第43話 『いずれフーリは地に満ちる』

※こちらは『家父長制アンソロジー 父親の死体を棄てにいく』に寄稿した作品へのあとがきです。

 カクヨムでは読めない作品に関する文章なので、当初はこことは別のサイトで公開していたのですが、何故かそちらに入れなくなってしまいました。自分の文章を自分で読み返せないのはなんとも気持ちが悪いので、こちらで再公開することにしました。

 従って、大半の方にはなんのことやらさっぱりな内容になっております。すみません。



 この度は黒田八束様主催による『家父長制アンソロジー 父親の死体を棄てにいく』所収の拙作「いずれフーリは地に満ちる」をお読みいただきありがとうございます。

 まだ読んでないよ、という方に置かれましては、面白い本ですので出来る限り早く読んでくださいとお願いして先へ進めます。

 いつもだらだらと余計なことを語り勝ちですので、今回は要点にしぼってタイトに進めることにします。


【なにで出来ているか】

「フーリ」の物語は、私が接してきた情報やら物語やらを圧縮したものから生まれた滴りであるとも言えます。

 ここではその中でも特に重要だった二つの事柄について語ることにしましょう。


・誘拐婚

 家父長制アンソロジーにお声かけ頂いた時、真っ先に思い浮かんだのが誘拐婚、特にキルギスタンの一部で行われているアラ・カチューと呼ばれる風習についてでした。テレビでこの件を扱ったドキュメンタリーの一場面をたまたま見かけたことがあり、あまりにも怖ろしくて心底震え上がったことが大きな動機となっています。

 そこで『キルギスの誘拐婚』(林典子)という本を読んだのですが、現在は法律で禁じられていることや、誤った伝統として批判もされており、「こんなことがまかり通っている国だと思わないでくれ」と訴えている人もいることなどが紹介されていたので、モチーフにするにとどめました。自分には手に余る題材だったこともありますが、どういった性質のものであれ、ある国の風習を外国人が取り扱う際にエキゾチシズム的な関心のみで取り扱うのは控えねばなりますまい。

 十二歳時点のアジナが、大学に進学する未来を当然のように描いていたのは、『キルギスの誘拐婚』で紹介されていた女性の一人(大学の休暇で地元に戻っていた所を誘拐された)が「本当は今頃大学を卒業して仕事をしていたかもしれない」といった旨のことを著者に語っていたことからの影響になります。

 モチーフから、作品の舞台をかつては交易で栄えていたような歴史ある都市とその周辺ということに決めました。なんとなくシルクロード沿いの都市といった雰囲気で、具体的なモデルなどは特にありません。


・『グレイス・イヤー』

 キム・リゲット『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』という小説があります。

 強烈な家父長制が支配する社会で生きる十六歳の少女たちが理不尽な掟により、猛獣や少女たちを狙う密猟者が潜む物騒な森の中でのキャンプ生活を強いられるというディストピアサバイバル小説です。二〇二三年度の本屋大賞翻訳小説部門第三位にも選ばれたそうです。

 大人になれば例外なくまともな男たちの妻になり母親にならなければならぬと定められている社会、少女たちの集団で発生するいじめ、その肉体には様々な薬効があるという迷信から密猟者に命を狙われる少女たち(ちなみに密猟者は男たちの社会から様々な事情で脱落した男性たち。去勢されてることが多い)、次々と脱落し命を落としてゆく少女たち──と、若干ゴシック趣味の漂うグロテスクなイマジネーションがほとばしる暴力描写で読者にページを捲らせながら、家父長制への怒りと女性たちの連帯を訴える、エンターテイメント性とテーマ性に優れた小説です。少女の一人称による小説なので読みやすく、翻訳小説が苦手な方にも比較的読みやすい一冊だと思われますので、機会があれば手にとってみてください。おそらく本国ではYA小説として刊行されているものではないかと思われる作品でもあり、少女小説やライトノベルの感覚で読めます。

 本の宣伝はここまでにしておきましょう。実はこの『グレイス・イヤー』という小説に対する私からのアンサーが、「フーリ」の主成分のうち一つでした。

 というのも、優れた小説である点には異論は特にないものの、本作にはどうしても受け入れがたい点があったのですよ。それを語るとネタバレせざるを得ないので詳細には語りませんが、「異性愛要素が強すぎる!」とだけ申し上げておきます。……いや、異性愛が強すぎるだけなら私の好みの問題で済むのですが(それに少女読者を想定しているだろうYA小説に「異性愛が強すぎる!」って文句言うのは、少女漫画に対し「イケメンとの恋愛がそんなに大事か!」と文句言うようなものですので、まあまあ不毛です)、終盤に「お前ちょっと、それは無ぇよ」となってしまう所がありまして……。そこをつつきだすとキリがなくなりますのでもうやめておきます。気になったら是非ご一読ください。

