『銀河英雄伝説』について
平 一
『銀河英雄伝説』について
1 『銀英伝』と文明論
2018年、『銀河英雄伝説』が再アニメ化されました。その年の初めに完全アニメ化された『デビルマン』と同様に、この作品もまた、文明要素の全てを描いたスケールの大きな作品です。
私は漫画版『デビルマン』やアニメ版・小説版の『銀河英雄伝説』に刺激や影響を受けて、素人SF『 Lucifer(ルシファー) 』シリーズを書くうちに、次のような文明理論(仮説)を考えることができました。
文明とは、高度な技術を伴う社会活動の様式であり、それには六つの要素があると思います。
まず、①科学・技術、②経済・社会活動、③制度・政策。これらは、個人の活動でいえば、知る(認識)、行う(行動)、決める(決定)に対応しています。
文明活動の本体は、全ての人々が営む経済・社会活動(ここでは文化活動や行政活動も含む)ですが、科学・技術はそれを豊かにするため、制度・政策はそれを健全に保つために、分業化した活動といえましょう。
しかし、科学・技術は④物的資源に具現化されないと、社会を豊かにできませんし、制度・政策は⑤人的資源を通じて実現されないと、社会を健全に保てません。
制度・政策が次の科学・技術を開発するにあたっては、⑥自然・社会環境への考慮が必要です。
現代においては
図:https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/398818/
以上①~⑥の要素は、〝ダビデの星〟や〝
2 『銀英伝』と文明の六要素
この作品には文明の六つの要素が、全て描かれています。
① 科学・技術
……執筆年代などからAIや遺伝子工学こそ出てこないものの、数万隻の宇宙艦隊!や巨大宇宙要塞、惑星防衛システムのような宇宙工学技術。帝国と同盟の、艦艇設計思想の違いなども描かれています。
② 経済・社会活動
……単一文化国家と多文化国家。戦争と民生や、政治と民心の関係。商業自治領フェザーンと、その政治・宗教的背景。カルト犯罪や極右の台頭のように、その後の未来を予見したかのような設定もあります。
③ 制度・政策
……専制国家と民主制国家の対比、政略と戦略の関わりなど。
④ 物的資源
……戦争の都市
⑤ 人的資源
……〝英雄〟達など優秀な人材やその適材適所、専制国家の腐敗堕落や民主国家の衆愚化。
⑥ 自然・社会環境
……二つの国家を結ぶ二本の宇宙回廊や、戦術に影響する恒星・ブラックホールといった宇宙的〝地理〟。人種差別的な封建制国家と、その難民が建てた多文化的民主国家の成立に至る、未来史的背景。
こうした視野の広い、スケールの大きな作品との出会いが、文明について考える契機を与えてくれたのではないかと思います。
3 人的資源
特に、『人的資源』や『社会工学』という言葉が使えるようになったのは、この作品のおかげです。
それまで私は、これらの言葉が苦手でした。誰かが誰かを道具のように利用したり、モノのように操作したりする印象を受けたからです。
しかし、この小説には社会の民度や、人材の育成・確保と活用の大切さが、説得力をもって描かれています。
恐ろしく残酷な旧帝国は、民主政の衆愚政治化から生まれました。しかし後に新帝国では、英雄達など優秀な人材によって改革に成功しました。一方、それに対抗すべき自由惑星同盟では、帝国からの敗亡貴族・逃亡犯の受入れなどもあり、再び政治が腐敗し、敗北します。しかし、
銀河帝国には優生学的な思想がありましたが、自由惑星同盟にも『人的資源委員会』という組織がありました。残念ながら同盟は帝国に、その人材の面でも負けてしまいましたが……。
技術が自然から富を作って社会を豊かにするものだとすれば、政策は人々の間で富を分けて社会を健全に保つものといえます。しかし、技術が物的資源に具現化されないと社会を豊かにできないように、政策は人的資源を通じて実現されないと社会を健全に保てません。
どんなに良い政策があっても、みんなが聞いてくれなければそれまでですし、聞いてもどうしたらいいか分からなければ、困ってしまいます。相手が悪ければ、かえって悪用されてしまう恐れもあります。政策の基礎となる科学的事実さえ、人々の偏見によって歪められてしまうことが、歴史上はありました。そんなことに、気づかされたのです。
