記憶列車

いおリンゴ

零駅目 また明日、

10月20日 午後17時40分を少し過ぎ、蒸し暑かった夏も終わり日も短くなって冷たい風がダウンコートを突き刺す。「うぅ、だいぶ寒くなってきたね」

僕はそんな彼女の言葉を無言で頷く、いつもデートの帰りは僕が家まで送るのだけれど、今日、この日は前日の徹夜の疲労が頂点に達していた。いや違う、

疲れもあるけど、正直面倒臭くなってきたのである。そう、彼女、ユメに対する気持ちが4年付き合って初めの頃より新鮮味がなくなってきたのが事実である。とにかくこの日は彼女を駅のホームまで見送ることにした。ちょうど僕は反対側のホームの電車がいつもの帰宅路だった。二つの線路を挟んでお互い反対側のホームで、まるで絵に描いたようなシュチュエーションである。

そして彼女の乗る電車が先に着いたので窓越しで向かい合わせになりながら手を振って見送った。彼女も大きく手を振って、にっこり笑いながらゆっくりと進む電車に乗せて、線路の奥へと消えていった。彼女の別れ際に見せたその笑顔は、作り笑いでもなく、習慣だからでもなく、僕が彼氏だからでもなく。少し寂しそうな眼差しだが、ただ一人の、大切な人として内側からでる一点の曇りもない笑顔だった。彼女を見送った後、急ぎ足で帰路に着いた。全ての疲れから解放されたかのような脱力感、シャワーを浴びて冷蔵庫からキンキンに冷えたたコーラを取って、リビングのソファに腰を下ろしテレビをつける。誰が得をするのか分からないバラエティ番組、昔ながらの教育番組、どれも興味を引くものはない。ただなんとなく、夕方やっているニュースをつける。近所の交通事故や行方不明の少年の事件といった、(いたって普通のよく流れるニュースばかりだ。)っと思っていたその時、

とても信じられないような映像がテレビモニターから否応なしに飛び込んできた。「本日午後18時ごろ、荒浜駅を出発した電車が他車両と衝突し脱線、横転し死者25名けが人132名との情報が出ております。なお原因は未だ不明で作業員による復旧を急いでおります。」見覚えのある電車が横倒しになって映っている。さっき彼女が乗っていた車両だ、慌てて携帯を取り電話をかけるが、中々繋がらず携帯を耳にあてたままテレビの方に目をやると、死亡者25名の名前と顔写真が並ぶ中、見覚えのある顔がそこにあってはならない名前と写真がそこにはあった。

「ユメの名前だ、」驚きのあまり携帯を地面に落とし両手でテレビの両端を掴み、何度も名前を確認する。息遣いが荒くなっていく、ただこの事をこの目で確認するまで呑み込むことができず、急いで玄関を飛び出し、自転車に乗ってニュースで流れていた事故現場へと向かう。

荒々しい息づかいで現場らしき所に着くと、黄色い立ち入り禁止のテープが線路脇の入り口に貼られ、警察官の見張りが立っている。テープの奥に見るも無残に横倒しになった車両がある。車両先頭部の方に行って見ると。整列された人一人分の大きさの、黒い袋がたくさん並べられていた。袋の表に名前が書かれており

どうやら電車に乗って被害にあった乗客の死体袋なのは見てすぐにわかった。整列された死体袋の中を歩きながら彼女の名前を探す。通路になっている所の右奥の方に彼女がいた。というより正確には置いてあった。唾を飲みながら震える両手で袋のチャックを開ける。そこには目をつむったままの彼女の体があった。手を握ると冷たく顔も青白い。その瞬間、ようやく目の前の現実が理解出来た。いや、理解せざる負えなかった。理解はしたが納得はしていない。これっぽっちも、

「な....なんでっ!」

歯を食いしばり眉間にシワを寄せながら、後から涙か目の奥からこぼれてきた。「ぐっ....ううぅぅああああ!」

ようやく理解した現実は、重く体全体では支えきれないほどに、重くのしかかってきた。こっそり入ったとはいえ、あまりの大声での叫びだったので、警備委員や駅員が僕を後ろから掴み彼女から引き離した。

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