第16話『楽して助かる命はない』
「そして、俺はしばらく、墓守をしていたんだが……。アムニムが生えた時、偶然山に登ってきた村人がそれを見つけてな。それ以来、これを狙って人間がひっきりなしに登ってくる」
ミティラが病気だった時は、誰も来なかった癖にな、と、忌々しげに呟き、ソウドは、ミティラの墓を見つめた。
「……で、でも、なんで狙ってくるんだ? あれって、魔力の底上げができる、って薬で……」
「だから、いろんな魔法使いが欲しがるんじゃないの」
俺の疑問に食い気味で答えてくれたのは、ロゼだった。
「まっとうな魔法使いは、飲まないわよ。遺言でもない限り。ただ、当然って言うのも、なんかやだけど、そんなもん気にしない連中ってのも、当然いる。アムニムは滅多に生えない貴重な霊草だから、高値で取引されてるってわけ」
じゃりじゃりと、苛立ったように地面を爪でひっかくソウド。……人間の勝手につき合わせて、友達が遺した花を欲望で駆られるなんて、そんなの我慢できないだろう。
地面に腰を下ろして、話を聞いていた俺は、立ち上がって、ミティラの墓の前に立って、手を合わせた。
「……なにしてんだ? あの人間」
「あれは、マスターの国で、死者を悼む所作です」
ハイチェも隣に立ち、俺と同じように手を合わせた。
「ミティラ・マヤ。あたしの国に生まれていれば、大魔法使いだったでしょうに……」
そう言って、ロゼは掌に魔力で出来た白い光を作り、握り潰して、粉になったそれを、ミティラの墓にふりかける。
「……ロゼは何してんの?」
「ウチの国の、墓参りの所作よ。魔法国家『アマリリス』は、魔力が通貨みたいに扱われてるから、死後の世界に行っても、暮らしに困らないようにって、魔力を墓にかけるの」
へぇー……。
棺桶に入れる三途の川の渡し賃みたいな事かな。世界が変わっても、人間考えることはそう変わらないんだな。
「お前ら……」
後ろでつぶやいたソウドの声に、何か優しい物を感じ、俺はハイチェをちらりと見た。言わなくてもわかるのが、ハイチェのいいところ。
「じゃあ、俺達はもう、帰るよ」
「……なに?」
怪しい、と目が雄弁に語っているが、しかしいい加減俺がそんなことをするタイプじゃないことを察してほしい。
「だって、ケルベロスってどんなやつなのかな、って、見てみたかっただけだからなぁ。別に、人を襲ったりしないってわかったし、俺らが倒す理由がないし。なぁ?」
誰かを困らせるのなら、倒さなくっちゃと思っていたけど、ソウドはここで、大事な人の墓を守っているだけなんだから。倒す理由などまったくない。
ハイチェも頷いてくれて、ロゼも「もともと、私はケルベロスと戦う気なんてなかったしね」と、胸を撫で下ろす。
「戦わないで済んでよかったわ、ほんと……あたしの下僕が全員死んでてもおかしくないし、最悪ゼンも死んでたかも」
「あれ、ハイチェは?」
「ハイチェは大丈夫でしょ。多分、ソウドより強いんじゃない?」
と、クスクス笑うロゼ。
「……かもな」
「認めるんですか」
見つめ合う、ロゼとソウド。
「生きるのに大事なのは、実力差をきちんと判断することだ。勝つんじゃない、生きるのが大事だ。――本気でやれば、おそらくは負けるかもしれない。だから、やるとなったら、逃げる」
なるほど。
そういう考え方もあるのか。勝つか負けるかじゃなく、生き残る事を優先。
「それ、覚えておくよ。ありがとう、ソウド」
「なんの礼だ」
俺は手を差し出した。それを、ソウドはジッと見つめて「なんだ?」と、指先の匂いを嗅いでいる。
「握手だよ。さっきは弾かれたけど。友達になるからには、まず握手!」
今度は、そっと俺の手を肉球で押し、握手を拒んだ。
「悪いが、俺の友達は、ミティラだけだ。――ふっ、生きてる間に、言ってやれればよかったんだがな」
「……そっか」
これ以上何かを言うのは、野暮だろう。俺は、今ので満足して、笑った。
「んじゃあ、帰るよ。また、近くに来たら寄ってもいい?」
「好きにしろ」
そう言って、俺達三人は、頂上を後にした。
……いや、正確には、後にしようとした、のだ。そうは行かなくなったけれど。
「おやぁ……? なんだ、このガキ共は……?」
頂上に、何人もの兵隊が登ってきた。
こいつら……
数は、だいたい三〇かそこら。全員が鎧と武器で武装し、明らかに戦闘する気満々だった。
「隊長、こいつら、さっき麓の村にいた、ケルベロス討伐の依頼を受けてきた冒険者達です」
さっきハイチェに情報を漏らした兵士が、先頭に立つ、隊長格と思わしき男に告げる。
「ふん。黒い髪のガキ――珍しいな。ケルベロスに背を向けている……どういう状況だ、これは」
俺は、隊長さんの前へと一歩踏み出した。魔物討伐部隊と言うのなら、ソウドが人を襲う気が無いと知れば引いてくれるはず。それを、ソウドに変わって俺が説明しなくては。
「えと、ケルベロスは、人を襲う気がないみたいなので、討伐はしない事にしたんです。墓を守りたいだけだって言うから」
「ハッ、無駄だ無駄だ。そんな事、この一週間で何度もそいつらには言ってきた」
背後のソウドが、前足に体重を乗せて、砂とこすれる音がした。戦う気か――?