 ともかく、『グレイス・イヤー』に対する割り切れない感情が自分の中では無視できないものであった為、アンソロジー参加のお声かけを頂いた時、これを核にした物語を作ってみたくなったのですよ。

 いざ書いてみると、アジナやフーリのキャラクターに『グレイス・イヤー』の主人公ティアニーの要素が多少残っているくらいで、結果的に似ても似つかない物語になりましたが。

 

 他にも、マアザ・メンギステ『影の王』、マルジャン・サトラピ『刺繍 イラン女性が語る恋愛と結婚』、ダリア・セレンコ『女の子達と公的機関 ロシアのフェミニストが目覚めるとき』、あと映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」などの影響もあって形になったのが本作です。



【登場人物】

 以下、登場人物について簡単に


・アジナ

 主人公です。親のいうことをよくきく長女気質の優等生で、男親から「お前が男だったらよかったのに」と悔やまれていそうな才気ある少女という点から組み立てたキャラクターです。作中には出てきませんが、設定上では妹や弟が数人いることになっています。元々活発で、主体性がなく保守的な母親よりも聡明で穏やかな父親を慕っていたというところは、先に挙げた『グレイス・イヤー』のティアニーから取り入れた要素です。

 比較的健全な良識とそれなりの責任感を持ち、真面目でどちらかというとツッコミ気質だという、わりとオーソドックスな巻き込まれ方主人公な性格をしています。何気にこういうタイプのキャラクターを主人公に据えるのは初めてだったので動かしやすいキャラクターだとは言い難かったのですが、終盤は結構バケてくれたように思います。

 アジナとフーリは、以前から母親ではなく父親に強い執着を感じる女性や、「女の子ではなく男の子と遊ぶ方が好きだった」と語るタイプの女性の心情に関心があったことから生まれたキャラクターとも言えます。

 当初はもうちょっとSFアニメっぽいヴィジュアルといいますか、「エヴァQ」以降のアスカみたいなコスチュームを着させる予定だったのですが、しっくりこない為にハリー・ポッター的な現代的魔法使いスタイルに落ち着きました。こちらで正解だったように思います。

 「アジナ」という名前は、しっくりくる名前を探しにwebをさまよっている時に見つけたものです。作品の舞台としてイメージしていた所とは少しずれる地域の名前なのですが、イメージにぴったりはまったので採用しました。


・フーリ

 アジナたちが出会う魔神の少女です。

 フーリという種族についてはモデルがあります。フーリーと呼ばれている天女がそれです。どういった存在なのかはwikiなどでお調べください。人類のイマジネーションってやつは……! と大いに呆れること請け合いです。モデルの方のフーリーは何度性交しても処女膜が再生されることになってるそうですが、こちらのフーリは妊娠します。

 変遷の多いキャラクターでして、臨月すぎているのに何故か出産しないので村人から魔神だと認定された人間の少女という設定からスタートしたもののどうも話が転がってくれないので設定を二転三転させた結果、人間の子がお腹の中にいる魔神の少女という形に落ち着きました。本当は誰がどう見ても妊婦だとわかるくらいお腹が大きくなっている設定でしたが、それではアクションができないので、本人も気づかなかったくらい極初期段階の妊婦という形になりました。描きたかったフーリというキャラクターのキモは、「とにかく怒りまくっていて自分を保護しにきたアジナたちにも食って掛かるくらい気が強くてかわいげのない少女」だったので、それなりに満足のいくキャラクターに仕上がったように思います。ちょっとアホの子になったのは想定外でしたが。

 歌ったり踊ったりするよりも戦闘訓練に憧れたという点が、女の子文化より男の子文化に親しみを持っていた『グレイス・イヤー』のティアニーから引き継いだ要素です。

 おそらくフーリはこの後しかるべき処置を受けて回復した後、自分の仲間たちを取り戻す旅に出て、様々な経験を経た後に最終的には「マッドマックス 怒りのデス・ロード」のフュリオサみたいになる、ということになっています。将来フュリオサのようになる少女にしてはやはりアホすぎるしカリスマ性が足りない気がしますが、ローティーンの少女なんてアホで当たり前だよって居直っておきます。

 そういやフュリオサの映画が公開されましたね。まだ見てませんが。


・キルジ

 アジナの護衛兼バディです。人間を攻撃できないアジナに代わって、害意ある人間を駆除する任を担っています(この世界では戦魔女は仕事の際に戦闘能力のある人間とバディを組むということになっています、作中では語っておりませんが)。

