第42話 『田舎は嫌い、カメムシがいるから。』

 古民家をリノベーションした飲食店、いつからかうんと増えましたね。丁寧な暮らしを謳う雑誌やテレビ番組などもよく目にします。

 古い建物を見るのは好きなので古民家をモダンにリノベーションした物件などを紹介していたものはついつい見たり読んだりするのですが、緑豊かな農村で素敵でロハス(そういえば最近この言葉聞かないな)な暮らしを営んでいる、大抵都会から移り住んだリノベーション古民家のオーナーさん達への疑問が湧き出てくるわけです。


──あなたがたの丁寧で素敵なくらしっぷりはよくわかった。でも、地産地消で四季折々の恵みを活用するためのいかなる手順よりも教えて欲しいことがある。

──虫は? 虫とはどう共存しているのか? アルミサッシ製ではなさそうなその素敵なガラス窓に網戸があるように見えないが? それでそんなに窓全開にしていたら夏場なら蚊が入るぞ? 蚊ならまだいいけど、秋になったらカメムシの侵入は避けられないぞ?

──それともなんだろうか、素敵で丁寧な暮らしに関する知恵を豊富に持つ方々は、蚊やカメムシに悩まされない暮らしのテクニックをお持ちなんだろうか? そんなものがあるならぜひとも教えて頂きたい。Eテレも特集するがよい。


 こんなくだらないことを考えてしまうのも、自分が田舎で生まれて田舎に育ち、なんやかんやあった末に生まれ育った土地から離れた所の田舎で生活しているが故に、カメムシには何度も泣かされた経験があるからです。あいつら気が付けば部屋の中に侵入してるからな。

 その思いがいつしか「素敵な古民家カフェのオーナーはカメムシとどうつきあってるのか?」というテーマで一編書いてみたいという種類のものに変わってゆき、この度のカクヨム公式百合小説企画用短編のテーマに採用しました。

 かくして本作は誕生した次第です。


 これを書いているのは二〇二三年の八月二日です。本作を書き上げたのは受付締め切りギリギリだった七月二九日あたりだったように記憶しています。執筆には七月後半からとりかかりました。それ以前は、二年と数か月ほどいわゆるライターズブロックを患っていました。エッセイや二次創作なんかはなんとか書けるけれど、自創作が全く書けないという。それは辛く悔しいものでした。まだ完全に回復したとは言えませんが、こうして新しいものを執筆・公開できたことに大きな喜びを感じております。

 カクヨムで新作を公開した時に、作中の裏話などを「あとがき」という形で恩着せがましく公開していたエッセイを書くのも久しぶりです。

 以下、つらつらと本作の裏話などを語ってみたいと思います。


【大人百合】

 私は普段、「魔法を使う十代少女の百合」というテーマで活動しております。理由は単に、それが自分の好きなテーマでモチーフだから、というだけにすぎません。ミステリーが好きな人がミステリーを書き、SFが好きな人はSFを書く。ファンタジーを好きな人はファンタジーを書き……等、そういった事情とまあ同じです。

 とはいえ、それほど若くなく、生き馬の目をぬくであろうライトノベル業界のプロを志しているわけでもなく、少女を主人公にしているものの果たして自分は二〇二三年を生きている十代の女子や少年にウケる小説を書けてるのか? というか、いい年齢してるのに魔女っ子百合小説を喜々として書いてるのってちょっと恥ずかしく無いか? という疑問も生まれるやらなんやらで、いつしか「一度くらい現代社会を舞台に大人の女性たちが繰り広げる、地に足ついてしっとりした百合を書こうぞ」と決意するに至った次第です。此度の公式企画は渡りに船でございました。

 しかし日頃、魔法とか超能力とか根性が悪くてひねくれた少女ばっかり書いているせいか、ごく真っ当でその辺にいるであろう大人の女性を書くのが大変難しゅうございました。そもそも百合やシスターフッドものはよく読むけど、いわゆる社会人百合は好みの範疇外であるという、そんなヤツでありました。ついでにいえば、お仕事そのものが嫌いというナメ腐ったやつなので、お仕事小説にもあまり興味がないです。

 田舎から大学進学時に都会で暮らしている、わだかまりを抱えている母とは基本的には没交渉で「仕事で近所に来たから」という言い訳がないと実家に立ち寄れないという主人公、葵の職業がなかなか決まらずtwitterでウンウン唸っておりました。

 設定決めのあたりでかなり難航したので、大人百合や社会人百合は書きたくないです。


【登場人物の設定】

 ゆるいものですが、登場人物の設定も用意しておりました。以下簡単に。


・葵……

 田舎で生まれ育ち、田舎を嫌って都会に出たという頑張り屋さんです。一九八〇年あたりの生まれで、二〇〇〇年代に学生生活を過ごしています。

 悪い人ではないけれど頑固で保守的な父親との折り合いがよくなく、大小の衝突を繰り返して実力でそこそこ名の知れた私立の大学に合格して独り暮らしの権利等をもぎとったという努力と根性の人ですが、都会っぽいものに憧れる人なのでそういう泥臭い所を本人は嫌っています。少女期には休刊になる寸前の『Olive』を読んでました。小さい時から同性が好きなんだとうっすら自覚があったので、田舎では生きていけないという思いがより強かったのでしょう。あと、言いたいことははっきり言う性格だったので友達は少なかったと思います。

