鬼畜も変わらないか……

ちなみに今日で4日目です。


「さーて!今日は何しようかな!」

「とりあえず飯を確保しに行くぞ。あと焚き火の燃料も探す」

「工作班の進捗具合はどうなんだ?」

「早ければ今日中には完成させます」

「なるほど、わかった。では一班は飯の確保、二班は燃料の確保、三班は周辺警戒、工作班はさっさと家を完成させる。これで良いな?」


全員無言、勿論批判ではなく肯定としての無言である。


「では作業開始!」


そういうと全員がこちらに向かって敬礼、そして各班が動き出した。

なんで俺が全体の指揮を執っているんだろうか……?








一班 


「今日も冷えるな」

「冷えてても変わらないさ。獲物を狙い撃つだけ、それで終わる」


ヤーコブは山に放り込まれてから、心が荒みもはや何の躊躇もなく引き金を引くマシーンとなったフォルカーを見た。

目はこけ瞳孔が開き、口調まで変わってしまった彼に少し同情した。


「へ、へへへッ!ウサギだろうが鹿だろうがオオカミだろうがリスだろうが何だって撃ち抜いてやるぅ……!」

「動物たちを殺さなければ我々は生きていけない。射撃の腕は一流のフォルカーが狩れねば、俺たちはこの白い地獄の中で凍え死ぬことになる。命をいただくとはこういう事だったんだな」


一人呟くヤーコブに対してフォルカーは無反応であった。

そして二人の後ろを歩く班員は同じことを思った。


いや、初日から動物たちに襲われまくったら容赦なく撃ち殺すようになるだろ!


何故かフォルカーだけが動物たちに襲われたウサギに噛まれ、鹿に蹴られオオカミに追いかけ回され、リスに噛まれる。それが一日に何度も起きるのだから、そりゃあ容赦なく撃つようになるよ、そう思っていた。










二班


事前に支給された斧やナイフで木の枝を落としていく。そして切り落とした枝を縄と枝で作った即席そり(二代目)に載せていく。


「とりあえずこれぐらいで良いか」

「足りなかったらまた来ればいいだけだしな」


ベネディクトの言葉に応えるのはエドガー。見た目は似ていないが根本的な考え方が似ているため何かと仲が良い二人である。

エドガーに嫉妬にも似た視線を送る班員も居るが、そんなことには気にも止めず、会話を続ける。


「今日の飯は何かな?鹿肉が良いな」

「ウサギも旨いからどっちかだな」

「リスは……うん無いな」

「身が少ないしあんまりうまくなかったしな」


話題に出るのは食事の話題ばかりであった。

初日は寒さと雪の多さに疲弊していた二人だったが、次の日には身体が慣れえたのか朝から雪合戦をする始末、それほど健康体の二人は、そりを仲良く引きながら歩いて拠点へと向かう。

