Chapter2「我に調教師の加護を」

 ツバキが学校に向かう途中……奏の後ろ姿が見える。今日はフードをかぶっていないようで、頭の上でうさみみヘッドホンが揺れている。……折れてしまったりしないのだろうか。

「おはよー、奏ちゃん」

「ああ、ツバキ。おはよう」

 昨日より機嫌が良さそうだ……UMA騒ぎを解決したことが原因だろう。

「あ、そうだ……ツバキ。あとで隊長が相談したいことがあるって言ってた」

「隊長さんって……ああ、ムクロさん」

 ツバキはメガネの隊長を思い出す。

「隊長は別の高校に通ってるから、放課後また声かけるね。……それじゃ、勉強頑張って」

「……奏ちゃんも同じ学校だよね?」

「私は寝るから問題ない」

 奏は既にあくびをしている。なんでこんなに眠そうなのか……

「そういえば、奏ちゃんってなんだかっていう部隊なんだよね?」

「ディープスレイヤーね……対UMAとして組織された特殊部隊だよ」

「ということはメンバーがほかにもいるってこと?」

 奏は頷く。

「私が所属している部隊は4人。私と隊長、あと二人……東京から1年の出張できたんだけど、ほかの二人は転校の手続きやら引越しの手続きが間に合わなくてね。とりあえず私と隊長だけが先にこっちに来たってわけ」

「へぇ……日本全国にいるの?」

「小部隊は日本各地に配置されてるけど、民間企業もUMA退治を生業としてるところもあるから基本的に首都防衛が私たちの任務。……私たちの部隊は出来て日が浅いとは言え、出張なんて滅多にあることじゃないのに」

「じゃあこの街にもディープスレイヤーの部隊があるの?」

 奏は首を横に振った。

「このあたりは基本的にI県の管轄だからこの街にはいない。UMAの被害なんてそうそう起こるものでもないし、いなくても問題ないことのほうが多いからね。そもそも、誰かいたら私たちが出張する必要もないし」

「あ、そっか……」

「……一般人はそんなの気にしなくていいよ……それとも何?部隊入り希望?」

 ツバキはオーバーリアクションで否定した。

「ま、どっちみち……能力もない人が部隊入りするのは厳しいけどね。配属しだいではあるけど」

 奏は手をひらひらと振った。……学校が見えてきたようだ。


昼休み……

 ヒヅキがお昼ご飯に誘ってきた。

「ツバキ、お昼食べよ」

「うん、いいよ」

 中庭には今日も生徒が溢れ返らんばかりに集まっている。

「今日はハンバーグを作ってみたんだけど……」

 ツバキはハートマークのついた楕円形のお弁当箱を空ける。豪勢とは言えないが、彩り鮮やかなラインナップだ。

「美味しいけどこのハンバーグ、玉ねぎが荒いしひき肉もパサパサ。強火で焼きすぎて肉汁なくなってるしー」

「何勝手に食べてるの!?」

 ツバキが慌てて弁当箱を取り上げる。

「残念ながらまだまだだね。精進しなさい」

「……図々しいにも程があるよ」

 ふたりの後ろから足音が近づいてくる。その正体は奏だ。

「お二人さん暇?」

「暇の定義を教えて欲しいな」

 奏はコンビニの袋を下げている。中身は一般的な幕の内弁当のようだ。

「たまにはお昼を一緒に食べようかと思ってね。いれて」

「うん、私はいいよ。……ヒズキ次第だけど」

「ここで断ったら私どんだけ性格悪いのって話よね」

 奏がツバキの横にストっと座る。

「いただきまーす」

「ねえねえ、奏って料理できるの?」

「出来る。やらないけど。掃除とかめんどくさいし」

 奏はヒズキの方をちらっと見て、再び食事に戻る。

「……ねえ、もうちょっと会話しようとか、そんな気はないの?」

「自分のことを話すのは苦手だから。えっと、ヒズキだっけ?そっちが話してよ。ちゃんと聞いてるから」

 ヒズキは話を振られて困惑したように唸った。

「え、私!?えっと……何を話せばいいと思う?ツバキ」

「汀市の名所とか?」

「名所……たいしたことない田舎町だもん、名所も何もないよ……隣の櫻市に行けばいろいろあるだろうけどさぁ……右佐見地区は観光に向いてないんだよぉ」

 右佐見地区へのアクセスは電車か町外れにある道路のみだ。周りは山に囲まれており、駅も右佐見地区を突き抜けるようにひとつ、駅がこの地区を二分している。道路をずっとまっすぐ行けば隣町の空港からさらに外の世界へと行けるだろう。総人口20万人ちょっとのこの地域は、田舎特有の劣等感と、内輪もめで溢れている。

