派遣勇者 ~職業勇者はブラックかホワイトか~

尤犬

第1話 ■勇者募集中です

 ――俺の名前は田所たどころ まなぶ。高校を卒業した後、2年制の専門学校でプログラミングについて学んだ。理由はゲーム会社に就職して、面白いゲームを創りたかったからだ。学生時代はとても楽しかった。自分の描いたへたっぴな絵が画面に映し出され、自由に動かせたときは感動すら覚えた。俺は何でもプログラミングできると錯覚していた。

 2年後、俺はとあるIT企業に就職していた。希望したゲーム会社からは全てお祈りメールをいただいた結果、滑り止め感覚で受けていた企業だ。

 当時の進路担当の講師曰く、「ここは自分の時間も持てる会社だ。ここで実力を磨いて、再度入社を希望すれば良い」だった。その頃の俺は人の言うことを信じて疑わない、単に世間知らずな1人の学生だった。だが、講師の言葉を鵜呑みにした俺に待っていたのは地獄だった。

 入社後、直ぐに渡された仕事はプログラミングだった。仕様書も設計書も何もない、ただ口頭で作業を指示された。右も左も分からない俺に差し出される手は無かった。単純に俺の実力不足なのか、ゆとりと揶揄されるだけなのか分からない。唯々、俺は石にしがみ付くように必死で仕事を続けた。

 首になりたくなかった。これを乗り切ればゲーム会社に再就職できると信じていた。だが現実は非情だった。俺につけられたレッテルは使えない奴。月に80時間を超える残業をしても上司からは成果が出ていないからと残業時間を削らされた。IT業界の闇を知った俺は、程なくしてその闇の世界を後にした。学生時代の夢も想いもここで霧散した。


 心を患った俺は食べていくために新たな仕事を求めてハローワークに通った。「何がHelloだ」と思いながら。ハローワークの職員曰く、第二新卒だから受け入れ先は多いから安心していいとのことだった。だが、人間不信に陥っていた俺はこの職員のいうことを真に受けられなかった。兎に角、次の就職先はホワイトでなければならない。でなければ俺は心身を完全に壊すことが容易に想像できた。

 求人情報を見ては溜息を付く日々。着実に就職活動記録だけが増えていった。そんなある日、俺は目が覚めるような求人を見つけた。


『勇者募集中』


 その求人を見た俺は久しぶりに声を出して笑ってしまった。周りから冷たい視線が飛んできた。当然だ。ここは生きるために仕事を探す場所。笑い声が聞こえること自体まずあり得ない。

 俺は笑いを堪えながら求人情報に目を通した。必須資格などは無く、ただ健康な方を募集していますとのこと。募集している性別等の指定も無かった。また、給与はよく、面接で加算される可能性も書かれていた。


「冗談みたいじゃなく、冗談だよな」


 俺は独り言を言うと自然とこの求人情報を印刷していた。そして、ハローワークの職員にここの面接を受けてみたいことを告げた。その時の職員の驚いたリアクションは見ものだった。

 兎にも角にも、離職後初めての面接だ。どうせ冗談みたいなものだし、次につながるように面接の練習程度に考えておけばいいさ。程なくして面接の日程は決まった。面接時に指定されたのは動きやすい服装のみ。その時の俺は気軽に考えていた。冗談みたいな求人情報と勇者という意味を。


 俺の人生が一変するのは目前だった……。



 数日後、俺は一棟の雑居ビルの前に来ていた。

 俺は印刷した求人情報に目を通した。場所は間違いなくここだ。如何わしいお店も入っている雑居ビルの3階。そこが面接会場として指定されていた。

 俺は大き目の黒皮のカバンの中を検める。筆記用具に職務経歴書。うむ完璧だ。求人情報には職務経歴書持参とは書かれていなかったが、一般常識として職務経歴書は必須だと思って準備しておいた。

 本来なら面接にはスーツと決まっているが、今回は動きやすい服装を指示されていたので、黒のポロシャツにジーンズというとてもラフな格好だ。これなら仮に体力テスト的なものがあっても問題あるまい。


「なにせ勇者だからな」


 俺は笑いを堪えながら雑居ビルに足を踏み入れた。時刻は指定された面接予定時間の5分前。ドアを3回叩き、面接に来たことを告げて入室した。

 小さな雑居ビルだと思っていたが、入ってみると意外と広いんだなというのが最初の印象だった。少しの間を置いて「はーい、いらっしゃいませー」と一人の女性が姿を現した。

 年齢は俺と同じくらいの若さで、セミロングの薄い茶色がかった髪をしていた。スタイルもスラッとしており、今までの人生の中でも1、2を争う美人だった。


「面接に来られた、田所 学さまですね。お待ちしておりました」

 丁寧な挨拶をされて若干、たじろいでしまう。

「(なんか思ってたよりも普通の会社っぽいな)」


 俺はそうですと答えて、応接室に案内された。応接室と言ってもパーテーションで区切られた小さな一角だった。暫くすると、受付で対応してくれた女性ともう一人綺麗な女性が現れた。

 俺は驚いた。面接官らしきその女性は外国人だったからだ。金髪のストレートヘアにブルーの瞳。日本人女性が髪を染めただけでは到底なりえないクールビューティーな女性がそこにいた。プロポーションもよく、スーツの上からでもハッキリと分かるたわわに実った果実に目線が奪われる。俺はハッとして視線を上げ、自己紹介をする。


「私、田所 学と申します。本日は宜しくお願い致します」


 職務経歴書を差し出し、不躾な視線を当てたことを後悔しながらも本気でこの会社の面接を受けようかと考え始めていた。男とはそういう性なのだ。


「これはご親切にありがとうございます」


 金髪の女性は流暢な日本語で職務経歴書を受け取り、サッと目を通すのが見えた。今になって職務経歴書の文字が汚かったか、誤字は無かったかなど、職務経歴書が与える印象について考えが過る。

 金髪の女性は特に表情を変えることなく「私が本日、面接を担当させていただきます、ユリア・フォーキングと申します」と名乗った。ユリアさんか。俺はこの女性の名前を心に刻み込んだ。

 ユリアさんは応接室に案内してくれた女性に手を向け、「こちらが――」と言いかけたところで、「面接補佐の館花たちばな すみです。本日はよろしくお願い致します!」と喰い気味で割り込んできた。クールビューティーなユリアさんに、元気あふれる館花さんか。俄然やる気が湧いてきた。

 今までの人生で甲乙つけがたい美女が目の前にいることで、俺は面接とは異なる緊張感に包まれた。振り返ってみると今まで女性との接点も皆無だったしな……。


「どうぞ」ユリアさんが椅子に手を向けて一言。

「失礼します」と俺は椅子に座り、面接官のユリアさんと面接補佐の館花さんと向かい合わせになった。ユリアさんは職務経歴書を机の上に置き、「これより面接を始めます」とまた一言。

 俺の緊張感はこの日最大になった。これからの面接次第で、この美女2人と一緒に働けるかもしれないのだから。


「さて、本日は勇者の求人にご応募いただき、誠にありがとうございます」


 俺の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。勇者の求人ってなんだ?

 2人の美女に現を抜かして忘れていた。ここは勇者を募集している変な会社だということを。


「では早速ですが、まずは勇者に応募された経緯についてお話願えますか?」


 勇者に応募した経緯ってなんだよ。俺は今になって面接の練習だなんて考えは浮かばなくなっていた。俺が前夜に考えていたテキトーな面接シミュレーションなど頭の彼方へと飛んで行ってしまった。兎に角、今の俺は目の前にいる2人の美女の落胆した顔が見たくない、その一心で頭をフル回転させた。そして出した答えが、


「私、小さいころからロールプレイングゲームで遊ぶことが多く――」


 どこからか客観的に自分を見つめる俺から「我ながらアドリブに弱いな、辟易する」と罵声を浴びながらしどろもどろに答えていく。そんなことを言うならお前がやってみろよと自分自身に対して文句を垂れる。


「ろーるぷれいんぐ、げーむ?」ユリアさんが首を傾げた。

 真面目一辺倒だったに違いない、クールなユリアさんはゲームというものを知らないらしかった。すぐさま館花さんが耳打ちをした。すると、


「なるほど、すでに勇者のご経験がおありでしたか」

 ユリアさんの目がキラリと光るのを感じた。職務経歴書になにやら書き込んでいるのが見えた。


「ちなみに小さいころからと言いますといくつ位からでしょうか?」

「大体、10歳前後には……」

 俺は初めてプレイしたRPGを思い出しながら答えた。


「なんと!」

 何故か大げさに驚くユリアさんだった。


「ちなみにですが、魔王討伐なんてことをやり遂げたことはあったりしますか?」

 目を煌めかせながら前のめりになって食いついてくるユリアさん。

 その体勢は強烈です。

 胸が目の前に迫ってきているため、若干、下半身に熱が集まるのを感じながらも俺は冷静さを装いながら質問に答えていく。


「そうですね、今までのクリア数からすると両手で数えるくらいの魔王を倒しています」俺は過去にクリアしたRPGの数を数えた。


「なるほど。これは、もう……」

 ユリアさんが同席している館花さんの顔を見た。館花さんは相変わらずニコニコしていたが、力強く頷いていた。


「田所 学さん……、当社は貴方を採用致します!」

「はっ?」

 俺の聞き間違いか、採用と言われた気がしたが……

「貴方は私共が待ちわびた勇者様に違いありません! さぁ、こちらへおいで下さい」


 ユリアさんは立ち上がると俺の手を取った。ひんやりとした綺麗な白い手だった。

 女性との接点があまりもに少なかったため、この程度で顔を赤くしてしまう。俺はユリアさんに手を引かれるまま応接室を出て、更に部屋の奥に連れていかれた。そこには幾何学模様なのか魔法陣なのかよくわからない模様が描かれた一枚の扉があった。


「さぁ、学様こちらへ――」

 ユリアさんがその扉をゆっくりと開けるとまばゆい光が俺を包み込んだ。

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