〇 俺だって放送部員だ(上)

「何でこんなことになったんだか」


俺はため息をついて三脚をたてる。水平方向になるように調整してから、上部の部品を外してネジをビデオカメラの底部に留める。


「いやいや後輩、これは後輩のせいだろうが。まあ先方の都合も悪すぎだが、幾つか選択肢がある中で『じゃあ文化の日で』とか抜かしたお前が1番罪が重い」


ブツブツと俺の事を「後輩」と呼ぶ先輩──部員の後輩のことを全員「後輩」と呼ぶのでたまに間違える――三枝さえぐさ友宏ともひろは手元の音声レコーダーのスイッチを入れて、正常に録音できるか確認している。


「そこの後輩。ちょっと喋ってみろ。何でもいいから」


「はっはい」


隣には放送部1年生で最も可愛いと噂の伊坂井いさかいさんが緊張した様子で深呼吸している。これが初めての取材なのだから緊張しているのだろう。パイプ椅子に座ってソワソワしている。


「えー、本日は晴天なり本日は晴天なり。湿度温度異常なし。敵影なし」


「おいおい後輩、ここは戦艦じゃないぞ?緊張しているのは分かるが気を緩めるくらいがちょうどいいと思うぞ」


「はいっ、分かりましたっ」


キリッとした顔で返事したようだが、顔の筋肉がまだ少し強ばっているのが一発で見て取れる。これには俺も苦言を呈さない訳にはいかないだろう。


「いっ伊坂井さんっ?だ、だだだ大丈夫?緊張しっしてるでひょ?」


………………俺ェ。


「後輩。お前の方が後輩より緊張してるぞ。だよな後輩?この後輩が情けないとは思わないか?」


「クスっ……あ、はい。何だか渡会わたらい君が緊張しているのを見ると落ち着きました」


俺が情けないかと質問されてストレートに肯定した伊坂井さんにかなりのダメージを受け、直後に「渡会君を見ると、何だか落ち着くの♡」(若干フィルター補正入り)と言われて復活した上に活性化した俺。無敵だ。


「時間だとあと10分くらいで喜多川さんが来る。去年も取材した相手だが、時間にはとても厳しい。1時間で取材切り上げになるからそこは注意していこうな、後輩諸君」


「了解です」

「はい」


これから始まる取材でヘマなんてしない。僕はビデオカメラのホワイトバランスを微調整しながら決意する。放送部員として少し遅れたスタートを切ったからといって、そして放送部の花形であるアナウンサーと違って裏で頑張るミキサーだからといって、若干距離を置かれている現状をどうにか変えてやるんだ。これで何回目の決意か忘れたけど、決意することは大事なはずだ。


「おい、時間だ。喜多川きたがわさんがもうすぐ公民館に来るから迎えに行くぞ。後輩諸君」


その言葉に慌てて俺と伊坂井さんが立ち上がる。「取材対象に失礼の無いようにする」というのは基本中の基本である。


~・~・~


俺はこの放送部に、他の人から遅れて1ヶ月ほどで入った。


きっかけは俺の悪友である冴霧さえぎりだ。冴霧とは中学校の頃からの知り合いで、よく一緒にイタズラしたり遊びに行ったりしていた。流石に受験直前に「ゲーセン行こう」と誘われた件では肝を冷やしたものの、冴霧との思い出は楽しいことばかりだったし、遊びに行く時には必ず付き合っていた。


冴霧のことが嫌いな人はよく見かけたし、俺も冴霧の名前通りに他人の話を遮ったり神経を少し逆なでしたりする一言はダメだと思っている。でもそれ以上に冴霧は友達になるととても素晴らしい人間として接してくれるという良い点が大きい。


――宿題?いいぜ写させてやるよ。これが最後だぜ?

――お前カラオケ上手いよな~。もっと歌に自信もっていいと思うぞ?

――Happy Birthday渡会少年!サンタはもう来ないかもしれないが冴霧なら誕生日に毎回プレゼント渡してやるぜーー!!サンタより勤勉な俺を是非褒めて欲しいね!


……今になって思い返すと冴霧の友情がヤバい。良い奴過ぎて何か後光が見える。


と、とにかく俺はその冴霧に誘われて放送部に入った訳だが、俺の想像以上に放送部というところの友達でも無ければ同僚でもなくクラスメートでもない、独特の結束力のようなものに戸惑った。


当初は俺の入る余地は到底ないと思っていた。せっかく俺の最高の友人である冴霧に誘われて入部したというのに、これではそのうち部に入り込めず退部してしまう。


少し憂鬱な気分で何となく渡されたカメラで写真撮影の練習をしていると、誰かに肩を叩かれた。


「ん?何か用ですか三條寺さんじょうじ先輩?」


缶コーヒーを左手に持って、ニコニコ笑っている先輩は重ねて俺の肩を叩くと言った。


――見たところ、放送部に入部してから今まで、みんなの輪の中に入り込めていないんだろう?そりゃあ今までの人間関係とは距離感が違うからね。戸惑うのも無理はない。


いきなり悩み事の核心を付かれて俺は狼狽えた。三條寺先輩の黒い黒い瞳が俺の目から脳内まで貫いているかのような、全てを見通されているかのような錯覚に陥る。


――別に全部を見通している訳じゃないけど、まあ、僕は昔から人間観察において人並み以上の自信があるんだ。ともかく渡会君がこの部活に溶け込むためには、まず認められることが大切だ。このままズルズルと退部して勿体ないとは思わないかい?自分が熱心に取り組める情熱的な青春とやらを味わいたい。そうだろう?


コーヒーの匂いがする息を吹きかけられた俺はゾクッと身震いした。悪魔から取引を持ちかけられたような気分だった。


――君と他の1年生との違いはたった1ヶ月。されど1ヶ月だ。当然何もせずに過ごしていてはその差は埋まらない。ならどうするべきか?行動すべきなんだよ。何でもいいから、いやむしろ何でもかんでも我武者羅に1ヶ月くらい頑張るんだ。1日2倍の成果を得られれば簡単に埋め合わせてお釣りも来るだろう?とにかく、やってみるんだ。冴霧さんの為にもね。


何も出来ずに固まっていた俺の肩をまたポンと叩くと、口だけしか笑っていない三條寺先輩はゆっくりと校内に立ち去っていった。

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