 難しいことや面倒なことは人に平気で人に押し付けるくらい図々しい所があるけれど、生来の愛嬌でなんとなく許されてしまう世渡り上手な妹キャラで、姉さん気質のアジナとは相性がいいという設定でした。ただしアジナよりは年上で大柄ということになっています。おそらく十九~二十一歳くらいだと思います。

 頭の中にある空白を虚構で満たしておかないといてもたたってもいられない重度のフィクション中毒で、暇さえあれば古いドラマや映画を観ています。フィクションの供給源を携帯端末に頼っているので、それが使用不可能な状況になるとパニックをおこします。……この辺の設定は本筋に関係ないので詳しく語りませんでした。なお、酒、煙草、薬物の類はあまり好きではありません。

 キルジがフーリに必要以上にキツく当たるにはそれなりに理由がありますが、その辺の事情は機会があればスピンオフとして語ってみたいです。

 自作の中で隙あらば出してしまうタイプのキャラクターだったので、書きやすい人物ではありました。

 名前は完全にフィーリングのみでつけました。


・サバーハ

 アジナの師匠にあたる先輩戦魔女です。大雑把すぎるけれど気風がよくて懐の深い、頼れるタイプのお姉さんです。現在は戦魔女の裏方を務めています。

 予定していたより活躍したといいますか、ぶっちゃけデウスエクスマキナみを帯びてしまったという反省がないではないのですが、陰惨な要素だらけな物語を照らしてくれる貴重な陽の存在になってくれたので感謝の気持ちもあります。

 竜巻の魔神となにやら因縁があるようですが、この辺のことも機会があれば書いてみたいですね。

 名前は、大昔に読んだアラビアの昔話の本に出てきた賢い魔女の名前から取りました。


・老婦人(竜巻の魔神)

 アジナの暮らしていた地域の顔役をつとめる魔神です。それなりの力があるようです。

 人間と交渉する時はに老婦人の姿で現れますが、本体は竜巻です。老婦人のように見えるのは分身ではなく、チョウチンアンコウのチョウチンにあたる部分といいますか、疑似餌と発声器官を兼ねた部位ということになっています。

 思春期未満の人間の女の子が好きらしいです。人間が愛くるしい小型犬に心を奪われるのに近い「好き」だと思われます。

 このキャラクターも変遷が多く、元々は竜巻の魔神の妻という設定でした。元々の竜巻の魔神は、いかにも家父長制の権化のような田舎の頑固なじいさん的性格を帯びた竜巻で、老婦人はその正妻で人間との交渉を担当している夫婦一対の存在という設定だったのですよ。しかし書いているうちに、じいさんに無理やり嫁がされる女の子を書くことに抵抗感が生じ、そもそも田舎の頑固なじいさんなんて書きたくないので筆も進まなくなり、思い切って老婦人=竜巻の魔神という設定に変えた次第です。書いている方としてはこちらが正解だったと思うのですが、読まれた方にとってはどうであったかはちょっと気になる所ではあります。

 なぜこのキャラクターが老婦人の姿をしているのかについては、誘拐婚で攫われた女性をまず迎えるのがその一族の老婆たちだというのが念頭にあった為です。誘拐されて混乱する花嫁をなだめたりすかしたりで、誘拐した相手と結婚するように説得するという……。説得に回る老婆も誘拐婚の花嫁だったりする場合も当然あり、なんとも重苦しくなったのが根幹にあったのですよ。 

 

 以上、本作のモチーフやキャラクターについてでした。


 ここ数年、どうにもこうにも小説どころか文章そのものが書けず、気ばかり急いてしまう日々を過ごしておりました。

 黒田様からお声かけを頂いた時も書き上げる自信がなくて随分迷ったのですが、悩んだ末に参加を決めたのはテーマがあまりにも魅力的だったからです。元々家父長制に異議を唱えつつシスターフッドをやるタイプの小説が好きでよく読んでおり、自分でも書いてみたい気持ちだけはずっと抱えていたのです。このお話を断ったら絶対後悔する! という予感に従って参加を決めた次第です。その結果、なかなか書き上げられず締め切りが守れなかったり、連絡に気づかなかったりというご迷惑の書け通しで、今思い返しても穴を掘って埋められたい気持ちになってしまうのですが……。それはそれとして、この機会をくださった黒田様には改めて感謝申し上げます。

 なんだかかなりの変化球をなげちゃったな、どうしよう……と焦る部分が未だに無いではないのですが、第一稿に対して頂いた「面白かった」というお言葉で今日も生きのびております。


 アジナとフーリはこの後別々の人生を歩む予定ですが、そのまま二度と会わないのか、はたまた再会の機会がおとずれるのかは今のところ未定です。というより、私の気力が戻ってくるか否かにかかっています。

 できればあと一回くらい、彼女らに関する報告ができればよいのですが。

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あとがき集。 ピクルズジンジャー @amenotou

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