考えてみれば子は宝とか、地域は人材の宝庫などいった言い方もあります。個々人にとって最も大切な資産は自らの健康や学びであるという意味では、属人的な資源と解釈することもできるでしょう。誰かが誰かの資源というのではなく、社会の全ての人々にとって、あるいはお互いや自分自身にとって、全ての人々の健康や能力が資源なのだという意味でなら、『人的資源』という用語は使ってもよいと思うようになりました。
4 社会工学
この作品では、帝国や同盟の社会制度や教育番組もリアルに描かれています。それを見ると、皆が協力して社会を運営するための、組織技術や教育技術といった、人々を対象とする社会工学的な技術も必要なものだと分かります。
例えば法律も、『ああいうときはああすべきである、という形で政策(社会的意思決定)を決めておけば、効率性や公正さが高まる』という社会工学的な技術を使った、政策であるといえます。
それは、人々の協力の生産性を高める技術であり、政策の実現を助ける技術です。
技術も政策も、広い意味では社会活動の一部なので、両者がお互いを社会活動の一部とみて助け合うこともあり得ます。そこで、技術の技術の開発・利用の健全性を高める技術的政策があるように、政策の立案・実施の生産性を高める社会工学的技術があるのだと思います。
図:https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/360580/
技術が社会を豊かにし、政策が社会を健全に保つ
① 社会に直接的な影響を及ぼす、直接
……農業・工業・情報技術などの主力(中核)技術
産業政策・社会保障などの経済・社会政策
② 社会に働きかける必要条件を整備する、間接
……
教育・保健政策などの人的資源政策
③ 自らの生産性・健全性を高める、自助
……研究・開発技術
行政管理政策
④ 技術と政策が助け合う、互助
……政策の生産性を高め、その立案・実現を助ける社会工学的技術
(組織・会計技術、教育技術、
技術の健全性を保ち、その開発・普及を助ける技術的政策
(研究・開発政策、
社会工学的技術は、④の互助
もちろん、技術は
しかし本来、社会工学的な技術とは、他人を都合よく動かす技術ではなく、人々の協力を助ける技術であり、三権分立や監査組織のように、権限の
ただ、そうした技術を使い、使われる人々の資質が衰えてしまったのでは、技術が悪用・誤用されたり、副作用が増えたりします。そもそも社会を健全に保とうとする制度・政策自体の正しさもおぼつかなくなってしまうかもしれません。
そこで、自分が自分を律するように、より多くの人々が自らを向上させながら、様々な社会的活動に
5 専制主義と民主主義
この作品では、専制主義の帝国と、民主主義の同盟の戦いが描かれていますが、果たしてどちらが〝正しかった〟のでしょうか? そんな疑問も、『人的資源』や『社会工学』 について考えるきっかけを与えてくれました。
私見では、文明が発達するほど、あるいは発展を続けるためにも、制度・政策は民主化していくしかないと考えます。これは恐ろしいことに理想や主義の問題でなく、技術的な理由だけでも、そうなってしまうのではないかと思います。
科学・技術が発達するほど、経済・社会活動は拡大し、複雑化・加速化していきます。また、人々の生活水準は向上する一方、労働は省力化されて、どうすべきか考える以外の仕事はなくなっていきます。ゆえに、より多くの人々が制度・政策の立案・実施や点検・改善に関わることができるし、またそうしてゆかねば遊民だけが増え、様々な問題を上手く解決して、社会を健全に保ち続けることができないだろうと思います。
そのため長期的に見れば、文明が発展するほど、人的資源を向上させたうえで、制度・政策の高度化や、大規模化と分権化は進んでゆくはずです。現在まで主権国家の発展や国際化が進む一方、政治的民主化や経済的自由化、三権分立や地方自治などが進展してきたのも、それゆえでしょう。
図:https://mitemin.net/imagemanage/top/icode/384265/
ただし、その道のりは平坦なものではありませんでした。例えばかつて米国は国際連盟を提唱しましたが、議会の反対で自らは加入できず、また先進的なワイマール憲法体制からは、ヒトラーが生まれてしまいました。その後の発展が実現するには、第二次世界大戦の惨禍を経なければならなかったのです。『銀河英雄伝説』でも、旧帝国の圧政と堕落の末にラインハルトの治世が訪れたのであり、同盟の腐敗と失政を経なければユリアンの功績は輝きませんでした。
