鎮めの光
薫は、咳き込んで意識を取り戻した。
目を開けると、目線の先に、天井らしき板が並べられていた。
「……うう、ここは……」
「あぱーとの、おまえのへやのなかだ」
平坦なイントネーションの声が聞こえた。薫が顔を動かして声の主を探ると、自分の右側に天音がいる事がわかった。
「そっか……」
薫は呟いて目を閉じようとして、
「はぁ!? ……いっ、つ……」
驚きの声を上げて上体を起こし、激痛に呻いた。
「まだ、よこになってたほうが、いい」
「…………」
天音に諭され、薫は渋々横になった。
「…………どうやって家の中に入ったの?」
薫は天音を睨み付けて問い質した。
「ずぼんのぽけっとをあさった。へんなとこはさわってない」
「…………住所は?」
「めんきょしょう、に、かいてあるだろ。おれもめんきょもってるから、うんてんはできる」
「…………」
「……すまん。のざらしにはできなかった、から……」
「…………わかった、ごめんね。……ありがとう」
薫はそう言って、もう一度目を閉じた。
体の痛みが薄れるのを待ってから、薫は動き出した。
キッチンに向かい、ヤカンに水を入れ、ガスコンロに乗せ、火を付ける。少しの間様子を見てから、薫はリビングに戻った。
「…………それで、色々聞きたい事があるんだけど」
「……だとおもった」
天音が軽く溜め息をついた。
「まず最初に……私は、どうなったの……? 全身が光ってる巨人になった記憶があるけど、今は人間でしょう……?」
薫は、恐る恐る尋ねた。
「ああ。なれてたよ。ひかりのきょじんに」
天音が、さほど驚いた様子もなく答えた。
「…………じゃ、じゃあ、私は、どうなってるの……? 今は、手とか足とか見ても、普通の感じだけど、天音にもそう見えてる……?」
「ああ、うん」
「そう、なの……。わかった、少し質問を変える。あの時の私に、何が起こっていたの?」
薫に聞かれた天音が、少し考えるような素振りを見せて、
「じゃあ、ひとつずつせつめいする。……あのとき、おまえのからだは、『ひかりがしつりょうをもつくらいに、みっしゅうしてできていた』んだ。ほら、どうろ、へこんだだろ?」
平坦なイントネーションで、淡々と話し始めた。
「あれはな、くちにだすのもいやになるようなばけものたちをふういんした、『ほしのせんし』のちからなんだ」
「星の、戦士……?」
「ああ、そのいいかたであってる」
天音が頷きながら答えた。
「……どうして、そんな事、知ってるの?」
薫が聞くと、天音はそっと目を伏せた。
「……よねんまえ」
「えっ?」
「よねんまえ、あいづのほうで、ゆうかいじけんがたくさんおきただろ?」
「……まあ、うん。何ていうか、手当たり次第って感じだったよね、アレ……」
「ああ、じっさい、てあたりしだいだったんだ」
「だったって……、犯人はわかっていないはずだけど?」
「ああ、そうか。そうだったな。……そのはんにんは、ひきがえるみたいな、なまじろいばけものだったんだ」
「…………え?」
「むーんびーすと、っていわれてたとおもう。……そのばけものに、おれもころされかけたんだ。でも……」
天音はそこで区切り、薫の胸元の、蒼い楕円形の宝石が嵌め込まれた歪んだ五芒星をそっと指さした。
「そのときに、あかいひかりがそらからふってきて……。ひかりになったんだよ。おれも。ぺんだんとは、そのときにてにいれた」
天音はそこまで言って、深く息を吐いた。
「…………」
薫は、ただただ絶句していた。
「なっとく、したか?」
「…………言われた事は理解出来るけど、その意味は飲み込みたくない」
「そりゃそうだ。にんげんなら、みたりきいたり、そのことをしるだけでも、くるってしまうかもしれないから」
天音がぼそぼそと言った。
薫が何か言おうとした、その時だった。
突然、大きな震動が部屋を襲った。
「まさか……!」「はやいな……!」
二人は同時に別々の事を言いながら、ベランダに飛び出した。
ベランダから望める景色の中に、異常な物が混ざっていた。
一つは、月や星々が浮かぶ夜空の一部が割れ、その奥に赤い空間が広がっている事。
もう一つは、角張った巨人が、道路に停められた車を堂々と踏み潰しながら、薫と天音がいるアパートに向けて進撃を始めている事。
「あの化け物……!」
それを見た薫が呻くように言って、踵を返して玄関に向かった。
「おい、ちょっと待て!」
イントネーションがある声が引き止めようとしたのを聞いて、薫は振り返った。
「アレにトドメを刺す時は……」
天音はそう言いながら、右手を垂直に、左手を水平に曲げ、両手首で十字に組んだ。
「アレを狙って、こう構えるんだ。……後は変身してればわかるから……」
天音はそこまで言うと、力尽きたかのように崩れ落ちた。
薫は慌てて駆け寄ろうとしたが、
「おれのことはいい! はやくいけ!」
イントネーションがなくなった声で制止された。
「…………わかった、動けるようになってからでいいから、ヤカン、お願いね!」
薫はそう言って、部屋から出ていった。
外に飛び出した薫は、角張った巨人に向かって走り、正面から対峙した。
角張った巨人が薫に気付き、低く濁った雄叫びを上げる。
「っ……」
薫は一歩後ずさったが、すぐに一歩踏み込んだ。
「アンタの事なんて何も知らない。知りたくもない。……けど」
薫はそう言って、ペンダントを外した。ペンダントが脈打つ。
「誰も知るべきじゃないのなら……私がここで倒す!」
薫は断言して、絶叫しながらペンダントを夜空に向けて掲げた。ペンダントから銀色の光が放たれ、薫を包み込む。
光に煽られて角張った巨人が後ずさる中、薫は、全身が光でできた巨人に姿を変えた。
薫は角張った巨人と組み合うと、
――ふっ!
