本番前の控え室

 知佳は部活の定期演奏会のためにコンサートホールに足を運んでいた。今日のコンサートホールは知佳の所属する吹奏楽部が貸し切っている。演奏会のチケットはすでに完売。開演前の控え室では、本番を間近に控えた部員達が自由に過ごす。


 一年に一度、年度末に開催される定期演奏会は部の恒例行事。一年生にとっては今までの成果をお披露目する意味合いもある。今日は日々の練習の成果を今こそ見せる時。気合いが入る分緊張も大きい。


「緊張してきた」

「ゲームでもして気を紛らわせたら?」

「ゲーム機なんて持ってきてないよ」

「スマホがあるでしょ? いつもやってるゲームでもやったら?」


 知佳は何度も楽譜をみたり演奏会の流れを確認したりと落ち着かない。本番までの時間を何度も見てはキョロキョロとしている。実は今日は知佳達一年生にとって初めての定期演奏会。大舞台に慣れていない知佳は、同期に呆れられるほど緊張していた。


 あまりに落ち着かない知佳を見かねて同期の子がアドバイスを一つ。言われた瞬間は「本番前にゲーム」なんて、と思った。しかし緊張でガチガチなまま本番に出るよりマシ。そう考え、スマホを探し始める。


 だがここで問題が生じた。手荷物の入った鞄を漁ってもスマホが見つからないのだ。制服のポケット全てを探すが、そのどこにも入っていない。


「スマホが、ない!」


 動揺した知佳は何を思ったのか部屋のゴミ箱を漁り始める。かと思えば今度は控え室のクローゼットの中を確認。さらには履いている靴の中を確認する始末。そんなところに入っているはずがないというのに。


「どうしよ、スマホ失くしたかも」


 知佳は混乱したまま同期に呼びかける。スマホがない。連絡は出来ないしゲームも出来ない。写真を見ることも音楽を聴くことも出来ない。現代っ子の知佳が焦るのも無理はない。だが、同期達は互いに顔を見合わせて笑い始める。


「ねぇ、知佳。あんたが手に持ってるそれは何?」


 同期に言われ、知佳は慌てて手元を見る。その手には探していたスマホがしっかりと握られていた。実は知佳、何度もスマホで時間を確認していたのにそのことをすっかり忘れていたのだ。


 スマホが見つかった安堵感から、知佳は机に突っ伏してしまった。かと思えば先程までの緊張が嘘のように笑い始める。スマホ紛失騒動で一気に緊張が解けたのだ。知佳の騒動に控え室全体が笑いに包まれた。

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千の文字を越えて 暁烏雫月 @ciel2121

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