「そういえばムクロさんって、どこの高校なの?」

「た……ムクロ?確か三紫暮(みしぐれ)高校だったかな。汀市の」

「三紫暮!?超進学校の!?」

「……誰よ、ムクロさん」

 ヒズキは話に入れないことに嫉妬しているようだ。

「私の先輩に当たる人。三紫暮高校ってどんなとこ?めんどそうだってことしか知らないんだけど」

「汀市で一番偏差値が高いとこだよ。いい大学を目指すなら大抵は三紫暮に入るんじゃないかな?」

 ツバキはオープンキャンパスで行った綺麗な校舎を思い出した。

「あー、そういうの、私嫌い」

 奏は嫌そうな顔をしている……

「奏って結構、こっち系?」

「……こっち系って、何?」

「……頭悪いとか、そんな感じ」

 ヒズキが頭を指していう。奏は物言いたげな視線をこれでもかというほどヒズキに浴びせた。

「一応、ちゃんと勉強はしてるけど?少なくとも補習は受けない程度にはね」

 奏は食べ終えた弁当を片付ける。……意外と早食いだ。

「ごちそうさま。……ガム食べる?」

「食べる食べる。いただきまーす」

 ヒズキは奏が差し出したガムを受け取ろうとするが……

「痛っ!?」

 ガムを掴んだ瞬間にヒズキが飛び跳ねる。

「え、え、何?」

「引っかかった引っかかった。はい」

 奏はガムの空き箱をヒズキによく見えるように向けた。……よく見るとガムではなく、ガムの包装を模したジョークおもちゃだ。ガムを掴むと微弱な電流が流れる仕組みになっている。

「くっ……こんな卑劣な手に引っかかってしまうとは……」

「本物はこっち。はいどうぞ」

 奏はもう片方の手で隠し持っていたガムを差し出す。

「奏ちゃん……いたずらは良くないよ」

「全くだよ!もうっ!」

 怒りながらもヒズキはガムを1枚受け取る。ミントの板ガムは、コンビニなどでよく見かけるメーカーだ。

「……いたずら、じゃあないけどね」

 奏はツバキにこっそり耳打ちする。

「(UMAがこれを掴むと強烈な電気が流れてその正体を現さざるを得ない仕組みになってる)」

「え、そうなの?」

 奏はにやりと笑って、おもちゃをポケットにしまう。

「そーいえば奏ってどこに住んでるの?」

「この高校の近くに部屋借りた。ワンルームだけどね」

 いい機会だとツバキも奏に質問を投げかける。

「奏ちゃんのご両親ってどんな人なの?」

「父親はカメラマンで母親はファッションコーディネーター兼ファッションモデル。まあまあ有名だよ。今は東京で仕事してる」

「じゃあ一人でこっちに来たの?……なんで?」

 ヒズキの質問に答えを探すように目を泳がせる。

「なんでと言われてもなぁ……命狙われてもいいなら言うけど」

「……何と戦ってるの、君は」

「世の中には知らないほうがいいこともある。知らないほうがいいということを知らないほうがいいことでさえある。これ以上聞かないで」

 奏は目をそらした。ホールの時計を見ると、もうそろそろいい時間だ。三人はほかの生徒達同様教室へと戻った。


放課後……

「もしもし?奏だけど、大丈夫?」

 汀商店街にあったフードコート内……奏はムクロに電話をかけている。

「なるべく急いで。……悪いんだけど、ちょっと待っててくれない?隊長がしばらくかかるって」

 奏とツバキは商店街内にあった惣菜屋でいくつかコロッケを買っている。中でも目を引くのは軽く10cmはあるだろうウルトラキングポテトコロッケだろう。

「前の学校ではムクロさんと同じ学校だったの?」

「いや、ムクロはもともと進学校。私は別にそういうの興味ないから……まあ適当に?」

「適当って……進路とか考えてないの?」

 奏はあくびを噛み殺していった。

「別にやりたいこともないし……しばらくはこのまま、この仕事続けるかな」

「特殊組織って一応、仕事扱いなんだ」

「歩合だけどねぇ。倒せば倒すほど給料上がるし」

 奏は楽しそうだ。

「適当にUMAを狩ってれば月15万くらいは硬いね」

「でもその分危険というか……怪我とかするんじゃないの?」

「大丈夫。万が一の時はこれもある」

 奏が取り出したのは小さな笛だ。

「精神簡易結界。商品名はニゲレール。1回使ったら壊れるけど」

 その後もしばらく雑談していると、人影が見えた。ツバキが目を凝らして遠くを見ると。名門校の制服を着たムクロが息を切らせて走ってくるのが見える。

「ぜえ……すまない……はぁ……遅れた……」

「……少し落ち着いてからでいいですよ」

 ムクロは奏の隣に座る。

「やあツバキ君……早速だが、頼みがあるんだ。きみの友だちに……このあたりの土地に詳しい人間はいないかい?」

「土地……ですか?」

 ムクロはああ、と頷く。

「内緒にしておいて欲しいんだが……スコーピオ隊の事務所に出来そうな場所を探している。活動内容は主に仕事に使う武器の保管や情報の受け取りになるだろう」

「東京にいた時は本部から場所を支給されてたんだけどね。マンションの一室とかでもいいからいい物件ないかな。……少しならお金も出せるから」

「といっても……そんなには払えない。本部から毎月3万円……一年で36万円しかもらえなかった」

 ムクロの顔は暗い。

「できれば安くていい物件を見つけられる……そんな都合のいい友達はいないか?」

「都合のいいときましたか……うーん」

 ツバキは考え込む。

「……ちょっと連絡してもいいですか?頼りになるかは……微妙ですけど」

「本当か!」

 ツバキは携帯の電話帳から、一人の名前を選ぶ。

「……出るかな?」

 コール音が鳴り響く……

「……はいもしもし!どしたのツバキ」

 電話口から聴き慣れた声が聞こえてきた。友人のヒズキだ。

「あ、ヒズキ?ちょっと頼みがあるんだけど……今大丈夫?」

「今?うん、大丈夫だけど……珍しーね、ツバキが頼みごとだなんて」

「私ってか、奏ちゃんがなんだけど。……とりあえず電話変わるね」

 ツバキはムクロに電話を渡す。

「初めまして。奏の友人のムクロと申します。ツバキさんからあなたがこのあたりの物件に詳しいと聞いたのですが……」

 ムクロは電話の前でペコペコとリアクションをしている。

「ありがとうございます。場所は……汀商店街のフードエリアです。ではお待ちしております」

 ムクロはお辞儀をしながら電話を切った。

「いまからここに来てくれるそうだ。……すまないな、ツバキ君。君も忙しいだろうに」

「いえ、助けていただいたお礼も出来てませんし……お役に立てたなら何よりです」

「お礼だなんて……UMAに困ってる人を見捨てるわけには行かないからな」

「いえ、本当に感謝してるんです。ありがとうございました」

 ツバキは改めてお辞儀をする。

「ありがとうございました。ムクロさん、奏ちゃん」

「……そう思うなら、もう巻き込まれないで欲しいね、ツバキ」

「うっ……気をつけます」

「こらこら、無理を言うんじゃない。……気をつけてなんとかなるなら俺たちの役目がなくなるだろう」

 待つこと15分後。スクーターを乗りこなし、私服のヒズキが現れた。

「ども。初めまして。ツバキの友達のヒズキです」

「よろしくお願いします。ムクロです」

「いい物件探してるんだって?詳しく聞かせてもらっていい?」

 ヒズキは分厚いバインダーを持っている。

「古くてもいいから、音漏れがあまりないところで……3万円ぐらいの物件を。場所は駅から遠くても10分程度がいいんですが……まあ場所にはこだわりません」

「なかなか厳しいなぁ……3万円かぁ。ここらへんの物件だと平均が5万円だからねぇ」

 ヒズキは唸りながらバインダーをめくっている。

「ヒズキ、不動産屋で土地転がしてるならそういうの詳しいんじゃない?」

「……別に悪いことはなんもしてないからね?土地転がしなんて人聞きの悪い」

 ヒズキはため息を付く。

「駅から30分ぐらい離れたとこならまあ、なくもないけど……もう少し頑張ってみるか」

「無茶言ってすまない」

 ヒズキは熱心に携帯をいじっている。

「……そういえばあそこがあったかぁ……」

「心当たりがあるのか?」

「まあ、ありますけど……業者入れないと、あそこは入れませんよ」

 ヒズキが立ち上がり言った。

「……一応見てみます?建物自体はいいところですよ。問題は山積みですけどねぇ」

「今は藁でもつかむ思いだ。頼む」

「んじゃ、ツバキ。先に行っててくれる?ほら、私鍵取りに行かないといけないから。場所はこれね」

 ヒズキは住所と詳細な地図を渡される。ここなら……問題なくいけそうだ。

「うん、わかった。それじゃ……ムクロさん、奏ちゃん。行きましょうか」

 大通りを渡り、曲がりくねった道を道なりに進んで、いくつかの信号を渡り、いくつかの十字路を曲がる。そうしてたどり着いた先に、5階建てくらいの立派なマンションが姿を現した。素人目で見て築5年ほどだろうか。

「……見た目は良さそうだな」

 ムクロは品定めするように建物を眺めている。

「業者とかなんとか言ってたけど……内装に問題ありって感じ?」

 奏が辺りを眺めていると、後ろからスクーターの音が聞こえてくる。

「おまたせー」 

 ヒズキはスクーターを止めると、ポケットから鍵の束を取り出した。

「それじゃ鍵開けるけど……気をつけてね?」

「気をつける?」

 一階の105号室の鍵を空ける。

「はいどうぞ。足元気をつけてね」

 ヒズキが扉を空けると、そこには蠢く何かが這いずり回っていた。

「うわっ!?」

 ムクロが慌てて飛び退く。

「これは……UMAの結界か!?」

 部屋のなかは黒い柱がそびえ立ち、まるでダンジョンのように入り組んでいる。

「もしかしてこのマンション……」

「うん、UMAに住みつかれちゃって……ご覧のとおり、人を入れれなくなっちゃったの。ドアもここ以外はあかないし……だからUMA退治の業者を呼ぼうかと思ってたんだけど、ああいうのってお金かかるんだよねぇ」

 奏はしゃがみこんで、床をじっと見つめている。

「業者をそっちで手配してくれるか、中のUMAを倒してくれるなら大家に掛け合って安く手配できると思うけど……」

「なるほど……この程度の建物なら俺たちでも片付けられるだろう」

「え、マジで倒しに行くの?……危ないよ?」

 ムクロは拳銃を取り出していう。

「問題ない。UMA退治はなれているから」

「ああ、実家がそっち系でした?なら任せちゃおうかな」

「……じゃ、お仕事しますか」

 奏が担いでいた荷物を下ろす。

「ツバキ、ムクロさんってどんな知り合い?」

「私がUMAに襲われてた時に助けてもらったんだ。昨日の話だけど」

「へぇ。……奏も?失礼かもだけど、何者っすか?」

 ヒズキがムクロを睨みつける。

「いや、詐欺師とかではないぞ。……俺はこういうものだ」

 ムクロがポケットから名刺を取り出した。

「政府直属組織ディープスレイヤーのUMA退治部門に努めている」

「ふーん……聞いたことないけど……まあ悪い人にはみえないからいいか」

 怪しみながらもヒズキは納得したようだ。

「ちゃっちゃと片付けてしまおう。奏、準備はいいか?」

「OKOKこっちは問題なし」

 奏は両刃の鎌を肩に担いで言った。

「それじゃ、行ってくる。ツバキとヒズキはここで待ってて」

「うん、気をつけてね」

 奏がドアの前に立ち、ドアノブに手をかけた。

「攻略スタート」

「ん?奏……なにか聞こえないか?」

 奏がドアに耳を付ける……

「……!離れろ!」

 奏がドアの前から飛び退く。その時、黒い糸のようなものがドアを吹き飛ばし襲ってきた。奏は鎌を振り抜き、黒い糸を切り裂く。はらはらと黒い糸が地面に落ちた。

「……これは髪の毛か?……人間のものとは思えないな。……しかし気持ちわるいくらいの量だな」

「これ髪の毛だったんだ」

 奏は襲ってくる髪の毛を適当にあしらっている。ムクロも襲ってくる髪を的確に打ち抜きながら徐々に下がっていく。髪の毛の勢いは強く、なかなかドアに近づくことができない。

 しばらくは防いでいた二人だが、突如髪の毛のひと束がふたりの間を抜け、ツバキの腕に絡みつく。

「えっ……ちょ」

「しまった!奏!!」

「ごめん無理……こっちも割と必死。髪の毛なんだからなんとか自分で切れない?」

「切るって言われても……ヒズキー!!」

 ツバキは腕を振り回してなんとか髪の毛から逃れようとしているが、むしろ髪の毛が絡まっているように見える。 奏は鎌を起用に操り、少しでもツバキに近づこうとしているが、そのかいも虚しくツバキはどんどんドアへと引きずり込まれていく。

「ツバキ君ッ!!」

「た、助けてぇー!!」

 強い力でツバキがマンションの中へと連れて行かれてしまった。それを合図にしたかのように二人と戦っていた髪の毛が一斉に部屋の中へと引いていく。慌ててムクロが部屋を覗き込むがツバキの姿は見当たらない。

「……やっぱりあの子、おいしいのかな」

 奏がぼそっとつぶやいた。

「た、大変だ……連れて行かれてしまった」

「ヒズキ、大丈夫?」

 奏がヒズキに声をかける。ヒズキは顔面蒼白になってか細い声でつぶやいた。

「私は大丈夫……それよりもツバキが……」

「んー……目的はわかんないけど少なくともしばらくは大丈夫じゃない?……でも時間はないね。さっさと助けに行くとしますか」

 奏はあたりを見回し、危険がないことを確認してから足を踏み出す。

「目標はここを支配しているUMAの撃破とツバキの救出」

「わかっている。本気で行くぞ……!」 

 二人はゆっくりとマンションの中へと入っていった。


~御髪の住処~

「気持ち悪」

 奏は吐き捨てるようにそういった。足元では黒い髪が生きているように蠢いている。中には足に絡み付いてくるものもあるが、1本2本の髪の毛ならプツプツと千切れるので特に問題はない。

「歩きづらいな……」

 ムクロは下ばかりみている。

「奏、UMAの気配は?」

「あちこちありすぎて探知不可能。今にでも襲ってきそうな感じではあるけどね」

 奏は当たりを見渡している。

「そうか……やはり気をつけて行かねばならないな」

「そうだね……早速来たみたいだよ?」

 奏が鎌を構えて前に出る。ムクロも慌てて拳銃を奏のいる方向へと向けた。

「敵2体。さっさと片付けて先に進むとしようか」

「もちろんだ、行くぞ奏!」

 柱の影から、一本角の生えた子鬼が飛び出してくる。

「あれは天邪鬼……強いUMAではないな、行くぞ!」

 奏が鎌を天邪鬼に向ける。

「にゃる、力を貸して……生命魔法!」

 奏の掛け声で鎌に電気が走る。

「使いすぎるなよ。わかっているとは思うが……」

「体力が削られるからでしょ?わかってるよ、それぐらい」

 奏は鎌をもって走り出した。

「電雷魔法ラズマ!」

 生命魔法系統<電気>の魔法だ。鎌に走った電撃ごと、天邪鬼を切り裂く。天邪鬼は後ろに吹っ飛んで、柱に衝突し消滅した。

「奏!さがれ!」

 もう一匹の天邪鬼が奏に突っ込んでくる。

「ビギィ!」

「グッ……」

 奏は後ろに飛び退くが、足元が不安定なせいか上手く避けきることができない。飛びついてきた天邪鬼の爪が奏を切り裂く。傷は深くはないが、腕から血が滴った。

「大丈夫か?」

「これくらいならね」

 怪我した所をぺろりと舐め、奏は鎌を構え直した。

「奏、足止めを頼む」

「任せて」

 奏は鎌の柄で天邪鬼を受け止め弾き返す。その後ろでムクロが冷静に狙いを定めている。

「伏せろ!」

 ムクロの掛け声で奏は体を伏せ、射線を開ける。その一瞬乾いた銃声があたりに響き渡る。狙いは的確、殺すために生まれた弾丸が天邪鬼をきっちり打ち抜いた。天邪鬼は空中で霧散して消える。

「まあ、楽勝な相手だったな」

「多少負傷したけどね。ま、大したことでもないでしょ」

 血はもう止まりかかっている。

「しかしこの迷宮……どんだけ広いんだか。見た目通りではないことを祈るよ」

 奏は慎重に歩いている。ムクロも拳銃を構えたまま、警戒をとかずに散策している。しばらくして上り階段がみえてきた。

「あ、階段見えた。一階一階はそこまで広くないみたいだね。この調子ならすぐに最上階まで行けるか」

 2階に登ると髪の毛の量がさっきより増えている。

「UMAの気配も強くなってるよ、警戒しよ隊長」

「……奏、奥になにかの気配がある」

 奏が鎌を振りかぶる。

「奥義、一瞬寸劇」

 奏は地面を強く蹴ると、柱ごと鎌を振り抜く。柱の裏に隠れていたUMAが切り裂かれて消える。

「一体倒したか!他には……まだ二体いるぞ!」

「あれは、ゴブリンかな?……日本では珍しいね」

「天邪鬼といい、ゴブリンといい……鬼系UMAが多い気がするんだが?」

 確かにゴブリンも日本では子鬼と呼ばれるUMAだ。

「奥義」

 奏が鎌の柄を遠く持ち、大ぶりの構えを取る。

「三振撃!」

 まとめて二体をなぎ払う超大ぶりの攻撃だ。素早く放たれた3回の斬り払いをまともに受けたゴブリンはただではいられない。

「奥義ってか、普通の攻撃だよなそれ……」

「雰囲気出しは必要に決まってるでしょ」

 霧に消える敵を見つめながら奏は息を吐く。奥はまだ深そうだ……


「うう……」

 ツバキは体にまとわりつく髪の毛を必死に振りほどこうとして居る。

「は、早く……逃げないと!」

「無駄無駄。私から逃げられるわけないじゃないの」

 ツバキははっと顔をあげる。赤い着物の女の子がツバキの前に立っていた。いや……髪の毛が意思を持つように逆だっている!人間ではない!

「私は髪鬼……人間がUMAに逆らおうなんて、無謀だとは思わないの?」

「……思わない!」

「あら、威勢のいいこと。餌にしては上出来よ、あなた」

 髪鬼は袖で口元を隠し、けらけらと笑っている。

「私をさらって……どうしようというの」

「食べるのよ。当たり前じゃない」

「……UMAってのはこんなのばっかりか」

 ツバキは目をそらすように顔を下に向ける。頑張ってはいるが、髪の毛が体にまとわりつき、逃げ出すことは愚かろくに動くこともできない。なぜか少しづつ体がだるくなってきたような気もする。

「奏ちゃん……助けて!」

 その声は闇へと吸い込まれていった……


「今3階かぁ……結構長いね」

 奏が颯爽と歩いているその後ろ。

「げ、元気だな……俺はもう膝が笑ってるよ……」

「隊長、運動不足だよそれ」

「……最近勉強ばっかりだったからなぁ。明日は筋肉痛かもしれない」

 ムクロはやっとの思いで階段を登っている。柱にまとわりつく髪の毛もだんだん増えてきているようだ。

「……この階、特にUMAの気配が強い。しかもこの部屋、一種の吹き抜けみたいに……特に広くなってる。ほら、上を見て。天井がかなり高い」

「じゃあ、この階にいる可能性大ってことか?」

「ゲームで言えばボス部屋だね」

 奏は鎌を構えた。

「さっさと出てくれば?邪魔してあげるからさ」

 奏の挑発に対し、天井から大量の髪の束が降り注ぐ。その中でも玉になった髪の毛が天井からゆっくりと降りてくる。中心には赤い着物の髪鬼と、厳重に縛られたツバキがいた。

「邪魔邪魔……いまからご飯食べようと思ってたのに!」

「ツバキ君、大丈夫か!」

 ツバキは衰弱しており、返事もろくにできないようだ。

「あの髪の毛……ツバキの力を吸い取ってる。ムクロ、私の援護お願い」

「わかった。さっさと助けなければ……!」

 ムクロは拳銃を髪鬼へと向ける。

「能力<ヒステリック・ハンター>!!」

 銃を乱射するムクロ。しかしその弾は1発も溢れず本体を直撃する。

「その能力は完全追尾……一度狙った獲物は外さない!!」

「ナイス、隊長」

 奏が天井から下がっている髪の毛を切ると、ツバキの体がグラッと揺れ、まとわりついていた髪の毛がちぎれていく。主となっていた髪の毛を切ったことにより、支えが消えたようだ。

「き、キサマら……」

 餌を取られた髪鬼が怒り狂っている。ムクロは切れた髪を支えに落ちてくるツバキをなんとか受け止める。

「大丈夫か?」

「……ありがとう、ございます」

「動かないほうがいい。君はあいつに体力を吸われていたんだ」

 頭痛のする頭を抑えてツバキがなんとか立ち上がる。体は弱っているが、幸い死にはしなさそうだ。

「このやろおおおおおおお!!!」

「奏!気をつけろ!!」

 大量の髪の毛が奏に襲いかかる。

「うっ!」

 咄嗟に鎌を振りかぶるも間に合わず、奏は壁に叩きつけられた。

「奏!」

「隊長さんも危ない!」

 髪の毛はムクロにも襲いかかる。

「ち、近づけない……」

「……うう」

 奏は鎌を杖のようにして、なんとか立ち上がる。

「ツバキ……逃げて」

「逃すわけないでしょうがああああ!」

 ツバキに再び髪の毛の束が襲いかかる。ツバキはふらつく足でなんとか髪の毛を避けた。

「逃げてって、どこに?」

 周りには逃げる場所なんて、どこにもない。唯一の出入り口も現在は髪が張り付いて通れそうにない。

「笛……受け取って」

 奏がツバキに笛を投げ渡す。その笛は少し前、商店街で見たものと同じ……簡易結界を発生させて敵から逃げることのできるアイテムだ。ツバキは笛を受け取ると、思いっきり吹き鳴らす。あたりにホイッスルの音が響き渡る……が、この場所からは離脱できない!

