第2話. 箱守時子は遊べない

 付き合うには、そもそも親密になる必要がある。

 そこで小田匡崇は考えた。

 親密になるには、やはり一緒に遊びに行くことが肝要。プライベートの時間を共有することで多大な信頼感を得ることが出来るはず。

 しかし休日に誘うのは難しい。

 休日に行動を共にするなど、もはや親密度から言っても相当なものだ。さすがにそこまで信頼されていると自惚れてはいない。

 加えて言えば、そもそも日曜日に誘うこと自体が難しい。中には「遊びに行きませんか?」とストレートに誘えよと思う人もいるだろうが、それってデートじゃないか。無理無理。そんなこと言えるはずがない。断られたら最悪の場合は心が死ぬ。第一、デートと思われたら警戒されるだろうし、そもそも長い時間を二人で過ごすだけの会話が思いつかない。ゆえに、この案は却下。

 となると、休日以外。すなわち放課後だ。

 他の図書委員と一緒に「みんなで親睦会やるから」と先輩を誘えばいい。それならデートと警戒される心配もないし、二人っきりではないので会話に困ることもない。

 これは完璧な作戦だ。間違いない。

 そうと決まれば実行あるのみ。

 放課後、箱守先輩に声を掛けた。

「じつはこの後、みんなで親睦会をしようって話になってて。ほら、僕ら新入生が委員になってから、まだ先輩方とちゃんと交流したことないじゃないですか」

「そうかな?」

「そうですよ」

 図書委員の面々には事前に了解を得ていた。抜かりはない。

 しかし先輩は納得しかねる表情を浮かべていた。

「だけど、私も先輩とは遊びに行ったことなかったよ」

「いやいや、今時の若者は一緒に遊びに行ってこそ交流したと言えるんですよ」

「へえ、そうなんだ」

「そうなんです」

「なるほどね。だけど、一言だけいい?」

「はい、なんですか?」

「小田くん、私も今時の若者だからね」

「……は、はい」

 確かに先ほどの言い回しでは、先輩との間に歳の隔たりがあるような言い方だった。これは失点だ。しかし失点は挽回できる。そのためにも。

「それで、どうですか?」

「う~ん、親睦会かあ~……。ちなみに、どこに行く予定なの?」

「カラオケです」

「カラオケかあ~。私、行ったことないんだよね」

「じゃあ、ちょうどいいじゃないですか」

「う~ん」

 見た様子、あまり乗り気ではないようだ。

 だからと言って引くわけには行かない。説得してみせる。

「カラオケに、なにか引っ掛かることでも?」

「私、流行の曲とかまったく知らないし」

「大丈夫です。自分が歌い曲を歌えばいいんです」

 先輩の生歌を聴けるだけでこっちは満足だ。

「でも、みんなが知らない曲だと白けたりしない?」

「大丈夫です。そのためにタンバリンやマラカスみたいな盛り上げ道具があるんで」

 と言うより、たとえ童謡でも先輩が歌えば感動できる自信がある。

「それはありがたいけど……。正直に言うとね」

「はい」

「人前で歌うのが、ね」

 先輩は気恥ずかしそうに苦笑い。

 その初めて見る表情に思わず胸が高鳴るが、今は興奮している場合じゃない。

「大丈夫です。僕も初めて行ったときは恥ずかしかったです。でも、みんなが一緒に盛り上がってくれるので、そんな羞恥心はすぐに無くなりましたよ」

「そうなの?」

「そうなんです」

「う~ん」

 説得の甲斐もあり、当初の難色は薄れているように見えた。畳み掛けるならばここだろう。鉄は熱いうちに打てである。

「普段、自室なんかでは近所迷惑とか考えて歌えないですけど、カラオケは逆なんです。先輩、好きな曲を思いっきり歌えるのは気持ちいいですよ」

「そう言われると、行ってみたくなるね」

「ですよね!」

 良し、来た。作戦成功。あとは親密になれるように良いところを見せるだけ。

「それじゃあ早速――」

「うん、また誘ってね。そのときは時間をちゃんと作っとくから」

「え?」

 ちょっと何を言ってるのか分からない。

 先輩は行く気になっていたはずなのに、どうして断られる流れになった?

「えっと、カラオケに行く話になってましたよね?」

「うん」

「だったら――」

「でも門限があるから、私」

「もん、げん?」

 いや、確かに門限があるのは分かる。けど、カラオケで遊ぶ時間くらいはあるはずだ。

「ちなみに、門限は何時ですか?」

「五時四五分」

「……」

 四五分というのが肝だ。十五分刻みにしているところにご両親の細かい性格が表れている。

「それだと、ちょっと難しいですね」

「うん、だからごめんね」

「い、いえ」

 またもや敗北に終わった事実に落胆のため息が漏れる。

 頑張ってみようと思ったが、やはり無理なのだろうか。

 どうも先輩の日常とは差異があり、それによって上手く行っていない気がする。

 つまりは高嶺の花以前に、運命的に合っていないのかも知れない。

 そんな弱気が顔を覗かせたとき。

「親睦会の幹事って小田くんなの?」

「まあ、そうなりますね」

「じゃあ小田くんに聞いたらいいのかな?」

「なにをですか?」

「親睦会はべつに放課後じゃなくてもいいの?」

「あ、はい」

「じゃあ日曜日とかでも?」

「もちろん」

「そっか。他の子の都合次第なんだけど、私としては日曜日がいいんだよね」

「えっと、それはつまり……」

 カラオケに行ってくれる?

 それも日曜日に?

 つまりそれって「日曜日に会っても良い相手」と言うことか?

 いや、もちろん他の図書委員を含めてだろうが、休日に時間を割いても良い相手くらいには思ってくれていると言うことでいいんだよな?

 え、ちがうの?

 どうなの?

 分からんが、とにかく。

「日曜日に遊びに行ってくれると言うことでいいんですよね?」

「そういう言われ方をすると、なんだか私が上からものを言ってるようで嫌なんだけど、まあそうだね。休みの日に遊びに行こうか、みんなで」

 みんなで、というところに余計な感情を抱いてしまいそうだが、みんながいないと遊びに行けなかったかも知れないし、そもそも二人っきりでは会話もままならないので我慢。

 とりあえずは日曜日に会えることを喜ぶべきだろう。

「じゃあ、みんなの予定を聞いて、改めて先輩を誘いますね」

「よろしくね」

「はい!」

 一時はまたもや失敗に終わるのかと落胆したが、諦めなくて良かった。

 先輩がカラオケに行きたいと思えるように頑張って良かった。

 さあ、これから大変だ。図書委員の面々の予定を聞き、行ける日を調整しなければならない。幹事の力の見せどころだろう。

「よし、やるか!」


 そして気合いを入れて図書委員の面々に電話を掛けたのだが、予定を聞く前に今回のカラオケが急遽中止になったこを責められ、幹事失格の烙印を押されたのは、まあ別の話である。

 大丈夫、落ち込んでないから。いや、本当。ウソハツカナイヨ。

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箱守時子は恋をするには隙がなさ過ぎる 田辺屋敷 @ccd

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