この名作を読んで私は、そうした
そう、この分権化の潮流には『文明が発展する限り』という条件がついています。恐ろしいことですが、歴史が示してきたように、文明は衰退することもあるのです。
個人の発達と同様に、文明の発展にも適度な自然・社会環境上の負荷と恩恵が必要なのではないかと考えます。例えば星間国家における惑星間の距離は、自然環境的な負荷といえます。この作品にも〝距離の暴虐〟という歴史的な用語が出てきます。実際上の統治が行き渡らぬがゆえに、政策的な統制を強めねばならないこともありましょう。他方、治安の悪化や他国との戦争は社会環境的な負荷といえます。
もっとも自然環境と社会環境の負荷には、相互作用の関係もあります。そのことは英国や米国のように、その時代の技術水準からみて適度な規模の
教育・健康水準の低下や向上不足は社会環境的要因といえますが、今では技術的に克服すべき〝内なる自然〟環境上の要因といえるかもしれません。私は少子超高齢化の危機も、それを適度な負荷として克服できる技術を開発・活用できれば、むしろ新たな文明発展の機会にできるのではないかと期待しています。
そして、そのような文明の発展を前提とする限り、制度・政策の高度化や、巨大化・分権化の同時進行は必然の潮流であろうと思います。
6 犠牲なき発展のために
『銀河英雄伝説』は、人々が文明発展に応じた人的資源の向上と、社会工学的技術を含む技術の善用、政策自体を含む経済・社会活動の健全性保持に失敗した世界の物語だと思います。もっとも、何の問題もない世界を描いても、物語にはなりにくい気もしますが……。
しかし現実の世界では、そういうことがあっては困るので、どうしたら良いかも考えてみました。例えば人間には学習能力もあるので、そうした現象についての知識が普及すれば、少しずつでも犠牲を減らしていくことができるのではないでしょうか。条件が同様なら、戦争でも革命でも回を重ねるごとに、非人道的兵器の使用が抑えられたり、流血が減ったりしていく傾向があるようです。
知識の普及と言えば個人的な経験からの学習だけでなく、もちろん学校や社会における教育も重要です。加えて、まさにこの『銀河英雄伝説』のような文化的作品も、そのような役割を果たしているのではないかと思います。
さらに現在では、人道的な手段で人的資質を維持・向上させられる、新しい技術も現れつつあります。それは、AI(人工知能)を中心として、従来型の文明の産物を、体内環境を含む自然環境や社会環境と親和化させることで文明の持続可能性を高める、〝環境親和技術〟と呼びうる技術です。そこには新素材・新エネルギーや知能ロボット、
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また、政策の重心にも変化がみられるようです。農業~工業技術の時代には、富の生産や確保に関わる灌漑や軍事など、技術的政策が中心でした。工業~情報技術の時代には、富の再投資や再分配に関わる産業政策や社会保障など、経済・社会政策の割合が増えました。そして情報~人工知能時代の現代には、先進国の少子高齢化や途上国の人口問題を背景として、富を作って分ける人間自身の向上に関わる保健や教育など、人的資源政策が重要になりつつあるようです。
それは戦争や災害、疫病などの淘汰による犠牲や
ただし、いかなる政策を実現するにも、人々自身の能力としての『人的資源』や人々が協力し合って動くための『社会工学』は必要です。
人的資源を育成・確保する政策とそのための人材、技術を活用する政策とそれを助ける社会工学的技術……。何だかニワトリとタマゴのようですね。でも文明の各要素には、そうした相互作用の関係もあるということも、この作品は考えさせてくれました。
『文明』という、大きく総合的な視点から物事を見るということの面白さ、大事さを教えてくれた『銀河英雄伝説』。今度も素晴らしい映像化作品ができることを、期待します。
『銀河英雄伝説』について 平 一 @tairahajime
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