彼が彼女になった場合

@Kouhukuriron

第1話彼の人生の相棒が消えた場合

その時、俺の目の前にいたのは美少女だった。

紛れもない美少女。

艶やかに流れる黒髪は極上の絹のごとき輝きをたたえ、ふわりと揺れる度にいい香りを漂わせる。

その肌は陶器のように白く、生まれて一度も紫外線に当たったことがないのかと思わせるほど。

どことなく物静かな、根倉ともとれるような雰囲気をたたえた少女の整った顔を見ると、大きな瞳はさらに見開かれ、小さな口元はあんぐりと開かれていた。

端的に言って、この世のものではない物を見たときのような驚きの表情をしていたのだ。

とても人に見せられる顔では無さそうな表情をした少女の目線は俺の方を向いている。

しかし、それは真ではない。

なぜなら、それは鏡の中の存在だからだ。

その美少女は鏡のなかにいた。

鏡とは観測者の影を反射して写すもの。

-そう、その少女は俺だった。

俺は美少女になっていた。

(―こんなことあり得ないっ!!)

いきなり起こった自らの変化に思考は急激に回転しようとする。

確かに朝起きたら頭重かったけど、それが髪の毛の重さ?なんて夢にも思わないし、そもそも朝起きたら女の子になってましたなんて二次元の出来事だろう。

昨日進学祝いとして親戚が集まり、未成年にも関わらずたっぷりアルコールを入れられたせいで未だに頭がくらくらするのも気づくのが遅れた原因のひとつだった。

 どうすべきか…

まず最初に考えるのは家族のことだろうが、今現状俺は進学と同時に学校近くの親戚のアパートに引っ越しをしたため今すぐに問題となることではないと判断。

すると次に考えられる問題は学校のことか。

学校はもちろん男子生徒として登録されている。

家にある制服も男子生徒のそれであるわけで。

(―誤魔化す…しかないよなぁ…。)

顔立ちも完全に美少女のそれ、体型も背丈はもとからそう高くなかったが、さらに少し縮んだようだった。

いつも寝るときに着ているスウェットのズボンの裾がそれを物語っている。

これ完全にリバーシブルしちゃったのか…?

確かに見下ろした視界には双丘が入るし、なんだか身体のラインも丸みを帯びている。

―それ以前に顔立ちで判断できるけど。

とても誤魔化しきれるとは言いづらい。

確認と言う名目の衝動に刈られるままズボンを覗きこむ

そこにあるはずのソレは実践で使用されるより前に姿を消していた。

やはり決定的に身体は変化してしまったようだった。

生まれてからこれまでずっとそこにあった相棒が姿を消してしまったことに謎の虚無感を感じつつ、次に衝動のままに手が延びたのは自分の胸元だった。

(―男の衝動には抗えない…な。)

どうやら身体は変化しても精神までは変化しきらないようで、興味はつきないようだった―


人間の適応力足るやすさまじいもののようで、しばらくすると自らの身体の変化は受け入れることができた。

いや、受け入れるとは言葉ばかりで、半分諦めのようなものかもしれない。

どうして変化したのかどうかは後で考えることにして、まずは目先に迫った問題を最優先に考えるべきだろうという考えに至ったのだ。

部屋に戻ってきた(今は)彼女は問題のピックアップとそれに対する解決策を考える。

目先に迫った問題は学校のことだった。

男子生徒として登録されているのだし、制服も男子生徒のものなのだから、このままでは学校に行くことすら危ういのだ。

仕方ないから諦めて、などと言う考えは全く浮かぶ事はない。

どうしても行きたい学校だったからこそ、中学校の後半を受験勉強にすべて費やし、大好きなアニメもオンラインゲームもネット友達もなげうってまでこの高校に入学したのだ。

なら誤魔化し誤魔化し行くしかないだろう。

まずすべきは髪を切ることだろうか。

いくら誤魔化すと言えど髪の毛の長さが肩甲骨を過ぎた辺りまであるのではどうにも誤魔化せないだろう。

後ろにひとつ縛りという、髪が長い系男子を装うと言う選択肢も無いわけではないが、その髪型だとどうやっても美少女になってしまう。

男子がその髪型をしているというより、女子が男子の制服を着ていると見られてしまうのだ。

「美少女ってそれだけで罪ね。」

だんだん気分が高揚してきた俺はつい下手の姿見を眺めつつ言葉を漏らし、あまりの恥ずかしさに悶絶する。

どうにも女子になりきって生きるという選択肢は俺のような人種には難しそうだった。

(―こんなことをしているより、まずはこの長い髪を切りに行くことからだな。)

布団の上に戻ってきて難しい表情を浮かべ、眉の間にシワを寄せ、トランクス一枚だけであぐらをかいている美少女の姿がそこにはあった。

女子らしい動きなどは無理だという意識が、少なからずその姿にはにじんでいた。

 

 出掛けるために着替えようとしたとき、彼女は第二の問題点に気づくことになる。

その問題とは、今の自分の身体にあった服装などもちろん持っていないということだ。

持っているものは完全に男向けファッションだし、そもそもこの体だとダボダボだ。

もしフィットするものがあったとしても、それを着て外を歩く勇気はきっとないのだろうが。

しかし、ここは世間の目も気にして中性的な洋服を選ぶ必要が生じるだろう。

最も無難なものをと考え、Tシャツと長ズボンという事にした。

非常にラフな格好だ。

姿見で自らの姿を確認すると、ちょっとズボラな感じがまたアクセントになると言う結果になった。

(―何てこった…美少女って何でもありじゃないか…)

恐るべき美少女の可能性に戦慄を覚えつつ、部屋をあとにする。

 

ある程度荷物をまとめると、早速出掛けることにした。

外へ繰り出すと春の心地よい風が彼女の長い髪を揺らした。

さらさらと極上の輝きを放ちながら揺れる髪だが、本人にとっては邪魔なだけなようで、手持ち無沙汰にかき上げると、耳にかける。

もう片方の手でスマホを弄り行く先を確認する。

通りすがりの男の人がつい二度見してしまうほど「様になっていた」とは彼女は露程も知らないが。

行く先を確認した彼女は取り敢えず行きつけの美容院へと向かう。


 異変に気づいたのは、人通りの多い大通りへと出た頃だった。

いつもは感じない視線をひしひしと周りから感じるのだ。

はじめは、あまりにも服装がダサいために顰蹙を買っているのかとも思ったが、周りからの視線はどうもそうではないようだった。

なんともわからない視線を多く向けられると、人はひどく動揺するものである。

急速に理由の推測をする。

―もしかすると女子になったことで人の視線に敏感になってるだけかもしれないし…気にすることじゃない…か?

嫌でもなんか、もし顰蹙を買ってたら嫌だな…

まぁ、取り敢えず何はともあれ、堂々としてればこれ以上酷い事にはならない…か?

自分の中で一先ずは適当な折り合いをつけると、視線は無視して堂々と歩くことにした。

――しかしその実、その視線とはそのあまりにもラフな格好にも関わらず、その服が高級ブランドの服に見紛えるほどの存在感と、美少女のオーラを醸し出す存在に目を奪われていただけだったのだ。

と、同時になぜあれほどまでの美少女があのような格好をしているのかという推測の目線でもあっのだとは彼女は露程も知らないが。

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