「UMAの力が強すぎる……結界が役に立たないほどに」

「う、嘘……」

 ツバキの持っている笛にヒビが入り、砕け散ってしまった。

「ニャルラトホテ……ぐっ」

 奏の声にも力がない。

「スピリットを呼び出す力もない……ツバキ、ごめん」

「そ、そんな」

 ムクロはかなり遠くで髪の毛を避けつつスキを狙っている。直ぐに駆けつけることはできないだろう。つまり、打つ手なし、ゲームオーバーだ。

「……どうしよ」

 その時、である。ツバキの脳内に、ラクネからもらった櫛が浮かんだ。ポケットから櫛を取り出すと、不思議なことに淡く青色に輝いている。これは……

 ツバキは手の上で浮かんでいる櫛を不思議そうに見つめている。

「ツバキ?それって……」

 奏もその不思議な光景を見守っている。

「……来て、ラクネ!!」

 髪の毛が襲いかかる前に、ツバキははじかれるように櫛を掴み取った。ツバキの足元に赤い魔法陣が展開する。赤い光がまぶしいほどにツバキを包み込んだ。

「おねがい……!!」

 魔法陣が一層赤く輝き、見覚えのある影が浮かび上がってくる。

「これは、能力か……?」

 ムクロも唖然としてツバキを見守っている。髪鬼の攻撃がツバキを襲ったが、魔法陣にはじかれて燃え尽きた。赤い輝きが収まると、白い蜘蛛がツバキをかばうように立っていた。

「久しぶり、ツバキ」

「ラクネ……なんでここに」

「なんでって、あんたが呼んだんじゃないの?」

 ラクネは呆れたように首をすくめた。

「あんた、自分が何をしたのかもわかってないのね。全く……本当変な奴」

「え、いいの?」

 ラクネはこの前会った時とは違う、柔らかな笑みを浮かべている。

「命令しなさい、ツバキ」

 ツバキは心の中で聞こえた言葉を

「能力…<サディスティック・サーカス>!!」

 髪鬼を指差して叫んだ。

「快進撃!」

 かつては敵対したラクネだが、今は心が通じ合っている気さえする。

「UMAを使役する能力か……奏、大丈夫か?」

 ムクロが髪の毛をかわして奏を抱き起こし、懐から一本の瓶を取り出すと奏に飲ませた。

「……ふぅ、助かった」

「そこに座ってろ。……ここは、ツバキ君に任せてみよう」

「こんな土壇場で能力が目覚めるなんて、ほんと運のいい……これさえも能力だったりするのかな……」

 ツバキは真っ直ぐに敵を見据えている。先程までのおどおどしたツバキではない。真剣な目をした、一人の戦士だ。

「ラクネ、糸であいつの動きを止めて!」

「わかったわ!」

 ラクネが白い糸を吐き出す。ベタつく白い糸が髪の毛の動きを封じた。

「生命魔法……ケノ!」

 ラクネが蜘蛛の足をあげる。二本の足に炎が宿った。

「ひっ……火はダメっ!」

 髪鬼が明らかにおびえている!

「もう遅いわ。燃え尽きろッ!!」

 ラクネは火のついた足を地面に突き刺した。地響きが起きて、火柱が噴き出す!髪が次々と燃え、髪鬼をも包み込んだ。

「ぎゃああああああ!」

 火に包まれた髪鬼は一瞬で灰になると、ほかのUMAと同じく霧になって消えてしまった……あたりに蠢く髪の毛も青い炎に包まれて少しづつ燃えていく。

 あたりが完全に静けさを取り戻した時、3人は深い霧に包まれた。気づいた時には全員、マンションの外に立っていた。結界を張っていたUMAが倒れたことで結界からはじき出されたようだ。

「倒した……?」

「みたいだな。……ナイスファイトだ、ツバキくん」

 ムクロはハーっと息を吐き出した。

「能力<サディスティック・サーカス>か……」

「私の、能力……」

 ツバキは隣に立っているラクネを見つめた。

「ありがと、ラクネ」

「……あんたの能力はUMAと友達になれる能力よ。いい?そこんとこ勘違いしないようになさい。……櫛、大事にしなさいよ」

 ラクネが光に包まれると、その姿は消え、ツバキの手の中に櫛がもどる。ツバキはその櫛をポケットに仕舞った。

「……あ、あれ?」

 ツバキはぺたりと座り込んでしまう。

「あれれ……立ち上がれない」

「能力ロスの症状か……能力を使い慣れないうちは体に余計な力がはいって、能力を解除した時に気が抜けすぎて力が入らなくなったりするんだ。しばらく休めば治るから心配しなくていい」