角張った巨人の足を払い、その巨体を地面に叩きつけ、アスファルトの地面を陥没させた。そのまま左の両腕を左足で押さえ付け、右上の腕の関節を極める。
角張った巨人が悲鳴を上げながら、右下の腕で薫を押し退けようとする。
――ぐっ……、だったら……、へし折る!
薫は心の中で唸ると、極めた関節に更に力をかけ始めた。
やがて、角張った巨人の右上の腕から、乾いた重い音か鳴り響いた。
角張った巨人の口から甲高い悲鳴が響き渡り、滅茶苦茶に暴れ始める。
――うわっ!?
薫は体を浮かされ、角張った巨人の背から転がり落ちた。
――あぁ……、もう、詰めが甘いな……。
薫はそう思いながら立ち上がると、ほぼ同時に立ち上がっていた角張った巨人と再び組み合った。
今度は、お互いの力が拮抗して押し合いを始めたが、直後、角張った巨人が空いていた左下の腕を振り上げ、がら空きになっていた薫の左脇腹に捩じ込んだ。
――げほっ!? うあっ!?
薫は投げ飛ばされ、道路を押し潰してへこませた。
――痛ったあ……。無痛って訳じゃないのね……!?
薫がそう思った瞬間、全身から力が抜け始めた。同時に、全身がゆっくりと崩壊を始める。
――ちょっ、まだ三分しか経ってないのに!?
限界が近付き始めた事を悟った薫が、思わず心の中で叫んだ。すぐに立ち上がり、それを悟らせないように、角張った巨人を睨む。
――どうする、何か決め手は……
薫は思案を巡らせ、
――あっ。
すぐに手段を思い付いた。
――何が起こるかわからないけど、やらないよりはマシだ!
そう思った時、怪物が雄叫びを上げ、突進を始めた。
薫は大きく飛び退いて、深く腰を落とした。右腕を垂直に、左腕を水平に曲げ、同時に両手首の位置で組んだ。
その瞬間、右手の側面から蒼白い光線が放たれた。光線は真っ直ぐ角張った巨人に向けて伸びて行き、その胸の中央に命中した。角張った巨人が甲高い悲鳴を上げる。
――いっ……けええええええええええええええ!!
薫は祈りながら、両腕に力を込めた。光線の輝きが増し、威力が上がる。
やがて、光線は角張った巨人を押し出し始めた。同時に薫も後ろに下がり始めた。
――ああああああああああああああああああああ!!
尻餅を突かないように全力で踏ん張りながら、薫は心の中で絶叫した。
光線が角張った巨人に流し込まれ、そして、
角張った巨人の肉体が一瞬だけ内側に沈み込み、爆炎を伴い、爆発四散した。
薫は地面に片膝を突くと、力尽きたかのように体を霧散させた。
寸前まで光輝く巨人がいた場所の真下に、一人の女性――薫が、目を閉じて横たわっていた。
それからすぐに、殆ど白髪に近い灰色の髪の男性――天音が歩いてきた。
「…………いきてる、か?」
天音は横たわる女性のすぐ側に座ると、静かに聞いた。
「うん。……大丈夫、少し……いや、かなり疲れた」
薫はそう言うと、ゆっくりと目を開けた。
「…………あのさ」
「どうした?」
「さっき言ってた化け物って……どこにいるの?」
「…………」
天音は少し考えて、
「この星を含めて、宇宙中にいる。……夢の奥底に広がる世界にも、いる」
絞り出すように答えた。それだけで息が上がった。
「そっか……。じゃあ、これからも出くわす可能性、あるんだ」
「……ああ」
「じゃあ……それだけでもいいから、退治しようかな」
「かこくだぞ?」
「わかってる。でも、天音だけに任せられないからさ」
幼馴染みだし、と言って、薫はくすくすと笑った。ひとしきり笑ってから、星を眺める。
天音も薫に倣って、星を見上げた。あまり気分がいいような表情ではなかった。
二人は暫くそうしてから、パトカーのサイレンが近付くのを聞いて、慌ててアパートに戻った。
Ultra Star of Prorogue 秋空 脱兎 @ameh
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