 悩みまくった職業に関しては、あちこち検討した結果外食チェーンのエリアマネージャーというところに落ち着きました。あと少しで本社に帰れることになってます。

 本編には出せる余裕がありませんでしたが、姓は「尾形」という設定でした。そんなに珍しくない苗字という条件という縛りだけ設けてノリで決めたので深い意味などはありません。


・織子……

 現在は葵の実家を改装したカフェでオーナーをやってる女性です。葵と同い年で、同じ大学に籍を置いていました。

 田舎で生まれ育った葵とは反対に、都会の文化資本の潤沢な家庭で育ったという設定です。「織子おるこ」という名前は絵本作家をやっている母がルイザ・メイ・オルコットに因んでつけました(父親は翻訳家か何かだと思う)。十代のころからスローライフ指向で、中高のクラスの女子からは「おっとりしたマイペースな子」だと思われていました。大学入学を期に葵と出会って仲良くなり、カフェ巡りをしているうちに仲良くなってつきあうようになりました。 

 学生時代は森ガールなファッションを好み、少女期の市川実日子さんっぽい外見をしていたのが葵の好みに合致していた……ということになっていました。学生時代ごろまでは面識のない人からは「こだわりの強そうな女の子」だと思われ勝ちだったけど、本人は美味しいものを作ったり食べたりするのが好きなのんびり屋だと自認していました。

 葵のような夢や目標を持って努力するタイプを「すごいなあ」と見上げるタイプでしたが、学生時代に葵の帰省につきあって訪れた葵の実家に一目惚れをして、こういう所で暮らしたいという夢をいだいてから覚醒し、自分の人生のかじ取りを始めます。一旦こうと決めた時の頑固さは葵に勝るし、その際にはどれだけ親しい人でも自分の人生から切り捨てる判断ができる人間です。

 葵にプロポーズを断られたことは彼女の中でもかなりの痛恨事だったのですが、その傷が葵の母と暮らすうちに癒されていて、気が付けば好意を抱いていた……という流れになっています。

 とまあつらつら書いたことから分かるように、本編には最後に姿を現すだけなのに、実は葵より細かい設定のあるキャラクターでした。葵と織子の学生時代を描いた回想シーンもあったのですが、構成と文字数の都合でカットせざるを得ませんでした。非常に残念です。

 もともとは、無害そうな外見に反して本当に欲しいものに対しては一切妥協せず、二人の女を狂わせる底知れないファムファタルっぽいキャラクターをイメージしていたのですが、設定を煮詰めているうちにこんな感じに収まりました。

 織子に関しても苗字は出せませんでしたが、一応「今枝」だということになっていました。「今枝織子」が本名です。文化資本が豊かな家のお嬢さんらしさが良く出せている気がして、わりと気に入っています。

 

・葵の母(佐和子)……

 葵の実家とは別の、似たような町で生まれてのんびり育ち、のんびり高校を卒業し、地元の農協か銀行に勤めた後に夫となる人と出会ってなんとなく結婚し、なんとなく家庭に入り、なんとなく子供を産んで育て、娘と夫の対立に頭を痛め、その後なんとなく舅姑と夫を看取ったという、田舎の平凡な女性ということになっています。第一次ベビーブームのやや下の世代だと思われます。

 自分の人生なんだったのかしら? と思わないでもないけれど、そんなに悪いものではなかったな……と時折考えるようになったタイミングで、織子がやってきて一緒に暮らすようになり、いつの間にかなんとなく関係が出来上がっていました。織子の第一印象は「こんなおっとりしたお嬢さんって本当にいるのね!」で、今は「織ちゃんは本当に可愛いし優しいししっかりしているし、素敵な子」と思いながら過ごしています。

 当初は、ファムファタルに出会ったことで底知れなさを発揮する、流されるように生きていた大人しく名も無い高年女性というイメージだったのですが、会話などを書いているうちに想定よりも賑やかでコミカルなおばちゃんになっていました。

 娘に「葵」と名付けたのは彼女で、夫や舅姑に対して意見を譲らなかったのはこの時だけ、ということになっています(娘にものすごくもっさりした名前をつけられかけていて抵抗した)。少女漫画か映画でみかけた憧れのヒロインの名前です。

 「佐和子」という名前は、ありふれているけれど没個性的でもない名前というところからなんとなく命名しました。


 裏話は以上になります。


 本来想定していた話は、よくある田舎でよくいるタイプの女出会うけれど実は結構ドロドロした過去があるという、湿っぽくて不穏なものを想定していました。昔の彼女がよりにもよって自分の母親を伴侶に選んでいるっていうシチュエーションも、「噂話としては面白いけど、本人にとっては死にたいくらい最悪な失恋ってなんだろう?」というあたりから思いついたものですし。

 しかし書いているうちに、登場人物たちが想定していた域にまでドロついてくれないし、ちょうど例のクィアベイティングに関する件が起きたりしたことで気が変わり、登場人物色々あって皆それぞれ幸せを目指して前向きに生きているという内容になりました。小説の出来不出来に関しては置いておくとして、書いた方としては満足しています。


 あとディスった形になってるグリーンカレーですが、私は大好きです。パクチーも好きです。東南アジア系の料理は大体好きです。ただ、カフェはなんでああもグリーンカレーを出すんだってところが、素敵な田舎暮らしをしている人のカメムシ対策と同程度に不思議だっただけです……。今はもう、エスニック色をそこまで出していないのにグリーンカレーをランチに出すカフェって少なくなってるのかもしれませんが。


 それでは今回はこの辺で。

 次のあとがきは、現在中断している魔法少女百合に関するものでありたいです。

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あとがき集。 ピクルズジンジャー @amenotou

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