 ムクロはマンションを囲むように棒を突き立てる。4点に突き刺すと、棒の頂点から紫色の電気が放たれ、4本の棒を繋いだ。

「一度UMAに取り憑かれた建物はしばらくUMAに取り憑かれやすくなる。こうして魔払いをするのも大事なことなんだ」

 ムクロがツバキたちの元に戻ってくる。

「どうせ1日は入れない。ツバキ君、ヒズキさん……はどこに?」

「そういえば……電話かけてみます」

 ツバキが携帯を開く。

「……もしもし、ヒズキ?」

「あ、ツバキ!?大丈夫!?」

 ヒズキの声は上ずっている。

「うん、大丈夫だけど……」

「今事務所に居る。今から向かうね」

 電話は切れた。ツバキは二人を見る。

「今から来るそうです。……奏ちゃん、大丈夫?」

 奏は肩で息をしている。髪鬼に襲われたダメージが大きいようだ。

「一応薬は飲ませたから、明日には治るだろう。……それまで安静だな」

「私としたことが不覚を取った。ごめん隊長。それにツバキも」

「気にするな。結果的に何とかなったんだ……今は休め」

 奏はこくりと頷いた。

「ツバキ君、悪いんだが、奏を送っていってくれないか?……ヒズキさんには俺から話しておくよ」

「分かりました。……立てる?」

「なんとか、歩く……」

 奏はツバキの体を借りて、何とか歩き、家へと帰った。奏を送り届けたツバキも家へと帰り、布団に入ると数秒も立たずに眠ってしまった。


……次の日

 奏は学校を休んでいた。怪我は見た目よりは重かったようで、ツバキの携帯に休むとメールが届いていた。そしてもう一件、ムクロからも昨日のマンションの件について話がある、放課後マンションへ来て欲しいとメールが届いていた。

 学校終わり、ツバキは早速マンションへと向かう。

「ああ、ツバキ君。昨日はありがとう」

「いえいえ。奏ちゃんは今日は休んでましたけど大丈夫ですか?」

「あいつは殺しても死なない位には頑丈だから問題ないだろう」

 ムクロはマンションの一室、3階の部屋へと案内する。

「立ち話もなんだ。入ってくれ」

 そう言うと、ムクロは部屋の鍵を空ける。部屋の中は当然だが、普通だ。

「驚いたかい?UMAは不変の象徴でもあるんだ。UMAにとりつかれた建物や人は、姿を変えることなくただそこに有り続ける宿命を背負う。おかげで即日入居が出来て、俺としてはラッキーだったけどね」

 部屋の中には必要最低限の家具も並んでいる。テレビ、冷蔵庫……すぐにでも住めそうだ。

「なかなか立派な部屋だろう?」

 ムクロは自慢げに語っている。

「っと、あまり前置きを長くしすぎるのも良くないな、ごめんごめん。まあともかく座ってくれないか?」

 ツバキはムクロの差し出した座布団を受け取り、座る。

「最初から本題にはいらせてもらうが……ツバキ君。俺たちと一緒に闘ってくれないか?」

「え?一緒にって……」

「言葉通りの意味だ。ディープスレイヤー、スコーピオ隊の一員として、俺たちの仲間として。入隊してはくれないだろうか」

 そう言ってムクロは右手をツバキに向けて差し出す。

 ツバキは少し悩んだあと、ゆっくりと右手を上げて、ムクロの右手を掴んだ。

「……分かりました。私の力がどこまで通用するかわかりませんが頑張らせていただきます」

「そうか!よろしくお願いするよ!」

 ムクロは嬉しそうに笑っている。

「奏が負傷してしまったし今日は活動できないが……明日奏と一緒にこの“活動本部”に来てくれ。詳しいこと……俺たちの仕事の内容はその時話すよ」


 ……ツバキは眠りについている。夢の中で何者かの声が聞こえる……

「初めまして……私の名はミカエル……」

 ミカエルと名乗った何者かは、男性とも女性ともつかぬ声をしている。その姿は淡い光に包まれており、白い翼が見えるのみだ。

「あなたはこの光の中へ、その一歩を踏み出しました……これから続くは光の物語か、それとも……」

 ミカエルは微笑みを浮かべている。

「物語は動き出しました。時は移ろい流れゆくもの。私も、筆の行先を眺めるとしましょう…か…つて私とともに歩んだ人間は正義を抱き、常に正しい道を歩まんとしていました。人間は愚かで、純粋な生物です。本能を知性で支配したように勘違いをしていますが、それすら本能であることを疑いもせず、愚かな箱庭を駆け巡る家畜のように、神の僕としてコマの役割を果たす。……あなたがただのコマで終わるのか……私は常にあなた方を見ています……」

 姿がだんだんと遠くなっていく……

「あなたに“暁”の加護を」

 そしてはじめと同じく……すべては闇に包まれた。


4月16日(日)


>……NEXT Chapter

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