そしてやはりエドガーを羨ましそうに見る班員がいた。







三班


「なあ」

「どうした?」

「なんでアドルフなんだろうな」

「何が?」

「何でアドルフが指揮官やってるんだろうな」


拠点の周辺警戒をしている三班、そして散開して二人になった時に長身の方がふと質問した。

長身の相方は、何か言おうとしたが、顎に手を当て考える。長身はじっと答えを待っていた。


「やりたいっていたわけじゃないからな~、そういう運命(さだめ)なんじゃないか?」

「さだめ?」

「そう、カリスマというか、そういう類の何かをあいつは持ってるんだよ。あいつの声は良く通るし力強い上に妙に耳に残るんだよな。言ってることもまともだし」

「まあ、確かにな。ベネディクトのことになると途端にダメになるが」

「それは病気だ、しかも死ななきゃ治らない不治の病だ」


そう二人は穏やかな雰囲気の中、周辺警戒の哨戒を続けた。




工作班


「そっちはどうした?」

「今削ってるんだよ!」

「誰か、ここ抑えてくれ」

「おい!このロープ短いぞ!」


威勢の良い声を出し合いながら作業を進める工作班の面々。

その中に我らがアドルフ・ヒトラーもいた。

小さな用紙に鉛筆で書かれた完成図を見ながら作業を進めている。

本職の建築士が見れば、腹を抱えながら笑い転げて、終いにはむせてしまうほど酷い小屋が現在進行形で作られている。


「ちっちゃいな……」

「仕方がないですよ、素人ばかりで作ってるんですから。指揮官がいなかったらもっとひどい出来になってましたよ」

「そうですよ!初日にテントがぶっ壊れて寝床が無くなってみんなそろってあの世逝きになるところを救ってくれたんですから!」

「これくらいやるのは当たり前ですよ!」


作業をしながらも口々にアドルフを讃える言葉を吐き出す工作班に、何とも言えない顔になった。


「俺はただかまくら作っただけだぞ。あと洞窟見つけたぐらいだし」

「その二つが無かったら、俺達死んでましたからね?」


前世で小さい頃よく作ったかまくらと、哨戒中偶然発見した洞窟のお陰で、かれらのなかでのアドルフの評価はうなぎ上りである。普段は魔力量の少なさと飛行能力の低さで馬鹿にされていた。しかし今回の訓練で危機的な状況に陥っても至って冷静で的確な指示が行える。そして隊員への気遣いも忘れず、自ら率先して行動する。そんな姿を見せられたら信頼しない人間の方が少ないだろう。


「みんながいなかったらここまで出来なかったよ。ありがとう」


そしてはっきりと感謝を述べる心の持ち主である。


「さぁ、もう少しだ!みんな頑張ろう!」

『おぅ!』

「ところで俺に出来ることはないか?」

「ここには無いですね!」

「焚き火の世話をお願いします!」

「一気に木を入れないでくださいよ!」

「お、おう。わかった」


工作班にいろいろ言われたアドルフは素直に焚き火の世話へと向かった。アドルフが去ったのを確認すると工作班の一人が口を開く。


「アドルフ、指先が不器用だからなぁ……」

「細かい上に不器用ですからね」

「正直、こういう作業はしない方がいいよな」

「そうですね、ナイフでミリ単位の調整をするような人ですから」

「そんな細かくやってたらいつまでたっても完成しないからな」


口でそんなことを言う彼らだが誰一人アドルフを馬鹿にするものはいない。


「もっと俺達を頼れば良いのになぁ」

 

その呟きは、久しぶりに現れた青い空に溶けていった。







夕暮れ前に、全ての班が帰還した。

獲物を捕りに行った一班は、鹿を三頭仕留めて帰ってきた。

二班は、焚き火の木々を大量に運んできた。三班は何事もなく哨戒を終えた。

そして工作班は、小屋を完成させた。


「指揮官、総員集まりました」

「うん、ありがとう。みんな、今日は記念すべき日だ!日頃頑張ってくれていた工作班の尽力によって寝床が遂に完成した!サイズは小さいが、この忌々しい雪と風が防げる近代的な建築物に変わりは無い!改めて工作班の諸君、本当にありがとう!」

 

アドルフの感謝の言葉と共に拍手が工作班に贈られ、彼らは照れ臭そうに笑った。


「さて、記念すべき日なので今日は、腹いっぱい食べよう!」

 

野郎達の雄叫びが響いた。

夜遅くまで男達の宴は続いた。酒は無くても話という名の肴を食べながらどんちゃん騒ぎ。ある者は喋り続け、ある者は眠りこける、そんな中でもアドルフは一人哨戒を続けていた。


「みんな楽しんでるな。ここまで笑い声が聞こえてるぞ」


一人呟きながらな白い息を吐く。

一定のリズムを刻みながら歩き続けると、少し開けた場所に出た。鬱蒼とした森と森の間に出来た小さな草原、今は雪原となっているが一人で過ごすには最適な所だ。

月が煌々と照らす中、1人立ち止まる。

そして両手を合わせて、目を瞑る。


「数多くおられる神様方、今日も一日全員が無事に過ごせました。ありがとうございます。明日も全員無事に過ごせるよう、見守りください」


彼は彼の信じる神々に願った。毎日欠かさず、静かに一人で神々に願う。









そんな彼の願いが届いたのか、アドルフ・ヒトラーが指揮する山岳訓練隊は、三日後、全員五体満足で山を下りることができた。








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