Ultra Star of Prorogue

秋空 脱兎

銀の巨人

 街灯が殆どない夜道を、一台の黄色い車が走っていた。


 運転しているのは、東和とうわかおりという女性。二十代中頃で、背はやや高め。黒髪をベリーショートにしている。服装は、黒のパンツスーツ。


 薫は欠伸を噛み殺し、注意を怠らずに運転していた。


「…………ん?」


 ふと薫が道路の端を見ると、


「ちょっ、人倒れてる!?」


 薫はそう言いながら、慌ててブレーキを踏んだ。車は、倒れている人間の側を少し過ぎてから止まった。


 薫は車から降りて、うつ伏せに倒れている人間に駆け寄った。


「酷い怪我……! 大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」


 薫が倒れている人間に呼び掛けた。


 倒れている人間の顔は見えなかったが、背は薫より高く、髪はボサボサで殆ど白髪に近い灰色。服装は、茶色い薄手のジャケットにジーンズ。


 倒れている人間は呻き、ゆっくりと立ち上がろうとして、再び崩れ落ちた。


「む、無理しない、で……?」


 薫は人間の顔を覗き込み、絶句した。

 暫く固まってから、


「あ、天音あまね!?」


 驚愕の声を上げた。


 薫に空と呼ばれた人間は、片平かたひら天音。二十代中頃の青年で、薫の幼馴染み。


「どうしたの空、イギリスにいるんじゃなかったの!? ていうか、その怪我どうしたの!?」


 薫の問いかけを聞いて、空は視線を薫に向け、次いで顔を向けた。


「ああ、かおり、か……。いぎりすなら、おとといでた」


 空が不気味な程に平坦なイントネーションで話した。


「じゃ……、じゃあ、その怪我は?」


 薫がもう一度聞こうとした、その時だった。


 ガラスが割れるような不快な音が、空の上から鳴り響いた。


「何!?」「くそ、まだ……!」


 二人がそれぞれに言って音が聞こえた方を見ると、


「…………何……アレ……?」


 『それ』を見た薫が、驚愕と恐怖から目を見開いて呟いた。


 


「くうかんを、たたきわるか……!」


 空が忌々しげに、しかし平坦に呻いた。


 直後、巨大な右手が空間の下側から現れ、その縁に手をかけた。次いで左手が出現し、同じように手をかけた。

 そこから体を持ち上げるようにして、全身が角張った、四本腕の鋭い形状の異形の巨人が上半身を顕にした。全長は、六メートル程。


「あ、ああ……」


 その巨人を見た瞬間、薫は得体の知れない冒涜的な感覚に襲われた。既に膝が笑い始め――


「呑まれるな!」


 突然、イントネーションがある声で天音が言った。


「っ!」


 薫が驚いて天音を見た。天音は、角張った巨人を真っ直ぐ睨み付けていた。


「逃げろ……! 早く! 逃げろ!」


 天音が右腕を横に振り、薫に向けて怒鳴った。


「…………」

「あれの狙いはオレだ! いいから行け! 早く!」

「で、出来る訳ないじゃない! 私これでも刑事よ!? 逃げるならそれよりも避難誘導するわ!」


 薫が怒鳴り返したのを見て、天音は何度か瞬きをして、


「…………だったら、これ、使え!」


 天音は首から提げていた物を取り、薫に向けて放った。

 薫が危なげなく受け取ったのは、中心に楕円形の蒼い宝石が嵌め込まれた、歪んだ銀色の五芒星のペンダントだった。


「こ、これが、何よ?」

「……もう、わかってるはずだ」


 天音の言葉が、突然平坦なイントネーションに戻った。そのまま崩れ落ちる。


「ちょっ……!」


 薫は慌てて天音に駆け寄り、体を支えた。

 直後、二人の上から、低く濁った雄叫びが響いた。


「うっ……」


 薫が振り向くと、そこには、空間から顔を出していた角張った巨人がいた。

 角張った巨人は再び叫ぶと、四本腕を振り上げた。


「っ――」


 薫が息を飲んだ瞬間、


「――えっ?」


 一瞬、手の中のペンダントが、まるで何かを送ったかのように脈打つのを感じた。


「まさか…… 」


 薫が呟いた瞬間、角張った巨人が腕を同時に振り降ろし始めた。


「っ、うわああああああああああああああああ!!」


 薫は目を瞑って絶叫し、ペンダントを持った右手を巨人に突き出した。

 ペンダントから銀色の光が溢れ出し、薫を包み込んだ。



――あれ? 何も起こってない……?


 薫がそう思いながら目を開けると、何かに吹き飛ばされたのか、角張った巨人が仰向けに倒れ、起き上がろうともがいていた。


――って、あれ? 声が出ない……? って、ちょっと待って、嘘でしょ……? これじゃ……、これじゃ、まるで……!


 薫は気付いた。

 薫が自分の手や足を見ると、それらは光に包まれていた。正確には、光そのものが凝縮していた。


――な、何、これ……?


 

 薫は、思わず横を見て、目を見開いた。


 ビルのガラスに映ったのは、全身から淡い銀色の光を放つ、杏仁形の大きな目を持つ表情がない巨人だった。大きさは、ビルの三分の一程だった。


――い、嫌……。うそ、嘘よ、こんなの、こんなのって……!


 薫はビルと向き合い、そのまま後ずさろうとした。

 その寸前に怪物の叫び声が聞こえた。薫が角張った巨人の方を見ると、角張った巨人は起き上がり、突進してきていた。


――ひっ!?


 薫は突進してきた角張った巨人を紙一重で回避した。

 角張った巨人が急制動をかけて止まり、薫の方を見る。

 薫は、自分の息が上がっていくのを感じた。


――う、うわああああああっ!


 やがて、薫は叫びながら突進し、角張った巨人を押し倒した。


――うああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああああああああ!!


 薫は馬乗りになり、心の中で叫びながら、角張った巨人を滅茶苦茶な動きで殴り始めた。恐慌状態だった。

 薫は暫く殴り続けていたが、


――がっ!?


 一瞬だけ殴打が途切れた瞬間を狙って腹を殴られ、


――うぐっ!?


 そのまま巴投げの要領で投げ飛ばされ、アスファルトの道路を大きく陥没させた。


――うう、う、…………あれ?


 呻いていた薫は、気が抜けたような感想を洩らした。


――痛くない……?


 薫は上体を起こし、首を傾げてから振り向き、立ち上がろうとして、


――かっ、あ……!


 角張った巨人に二本の腕で首を絞められ、持ち上げられた。


――くっ、う、ぐ……!


 薫は角張った巨人の腕を引き剥がそうと両腕を持ち上げたが、その少し下で空を切って、左手首を前に十字を組むような形になった。

 その瞬間、右手の側面から蒼白い光線が放たれ、角張った巨人の鳩尾に命中して爆発した。


 角張った巨人は吹き飛ばされ、薫の首から手を離した。

 薫が尻餅を突き、その下にある穴の形が少し変わった。角張った巨人を見ると、慌てて夜空の一部を叩き割り、その中に逃げ込もうとしていた。


――ちょっ、待、て……!?


 薫は角張った巨人を追おうと立ち上がろうとして、全身から力が抜けるのを感じた。


――な、何、で……?


 薫はそう思いながら、意識を、全身が崩壊するのを感じながら手放した。

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