As SLow aS Possible

ミャウん

第1章 1話この日賢者は誕生した

「おぎゃあ、おぎゃあ!」


ある辺境の村【ドルフ村】にはそんなめでたい叫びがこだましていた。

そう、この瞬間こそ世界最強の賢者の誕生にして、この場所こそ幻の賢者生誕の地であった。


「元気な赤ちゃんだねぇ」


この村の村長の奥さんは元気に泣く赤ん坊を見て笑いながら言った。


「はい、このまま元気に育ってくれればと思います」


この母親こそ最強の賢者の生みの親、後に聖母様と呼ばれる《ペネム・カミーユ・ド・ジョブワ》である。


「それが一番だがなぁ!それで男の子なのかい?」


「いいえ、女の子です。それにしても、この子は幸せになるのでしょう。今からもう楽しそうな夢を見てますよ」


抱きかかえられた赤ちゃんはいつしか気持ち良さそうに眠っていた。その顔は神の祝福でも受けたかのように穏やかだった。


「そうかぁ、それは残念やったが。もう夢ば見とるとは良い娘になるなぁ」


「おーい!俺の子はどこだぁあ!」


いきなり男の声がした。


「ほら、行ってらっしゃい」


おばさんは豪快に笑いながら言った。


「はい!ふふっ、あなた、ここですよ」


男は全速力で走って来た。


「ペネム!この子だな!この子が俺の子だな!」


この男こそ賢者の男親で、後に辺境の英雄と呼ばれる《クロノス・アリオン》である。


「はい、そうですよ、可愛いですよねぇ」


この時ペネムはあることを思い出す。クロノスは娘が生まれるかも知れない時に狩りに行ったのだ。ペネムは怒っていた。


辺境の英雄も聖母の前には無力だったようだ…


「あの…その…」


「なんですか?お父さんパパ?」


「…済まなかった。」


「何がですか?何を貴方は悔いてるんですか?」


その眼には懺悔しろと書いてあるようだった。


「えーっとそのだな、その、狩りに行ったからな…」


「そうですよね… 」


「本当に済まなかった!これからも離れることがあるかも知れないが、お前とこの子を守ることだけは誓おう。」


ペネムは久しぶりの愛の告白にどきっとしたがにやけるのを抑え込み微笑んだ。


「はい…許しましょう…」


「この子は女の子か?」


「はい、もう夢を見てるんですよ?」


「それは、幸せになるな」


「俺にも抱かせてくれないか…?」


「良いですよ?」


「本当か!」


クロノスは許してもらえると思ってなかった。やはり男は乱雑であり、クロノスも例外ではなかったからだ。それだけに嬉しかった。


「ふふ、はい 優しくですよ?」


「わかった!」


クロノスは赤ん坊を優しく抱きながら言った


「この子はきっと立派な戦士になるだろう!」


和やかだった雰囲気が一気に変わった。


「何を言ってるんですか?」


「いや…この子はいい戦士に…」


「戦士?その子は可愛い服を着て可愛い物を身につけ神からの求婚を断るのですよ?」


お互いの凄まじい子煩悩でその夜この赤ん坊は寝れなかったそうだ。



2人は笑いながらその夜を明かした。



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数年後


村の広場にて


「ディオネちゃん、こっちでパパとあそぼ〜」


「ママ、パパがキモい!」


「そうだねぇ、パパキモいね。」


「うん」


「えっ扱い酷くない!?」


クロノスは叫んだ。


「でもね、パパは村で一番の戦士なのよ?」


「そうなの?」


ディオネは不思議そうな顔でクロノスを見上げる。


「そうだぞ?俺はディオネとペネムを守るために一番になったんだ!」


「パパがかっこいい?」


またもやディオネは不思議そうだ。


「ママ?」


「そうよ、パパは一番かっこいいの」


ペネムは微笑んだ


「ペネム…」


クロノスはちゃんと娘の前で褒められて感動していた。


「でもパパくさいよ?」


「そうね… パパは臭いも一番なのかもしれないわ…」


「…否定できないだけに辛い…」


「でもね、ディオネパパすきだよ!」


「ディオネ… 」


クロノスは泣いていた。


「でもねママはだいしゅきなの!」


「ありがとう。あなた聞いた?うちの子は天使かもしれないわ」


「そうだな!でもこの格差はなんだろう…」


その日クロノスは体を念入りに洗ったようだ。


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ある日の夜、ディオネはペネムとお話ししていた。


「ねえママぁ」


「どうしたの?ディオネ」


「なんでパパとか村の人のお耳はまあるいの?」


ペネムはなんて言おうか少し迷い、本当のことをそのまま伝えることにした。


「ディオネ、実はね。ママはパパと同じじゃないの。」


そう、ペネムは古代エルフエンシェントエルフの血族だった。


「それでね、パパ達が違うんじゃなくてママが違うの。ディオネのお耳も丸いのよ?」


ディオネは不思議な顔をした。


「あとね、ママには寿命がないからパパがおじいちゃんになっても変わらないの。ディオネがおばあちゃんになっても…」


ペネムは悲しい現実を再び受け止め泣きそうになったが、あと少しのところでおもいとどまり微笑んだ。


「ママは特別なんだね!」


その無邪気な顔にペネムは泣いてしまった。


「ママ泣いてるの?よしよししてあげる」


その日は久しぶりにペネムもぐっすり眠れたようだ。ディオネの隣で。


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数日後、ディオネはクロノスの稽古を見ていた。


「パパぁ、何やってるの?」


「パパはね。今お稽古してるんだよ」


ディオネは珍しく興味がありそうだった。


「パパ達はね、タプファー族と言ってね。

とても強く勇敢なんだ。この稽古はね、タプファー族に伝わる。ヴァルトアインザムカイト闘術といってね、様々な武器や状況に応じた動きをするんだ。」


ディオネは少し考える素振りをして


「私もパパみたいに強くなってママを守る!」


クロノスは驚いたが、落ち着いてからゆっくりと言った。


「ディオネ、ママとディオネはパパが守るから。ディオネは将来出来る大切な人の為に強くなるんだ。」


「わかった!」


「でもね、パパは家族を守れないような軟弱者にお前を渡すつもりはないよ。」


「どうゆうこと?」


「今は気にしなくていいよ。もう直ぐお昼ご飯の時間だ、行こうかディオネ」


「うん!おんぶして!」


クロノスはディオネをゆっくりと大切そうにおんぶした。


「高いだろう、しっかりパパに捕まってるんだぞ」


クロノスはゆっくりと走り出した。

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