「その通り。魔物が近くにいる、というだけで、村の人々は不安になるだろう。で、あれば、それを駆除するのも、我々の仕事」
「待ってくださいよ! 不安になるのは、襲われるかもしれないと思ってるからでしょう! ソウドだって、大事な物に近寄らなかったら、人間を襲う気が――」
「どんな生ぬるい環境で育ってきたんだ? 黒髪のガキ」
言われていることの意味が、まったくわからなかった。
生ぬるい環境? ただ、大事なモノを踏みにじらないように、距離を置いてくださいと頼んでいるだけだろ?
「いいか、魔物とは、死を振りまく象徴。召喚したバカが無責任に放置して、人が死ぬ。――それに、こっちはアムニムの回収も仕事に入ってる。どちらにしても、そこのケルベロスは討伐する」
「だからッ! その花はソウドの大事な物だ! 大事な物を殺して奪うなんて、やってる事は強盗だろ!!」
「話にならない……。甘くて胸焼けしそうだ。どこか、厳重に守られた都市から来たのか? そんな環境に反発して飛び出した、世間知らずの新人ってところか。だったら教えてやろう。魔物に命などないし、これは強盗ではなく、仕事だ」
一度、大きく息を吸った。カッとなりそうな時、落ち着くために。ブチ切れては、怒りを正しく相手に伝えられない。
俺は、ポケットからドライバーを抜いて、腰に装填した。
「引いてください。そんな仕事、させてたまるか」
後ろから、ハイチェのため息が聞こえてきた。そして、いつの間にか俺の隣に立って、髪留めを槍に変えて抜いた。
「お前ら……」
ソウドの体から、怒気が抜けていくのを背中で感じる。そうだ、それでいい。怒ったりしないで、優しいままでいたほうがいい。ミティラの墓の前なんだから。
「フンッ。正義の味方気取りか」
そう言って、腰のポーチから、何か、くすんだ黄色の石を取り出した。なんだ、あれ? 目を細めて、その正体を見定めようとしたが、異世界の物だろうし、俺にわかるはずがない。
その石の正体に気づいたのは、ロゼだった。
彼女は、一気にバックステップで三歩ほど距離を開いて、指先に込めた魔力で、地面に魔法陣を描き出す。
「なっ、何を考えてる魔物討伐部隊ッ!! あんたら、それがどういう石かわかって抜いたんでしょうね!!」
青ざめた顔で叫ぶ。俺は、それだけでとんでもない物と察したが、隊長格の男はなんてことのない顔をして、石を軽く放っていた。
「当たり前だ。簡易召喚石、ランクは黄。さて、何が出るかな……」
「召喚術の心得が無い人間が扱える石じゃないことくらい、知ってて――」
まだロゼが何かを言おうとしたが、しかし、それよりも早く、隊長格の男が、その石を地面に叩きつけて、割った。
石が投じられて波紋を立たせる湖の様に、魔法陣が広がって、その中心から、巨大な石の人形が現れた。
「ごっ、ゴーレム……」
ロゼの呟きに、いつもの俺なら「すっげえ! ゴーレム!? マジでいたんだ!」と大はしゃぎしていたかもしれない。しかし、今は違う。
ゴーレムから感じる、とてつもなく大きな殺気。
簡単に言えば、とても不機嫌だ、という事。
野生の世界は簡単だ。機嫌を害されたら、殺せば問題なし。
「何度も撃退されて、策無しで来ると思ったか!? 魔物には魔物をぶつけるのが一番いい! さぁ、ケルベロスを殺せゴーレムッ! ついでに、この黒いガキ共もなッ!」
言った瞬間、ゴーレムはその巨大な腕を振るった。まるで、ホコリでも払うように。
しかし、その腕はトラックほどのサイズと重みを持っているのだ。払われるのはホコリだけではない。
