〇 俺だって放送部員だ(下)

それからというもの、俺は何かに取り憑かれたかのように努力を重ねた。ミキサーの先輩片に隙あらば番組作りに関する話を聞き、部活中に暇あらばカメラや音声レコーダーの使い方を練習した。


「先輩、このカメラでホワイトバランス?って奴を調整したいんですけど、どこを操作すればいいですか」

「あーね、これはこの丸いスイッチあるじゃん?ここをまず押して、そしたらメニューが開かれるから――」


「先輩、人物の写真をとる時って顔の位置とか、画面の配置について工夫しなければならないんですよね?」

「ああ、確かにそう教えたね」

「では他に注意する点はありますか?」

「他に注意する点?そっかあ、それなら背景に気をつけるべきかな。背景は写真をとる時に見落としがちなんだけど――」


俺にとって、先輩達から聞いたこと一つ一つが新鮮だった。普段何気なく見ている番組は、実は多くの努力や工夫やアイデアで成り立っていて、一般人である自分たちは番組が毎日放送されているが故にその事実を見過ごしているのだと。


「放送部って凄いんだな……」

大体、放送部は単にアナウンサーの集合体であるのだと勘違いしていたのはそもそも俺自身だ。そして俺自身を含む社会全般だ。


なんだよ。誰がそんなことを決めたんだ。こんなにもミキサーって連中は影で練習して、努力して、一つの目標に熱くなっているのに、何故誰も気づかないんだ。

世間には様々な部活の青春を描いた創作物が存在している。でもそれらに「放送部」を取り上げているものは比較的少ない。野球部。吹奏楽部。軽音楽部。そしてそれらばかりが目立ってしまって放送部は陰に隠れている。


これで、いいのかよ。


もちろんのこと俺の気のせいかもしれない。偏った見方で社会を眺めているかもしれない。世間にはもっと評価されて然るべき物が溢れていて、それらに比べれば放送部の知名度の無さなんて問題にするレベルではないのかも知れない。


でも、俺は知った。放送部が、ミキサーが、どんなに努力しているかを。どんなに命を掛けているのかを。知った。


「あーあ。これは辞めようと思っても辞められないぜ」


思わず苦笑いを浮かべてしまった。三條寺先輩から感じた戦慄の正体は三條寺先輩自身だけでは無かったのだ。俺はひょっとしたら予感していたのかもしれない。知ってしまえばもう後戻りできないような真実を。さながらギリシャ神話って奴に出てくるパンドラの箱のような、真実。


知った以上、俺はもう諦めたりしない。他の部員に自分が劣っているなんて考えたりしない。もしも放送部の熱を誰かに伝えたいのであれば、俺がまず誰よりも部員らしい部員になるべきだ。


俺の役割が、その時やっと見つかった。



~・~・~・~



俺だって放送部員だと胸を張っていこうと、決意を固めたのは丁度先輩に言われた通り1ヶ月経った時ぐらいである。それから今までまた数ヶ月は過ぎた訳だが。


結論だけ先に言わせてもらおう。


疲れた。


取材前にしっかり固めたハズの決意を再び固め直さなければならない程に。


「では、喜多川きたがわさんにとって落語とは何ですか?」


「そーですねー、ワタクシにとって落語とは、オホン、ずばり生き甲斐ですなぁーっ」


画面の中の喜多川さんが仰々しく咳払いする。俺は画面の喜多川さんの動きが大きくて、ついついヒヤヒヤしてしまう。画面からはみ出されては元も子もない。映像が番組作りに使えなくなる可能性もある。


慎重にカメラを動かして、喜多川さんの動きが画面から飛び出ないように調整する。隣の先輩はマイクを構えて俯きがちにウトウトと――ウトウトと!?


