【一話完結】とある放送部の日常

鷹宮 センジ

★ 千里の道も一歩から

「先輩、先にあがります」

「おう、上がっとけ上がっとけ。喉は大事にしとけよ」

「はいっ!」


僕は一通り練習したので、独自の練習法でまだ発声練習を続ける先輩に断って先に部室へ帰る。


僕の名前は黄桜きざくら よう。放送部所属の高校一年生。現時点で入部して3ヶ月になる。


僕は素人として部の新入部員になり、何も知らずに朗読部門専門のアナウンサー(通称:読み専)になったのだが、少し朗読が得意なつもりだった僕にとって高校の放送部は衝撃的だった。特に、今までの人生で1度も触れたことのなかった「朗読に命を懸けた高校生の読み」を聞いた時は、背骨に切れた電線からの漏電が突き抜けたような気持ちになった。いや、そんな経験は無いけどあったら多分そんな感じだ。


「そして私は、彼女にこう尋ねる。

『何で私のリンゴを全部食べちゃったの?』

それを聞いた彼女は、目をまん丸に見開いた後に、何か悪い夢でも見たかのような真っ青な顔で言った。

『リンゴはリンゴでしょ?何で私が食べてるの?』」


……お題になった小説の内容は全く分からなかったが、とにかく全国大会まで上り詰めたという3年生の先輩の読みをCDで聞いて、ああ、これは自分の読みがもう子供の遊びだったとしか思えないなと理解してしまった。


そこに夢が現実の風景として立ち並ぶようなそんな幻想的な体験をした。「私」「彼女」「リンゴ」のそれぞれが、目の前で本当に疑問を抱いたり誰かに齧られたり真っ青な顔をしているかのような……。臨場感、と言い換えるのが正しいかもしれないが、本当の所はそれ以上の強烈な意味を持つ言葉を当てはめたかった。


とにかく僕は、生半可な気持ちで入部してしまった事を後悔してしまったのだ。


それでも、この話を先輩達の中でも僕が1番信頼している先輩――三條寺さんじょうじ先輩にすると、先輩は気さくにアドバイスをくれた。


――アッハッハ、黄桜君。放送部に入部する奴のみんながみんな、放送部に入ることに対して何かしらの大義を持っていると思っているのかい?もしそうなら、それは違うと否定するね。現に僕も、去年の今頃は思っていた放送部と大分雰囲気が違ったから戸惑った覚えがあるよ。でもそれは結局、慣れさ。慣れればどうってことない。


手元の缶コーヒーを一口飲んで、三條寺先輩は言葉を続ける。


――例えばだよ。このコーヒーだって僕は生まれた時から好きだった訳じゃない。初めて飲んだ時だって『これはなんて苦い飲み物だっ!』って放り出したりしたものだよ。でも、口ではそう言いながらも結局は病み付きになって、今では1日に3本は缶コーヒーを飲む始末さ。そしてそうなった原因は多分、コーヒーに苦味以外の何かを初めて飲んだ時に感じたからさ。君も初日で辞めたりしていないってことは、要するにこの放送部から感じるナニカに心惹かれたってことさ。


空になった缶コーヒーの底面を向けて、こちらに突き出す。


――取り敢えず、心から辞めたいと思うまではここに居てみなよ。黄桜君。そしてもしも一週間以上ここに居着いているようなら、自分がここにいる理由を自分で探してみなよ。


僕はそれに頷いて、それから部活に戻ったのだったか。


アレから一週間が今日で過ぎる。僕は自分の才能なんて端から信じていないし、自分が努力家でもなんでもない事なんで百も承知だ。


でも、ここにあるCDを聞いて気が変わった。


ラベルには「梅鴉うめがらす 新入生 初録音」と書いてある。この梅鴉先輩こそが、僕が衝撃を受けた先輩だったのだが、その音声を聞いて今度はとんでもないギャップに驚いてしまった。


「えー、何で私が朗読なんて……向いてないよー」

「まあまあ、これ練習だから。記録に残したりしないって」

そういう雑談が疎らに聴こえてから、椅子を引く音が響く。

「じゃあ…これだけ読むねー」

そう前置きして始まった朗読は、何とも言えない微妙な印象だった。その印象は、まるで自分が同じようなノリで録音させられた初めての読みのような下手くそな感じ。


(時々滑舌が悪いせいか、言葉がつまってるし。二分程度で読む条件は新人の初読みでも変わらないのに三分は軽くオーバーしてるし、抑揚もメチャクチャで聞き取りづらいし)


はっきり言って、今の自分の方が上手く読める。


でもこの先輩が練習を積み重ねて、全国大会までのし上がったの事実。


(あー、これか)


これだったのだ。自分が放送部にまだいる理由。自分は、この会ったことも無い先輩の朗読に打ちのめされたと同時に負けたくないと思っていたのだ。でも、そのあまりの差に心が折れてしまっていた。


(でも、今は)


このCDを聞く限り、僕は先輩に負けている訳じゃない。先輩がどれほどの努力を積んだかは知らないけど、それでもこの僕でも手が届く所に、先輩はいる。


なら自分はそこに向かってかけ出すのみだ。初めての読みが僕と大差ないほど下手くそだった先輩より努力を積めば、僕だって全国大会に行ける。


心に微かに燻っていた闘争心は無駄じゃなかった。いや、むしろ絶やさないで良かった。


全国を目指して、僕は今日も練習する。


まずは今から二週間後の校内予選で上位になる。先輩も加わって開かれる予選大会は、部員や顧問の先生から講評が貰えるので今後の方針に役立てることが出来る。


自分の全力を、努力を、みんなに認めてもらおう。


部室へ続く階段を一段飛ばして駆け上がる。


その一歩一歩が、自分を目標まで近づけてくれると信じて。

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