第24話


 そうちゃんと恋人同士になった次の日。

 あたしは昨日から、夢の中にいるみたいな気分がずっと続いていた。登校するために、いつもの通学路を歩いている今だって、なんだか体がふわふわしてるように感じる。昨日と同じ風景のはずなのに、なんだか違う景色に感じてしまう。

 そうちゃんがあたしに告白してくれた、あれはもしかしたら夢だったんじゃないか、そう思っては頬をつねるという行動を、あたしは何度も何度も繰り返していた。

 校舎が見えてきたところで、視界の前方にそうちゃんの後ろ姿を見つけた。

 そうちゃんだ! あいさつしよう。

 あたしはそうちゃんのそばまで駆けて行った。しかしいざ、朝のあいさつをしようと口を開こうとしたら、緊張して躊躇してしまう。

 あたしたち、恋人になったんだよね? 恋人になって初めての朝のあいさつ。それがなんだか照れくさいんだ。この感じ、そうちゃんに告白してフラれて気まずくなってしまって、話しかけるのに勇気が必要になってしまったあの時に似てる。どんな顔してどんな声音であいさつすればいいのかわからなくて戸惑ってる。でもあの時と違って、嫌じゃない。気恥ずかしいけど、なんだか気分がわくわくしてる。

 あいさつしたら、そうちゃんはどんな反応をするんだろう?

 あたしは意を決して声を発する。

「お、おはよう」

 噛んじゃった! 緊張してうまくあいさつできなかった。恥ずかしい!

「おはよう」

 そうちゃんはいつもと変わらぬ様子であいさつを返してきた。

 緊張してるのあたしだけ? なにそれ、緊張してるあたしがなんかバカみたいじゃん。

 なにを話したらいいのかわからなくて、あたしたちは無言で歩いていく。この沈黙をどうしようと思いながらそうちゃんの顔を窺う。するとそうちゃんがあたしの顔をチラ見してきて目が合った。そうちゃんはすぐに目を逸らす。そうちゃんが頭を指先でポリポリと無意味に掻きながら言う。

「なんか言えよ」

 そうちゃん照れてる!? 平静を装ってるけど、そうちゃんもやっぱり照れくさいんだ! 照れてるそうちゃん可愛い!

「なに、にやにやしながら人の顔見てんだよ?」

「べっつにぃ」

「変な奴」

 あたしたちの間に漂う空気がまた、明らかに変わっていた。

 あたしたち、本当に付き合ってるんだ。嬉しい。あたし今幸せだ。

 そうちゃんと付き合うことになったってこと、桃と尾上には昨日の内にメールで報告した。幸せすぎて、世界中の人たちにも、彼氏ができたってことを言って周りたい気分だ。……でも、男子たちから男女とかってからかわれてるあたしなんかと付き合ってるってことがバレたら、そうちゃんは恥ずかしい思いをすることになるんだろうなあ。だからやっぱり付き合ってることは隠すべきだ。

「あのさ、バレたら面倒だからさ、付き合ってることは周りには隠そうよ」

「わかった」

 隠すってことは、学校の中であからさまに恋人みたいに振舞えないってことだ。それはちょっと残念だけど、あたしたちの場合、あたしがこんなんだからしょうがないもんね。

 あたしがどんなに夢心地でふわふわな気分になろうとも、そんなことはあたし以外の周りの人たちにはなんの関係もないことだ。だから今日も教室に入ってきたあたしに気づくと、菱田が近寄ってきてからかってきた。

 そうちゃんがあたしの足が綺麗で、ポニーテールが似合ってるって言ってくれたから、あたしは今日も女っぽい格好をしてきていた。

「おいたいぼく、今日もニューハーフメイクしてきたのかよ。でもお前まだニューハーフになりきれてねえぞ。胸が膨らんでなさすぎなんだよ。ニューハーフになりたいんだったらお前の場合、豊胸手術もしないとダメだな」

「大きなお世話だよ」

「そのオカマ口調も板に付いてきたな。よっ! 未来のニューハーフタレント!」

 周囲にいた男子たち数人が笑い出す。

「やめてよ。あたしニューハーフじゃないから」

「じゃあなんなんだよ。オネエでもねえのに女みたいに化粧してきてるって言うのか? それじゃあ、ただの変態じゃねえかよ!」

 菱田たちがゲラゲラと嘲笑する。

 ここまで言われて、さすがに男みたいな口調で以前のように言い返したい気持ちが込み上げてくる。

 これからは菱田たちに対する対応をどうしよう。外見だけはそうちゃんが好きだと言ってくれた女っぽい格好にして、喋り方だけ前みたいに男っぽい口調に戻すのか。それとも女っぽい口調のままで通すのか。どうすればいいのか、あたしは決めかねていた。

「おいお前、いい加減にしろよ。嫌がってるだろ」

 そうちゃんがあたしの前に出てきて、背中であたしをかばうようにして立つ。

「なんだよ柊、お前たいぼくと仲良いけどさあ、もしかして、たいぼくのこと好きなのかよ」

 周囲の男子たちが哄笑する。


『そうちゃんって大木さんと仲良いけど、大木さんのこと好きなの?』


「好きだよ」

 男子たちが笑うのをやめてそうちゃんを見る。

 菱田はキョトンとしている。

「……へ?」

「おれたち付き合ってるんだ。人の彼女のことを、男みたいだって言うなっつってんだよ」

 教室がにわかにざわつきだす。

 周囲に視線をやる。

 みんなこっち見てるよ! 付き合ってることバレちゃったじゃん! 消え入りたいくらいに、めちゃくちゃ恥ずかしい! でも、あたしなんかと付き合ってるってことを隠そうとせずに堂々としてくれてることが、めちゃくちゃ嬉しい!

 わけがわからないという顔をした菱田がそうちゃんに問う。

「好きって、なんで?」

「可愛いから」

 即答だった。

 また胸が甘く締めつけられる感覚に満たされる。

 みんなの前でそんなこと言わないでよ恥ずかしい、と思う反面、やっぱりめちゃくちゃ嬉しかった。

「そう、なんだ」

 言った菱田の口は、ぽかんと開いたままだった。

「ちょっと、こっち来て!」

 あたしは恥ずかしさに耐えられなくなって、そうちゃんの腕を掴んで廊下まで引っ張っていった。

「隠そうってさっき言ったじゃん!」

「自分の彼女がバカにされてて黙ってられっかよ。それに、これで少しはからかってくる奴等は減っただろ」

「守ってくれたのは嬉しいけどさ、そうちゃんはあたしなんかが彼女ってみんなにバレて、恥ずかしくないの?」

「こんなに可愛い奴が彼女で、なにが恥ずかしいんだよ」

 真顔で見つめられる。またしても胸が甘く締めつけられる。

「『あたしなんか』って言うの、もうやめろ。おれもいるんだから」

「うん。……どうしよう。そうちゃんがみんなの前であんなこと言うから、恥ずかしくて教室に戻りづらいよ」

「戻るしかねえだろ」

 平然とそうちゃんは言う。

「そうちゃんは恥ずかしくないの?」

「恥ずかしいに決まってんだろ」

 そうちゃんは赤面してそっぽを向いた。

「でもまたなんか言われたらすぐに言えよ。おれが守るから。迷わず薬指のサイン出していいからな」

「昔みたいに、あたしを守ってくれるの?」

「当たり前だろ。おれはお前の彼氏なんだから。遠慮すんな」

「うん!」

 あたしはもう、強がらなくていいんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スノーフレーク 雪月風花 @yukizuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