「(先輩、先輩!起きてくださーい)」


小声で話しかけながら先輩の肩をつつく。

基本、レコーダーのマイクは先端から音声を拾う。ごくごく小声なら音声が入ることは無いはずだ。


「(んん……ん?)」


先輩はなんとかウトウト状態から脱して、現状を再読み込みしたらしい。少し慌てた表情になった後で、こちらを軽く睨んできた。三白眼がヤンキーの様な顔と相まって恐ろしい。


(いやいや、俺は先輩の命の恩人ですよ)


居眠りしかけていたせいで録音が上手くいってなかったら、どれほど番組チーフに怒られていたか想像がつかない。


かく言う俺も本当に疲れた。休日に取材しているのも平日だけ部活していたのでは番組制作が間に合わないからだ。自分で提案したこととはいえ、本当にしんどい。


この番組制作で特に高校生を対象にした都道府県の大会に向けて準備している時は、ひたすら忙しくなる。部活動終了時刻ギリギリまで音声の書き出しを行い、番組の構成を話し合い、映像のチェックや編集を行い、取材出来るかどうか電話で確認して、BGMはどんな物を使えばいいか検討して……etc。


ハイペースで続いていく毎日。当初の俺はなんとかかんとか気合いで他の部員より努力を重ねる習慣を続けていたが、一昨日くらいにとうとう諦めた。神様が居れば俺の努力を無償で保証してくれるだろう。


そんなことをつらつら考えていると、先輩に肩を叩かれた。


「(何をボーッとしているんだ後輩。質問なんかしろ)」


事前に取材者に対する質問は話し合って決めているが、それとは別にその場で思いついた質問を最後にする。相手の話を聞いた上で疑問を感じた所をより鮮明に理解する為だ。


何も考えていなかった俺は最初慌てたが、ふと自然に湧き上がってきた問いがあった。


「――あの、喜多川さん」


「はい」


「落語は現代において、昔と比べて注目度が薄くなっていますよね。このことについては色んな意見があると思いますが、では喜多川さんが落語を始めた理由に『落語をもっと知ってもらおう』とか有りますか?」


口に出してヤバイと思った。落語を始めたきっかけは既に聞いていて、理由として親の仕事である落語を継ぎたかったと話されていたことを思い出したからだ。


これは後で先輩に怒られるかも…とビクビクしていたが、少し考え込んでいた喜多川さんが顔を上げて話し出すと何もかも忘れて聞き入ってしまった。


「ワタクシ…いえ、わたしは……先程も申しました通り、落語を親から継ぎたかったという事もあります。しかし落語が日常だった私にとって、小学校に進学した時は落語の話題をよく持ち出したものですが、周囲が落語を知らなかったことはショックでしたね。」


微笑を浮かべた喜多川さん。これまでの取材では「ワタクシ」という一人称で通していたのに、急に「私」になっている。


「実は親から、『落語なんぞ継ぐな』と言われたこともありました。これからのご時世、落語がどうなっていくか分からない。お前に何か別の夢があるのであれば、無理に落語を継ごうなんて考えなくていい。そういうことでしょうね。でもその時には既に関係なかったんですよ。親の職を継ごうなんて意思は単なる発火点に過ぎなくて、自分自身が落語をもっと知って欲しいとか、後世に遺したいとか、思っちゃったんですよ」


ああ、俺の決意は本物なんだ。喜多川さんが少し照れた様子で告げた話を理解した時、何か暖かい気持ちがじんわりと胸の内に広がった。


「あ、そろそろ時間ですね。この後は忙しいので。ではありがとうございました」


「喜多川さん。こちらこそお時間頂きありがとうございました」


「それではワタクシは帰りますねー」


あっさりと挨拶を交わす。必要な書類に名前は書いてもらっているので、ペンを渡す必要も無かった。


「後輩よー。初めは後輩が取材内容聞いていたか内心ヒヤヒヤしたけどよ。喜多川さんからあんな話を引き出すとは大手柄じゃないかー」


滅多に褒めないことで定評のある先輩から賛辞を貰って思わず面食らう。あの質問は偶然思いついただけだったのになあ……。


カメラを片付けながら後ろを見ると、伊坂井いさかいさんもこちらを見て微笑んでいたので俺の心臓スーパーブレイク。ズッキューン。


(うわあああぁぁぁぁ)


伊坂井さんの笑顔が頂けただけでもう他のことはどうでもいいです!俺一日頑張った!これからも頑張ろう俺!


スキップしそうな両足を抑えつけながら、三脚の留め金を全て外して一気に畳む。


カシャン、カシャン、カシャン。


三段階の脚ロックがぶつかり合って、心地よい音を奏でた。

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【一話完結】とある放送部の日常 鷹宮 センジ @Three_thousand_world

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