召喚した張本人が、一番先に払われたのだ。そういえば、ロゼが言っていた――。
初めて召喚した召喚獣は、術者に牙を向くこともありえる、と。
全身がぐちゃぐちゃになって、子供が適当に遊んで放り投げた着せ替え人形のように手足がネジ曲がった男が、遠くに吹っ飛んでいた。
「ぐ――ッ」
は、初めて見た。
人間の死体。それも、あんな、あんな無残な死に方。骨も血も飛び出して、すごく痛そうなのに、死ぬ瞬間の笑った顔のまま。
ぐん、と、胃の中の物がせり上がってきて、俺はそれをこらえるのに必死だった。
人は、いや、命はあっけなく死ぬ。
俺だって、そうしてここに来たのに、わかってなかった。ここは、こういう事が、今までよりずっと身近にある世界だって。
「たっ、隊長が死んだ……!?」
「にっ、逃げろ逃げろ! 化物二匹もいて生き残れるわけがねえッ」
魔物討伐部隊の連中が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
俺も逃げ出したくなった。死ぬのは嫌だ。死ぬんならもっと、痛くなくて、安心して、あったかいところがいい。
「ッ! マスター!」
ハイチェの声で、俺はやっと気づいた。戦場で気を抜くなど、それこそ、死に向かう事なのに。
ゴーレムの拳が、俺に向かって飛んでくる。
「へ、変身ッ!!」
すばやくドライバーにクリスタルを装填し、仮面騎士へと変身。その腕を止めようと、腕を突き出し、防御した。
だが――。
「ぬっ、ぐ……!?」
とてつもないパワーだった。
踏ん張り、なんとか止めようとするが、押されている。止められないッ!
筋力の持続が持たず、俺は、弾き飛ばされた。
「ぐぁぁぁッ!!」
気づいた時、頭の中に「あっ」という音だけが響いた。
俺が飛んだ先にあるのは、ミティラの墓。ミティラの墓石に叩きつけられ、そして、花をいくつか潰してしまっていた。
「そ、んな――」
ダメだ、大事なモノを、俺が潰してしまうなんて、そんなの。
ポケットを探り、なにか、何か無いかと、願う。
「呆けてる場合じゃねえだろッ!!」
叫び、そして、ソウドが俺の腕を噛んで引っ張り、ゴーレムの追撃を躱す。蚊でも潰すような動き。その下には、ミティラの墓。
「あ、あぁ……ッ。そんな、ミティラの墓が……ミティラが残した、アムニムも……」
「馬鹿野郎ッ!! てめえは自分の命心配しやがれ!」
ソウドから怒鳴られ、俺はうなだれるように、頭を下げた。
「ごめん……俺の所為で……友達の墓が……」
「……所詮、墓は墓だ。ロマンしかねえものに縋ってた、今までがおかしかったのさ。それに、お前のせいじゃねえ。あいつのせいだ」
眼の前にそびえ立つゴーレムを見上げ、何度も前足で地面をこするソウド。
俺が怖がったから、集中しなかったから、ソウドの大事な物を守れなかったんだ。
「……一緒にゴーレムを倒そう、ソウド」
「ケッ。俺一匹でも充分なんだがなぁ。まあいい。そうした方が気も楽になるだろ」
立ち上がって、俺は、ソウドの背を一撫でした。頼もしくて、温かい背中。ここが、ミティラの居場所だったんだ。
墓は守れなかったかもしれない。でも、ソウドは守ってみせる。
今日から異世界で正義のミカタ! 七沢楓 @7se_kaede
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。今日から異世界で正義のミカタ!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます