第7話蓮々と羽純
あぁ。よく見える。羽純の日陰が。彼女はいつだって、大袈裟に表情を変えていた。そこに目がいってしまっては。攻撃の初動が見えないのは当たり前だ。
羽純の攻撃を、1つ1つ的確に避けていく。思考が分かるのならば、何も怖くない。こちらの思考が相手にも伝わるが。そんな事は関係ない。羽純の攻撃を避ける事ができるなら。それで十分だった。
「レン。君は逃げる戦法なんて取らないだろ?かかって来なよ」
(この言葉はフェイク。真意は――こっち)
言葉に惑わされず、間合いを詰めてくる足元を見る。
(ッ!バカな!!あの足運びは――)
レンが目を見開いて驚く歩き方。右足を前に。左足を半歩後ろに。踵を上げて―擦り寄る。
「大憑流剣術、一の構え。〈一心〉」羽純は笑う。
有り得ない。いくら思考を共有する魔法だからって、歩き方を理解できる訳がない。
ふと、レンは観客席の後後路を見る。心配そうな顔でこちらを見ている。目が合う。
「―レン。頑張って!!」その言葉は。何度も聞いてきた。嫌になるくらいに。童話が、決してレンに言わなかったその言葉。だが―他の人間には嫌になるくらいに言われた。それでも。後後路のその言葉には、嫌気が差さなかった。それは、彼女の魔法故に。
「〈
〈
「後後路。俺は――。勝つで。誰でもない、自分の為や。それでもええなら。それでもええなら――!!こんな俺でも好きでいてくれるか?」
訛る言葉。それは、童話から受け継いだ口調。御伽のように、似非とはいえ流暢でもない。けれど。これが、レンにできる最大限の抵抗。これで無理なら、諦める。
「〈奥義継承〉―さぁ、終わりにしようや。〈
これも、童話の魔法。レンが憧れた、彼の魔法。
「どんなに強化しても―君は君の魔法のせいで、ボクに思考が伝わる」その通り。そもそも――共鳴連鎖はそういう魔法。一見、メリットがあまり無い気がする魔法だが、それは今さっきまで、の話だ。いくら思考が分かるからと言っても。
〈
「ウォォォォォォォォォ!!」消える。羽純の視界からレンが消える。
「まさか――〈
「――2人か」確かに感じ取った気配。このフィールドには、レン以外にも誰かいる――そんな気がする。
「さて―アンタに伝わっているのは誰の思考だろうな?」そんな声が、脳内に直接聞こえる。
どちらの声か。そんなことを考える暇もなく打ち込まれる拳。よろめいた隙に、膝を蹴り上げて顔面に当たる。鼻の骨が折れる。しかし構わず、レンは。回し蹴りを入れて。軽く跳躍し――踵落とし。床に顔面がつく。だが構わずに、腹部を横から蹴り飛ばす。中に浮いた体。そのしたから拳を突き上げて、遥か高くへと羽純は飛ぶ。レンはそこに跳躍で追いつき、両足で踵落としを叩き込む。勢いよく床に墜落した羽純の背中に、レンは着地する。そこから降りて、羽純の前に立つ。
「大憑流対人戦闘術―蜘蛛。鯨天。鳳墜。3つの接続技だ」
「クククッ!そうか。理解したよ―レン」ここまで反撃を受けても。そこにいる七箸の最強は笑っていた。
「自己流暗殺術」見えない。しかし―ハッキリと分かる。この男はそこにいる。立ち上がり、顔面に向けて拳を突き出す。しかしそれは、彼の顔の右側をかする。咄嗟に羽純は上体をうしろに反らす。刹那――反らした体の上を、音速でレンの拳が通り過ぎる。その衝撃で前髪が揺れる。その隙を狙ってか、レンは羽純の足を絡めとる。バランスを崩すが、手をついて立て直す。そのまま倒立をして足を開いて回し蹴りをする。だがそれは当たらない。まるで歯が立たない。さっきまで自分が追い詰めていたはずなのに。
「理解したんだろ?来いよ」幽体化を解いたレンが徴発的に中指を立てる。
「くっ――そがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!〈ノット〉!!!!!!」それは、羽純専用の戦闘用糸。軍で使うアラミド繊維を加工した糸。その糸が、辺り一面に張り巡らされるそれは―だが。糸という物質である限り――覇刀・逆鱗逆撫の前には無意味。
「終わらせようか」レンは魔法を全て解く。
「〈共鳴連鎖〉を解いた?それじゃあ。こっちから行かせて貰おうか。〈
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」絶叫。あの羽純が。薄気味悪い笑みを浮かべ、余裕ぶった態度の彼女が。そこにいた狂気が、頭を抱えて蹲る程に。レンの頭の中は。混沌と混濁が入り交じり。正気を保っていられない程の――狂い方をしていた。
彼女が蹲っている隙に。レンは刀で。彼女の首をはねた。
「ハァ―ハァ―罪人以外を殺したんは、久しぶりやな」
そして、レンもその場に倒れ込んだ。
*
最初に見たのは。
夕日をバックに、死体の山の上に立っていた男だった。肩から下げたアサルトライフル。手に持ったショットガン。肩に差した日本刀。その男は笑った。
その男は、死体にショットガンを撃ち込み、笑った。そこで視界が暗転して。
次に見た景色は。
鉄臭い部屋の中にいた彼だった。
椅子に縛り付けられ。爪は剥がされ、全身から血が出て、顔は痣ができ、腫れ上がっている。時折、その椅子に流れる電気。氷の入った水をかけられ。歯はとうに全部抜かれていて。そこまでされても彼は笑っていた。
そこで視界が暗転する。
次に見たのは。
薄暗い部屋の中で、死体を解剖している彼だった。笑っていた。何やら話しかけている。その内容まで聞き取れないが、罵声を浴びせているようだ。
その他にも、様々な彼を見た。
強姦。強盗。通り魔殺人。大量殺戮。
かと思えば、一転。拷問を受けたり、自殺したり。もはや何なのか分からない。そもそも彼は誰なのだ。誰なんだ。
イカれている。狂っている。馬鹿げている。
終わっている。どこまでも終わりきっていて。
死にたくなった。
*
「レン――レン!」後後路の声がする。その声に、多少の煩わしさを覚えながら、目を開く。そこは、レンの家。レンの部屋のレンのベッド。
「よかった。やっと起きた」ホッと胸を撫で下ろす後後路。その笑顔が、レンにとって。
「ずっといてくれたのか?」
この世で最も守りたいモノ。
「うん。心配だったから」
「ありがとう――後後路」急に後後路を抱きしめるレン。強く、強く。抱きしめる。
「レン。痛いよ」後後路の声を聞いても、レンはその腕を緩めない。
「後後路。愛してる」
「どうしたの?急に。――うん。私も愛してるよ、レン」
滅多に好きや愛してる、などと言わないレンが、その言葉を口にした。きっと、いっぱいだったのだ。理事長と戦って、〈
後後路は。レンを抱きしめる。
「後後路。これからさ――今まで以上に試合が多くなるし、〈
「うん」後後路のその返事。即答だった。
「レンとなら――何処にでもいける。ずっとサポートするから」
あぁ。なんて優しい声なんだろう。
あぁ。なんて自分は弱いのだろう。
後後路に頼らなければ。後後路のサポートがなければ羽純にも勝てない。弱くて。それでも後後路がいてくれるから。どこまでも頑張れる。
「良いお話の最中だが、ボクから―ひと言」
「羽純!?いたのか!!」思わず驚くレン。
「うん。結婚しよう」
「――思い出したかのように結婚を申し込むな。俺は後後路と結婚すんだよ」後後路を撫でながら、羽純を見ずに答える。後後路を見つめる、レンの目を見て、羽純は。
「そうか。じゃあ今日は帰るよ。ありがとう。次はボクが君を殺す」
去り際に物騒な言葉を吐いて、彼女は帰っていく。その姿を見送ること無く、レンは。
「学園に戻ろう。競技場を直さなきゃならない。明日から始まる―学園内選抜の準備もしなきゃな。まぁ俺は、〈
(さて。計画通りに進むかな――)レンは1人――そんなことを考えて。後後路の手を取り、学園へと戻って行った。
魔法学園の生徒会長 利沢 唐松 @11235813
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