第4話 残念な男、志水克穂
期末テストまであと三日。弘樹は困っていた。
楠木高等学校に入学して、クラスが同じだった克穂と席が近かったこともありすぐに友達になった。見た目がかっこよくて新入生代表を務めた秀才、こんな友達が出来るなんて思っていなかったし、誇らしかった。彼の本性を知るまではの話だが。
新入生代表を務めただけあって、その後もその秀才ぶりは健在で、弘樹はテスト前に必ず勉強を教えてもらっていた。事実、彼に教えてもらった教科は全て赤点を免れている。
そして今回、初めて赤点をとってしまうのではないかという危機に陥っている。
「か、克穂……あのさ、ここの問題なんだけど……」
先ほどから克穂に話しかけているものの、克穂は全て無視をしている。原因は分かっている。葉山杏鈴だ。
「なぁってば、頼むよ」
「弘樹は今日もルナに挨拶してもらったみたいじゃないか」
この頃、よく葉山杏鈴と下足室で会う。あちらも弘樹の顔を覚えているようで、目が合うとにこっと笑いかけてくれるのだ。克穂と登校しているため、常に克穂はそれを見ている。弘樹に気を使っているのか、克穂にも時々会釈をしてくれている。しかしそれが克穂にとって、弘樹のついでに挨拶しているにすぎないのではと怒っているのだ。
「いつもは東雲遼、東雲遼って言っておいて、結局はルナが好きだったんだろ。お前が義理の弟なんて認めないからな!」
このように口を開けばこれだ。弘樹自身、あの時良い判断をしたと思っている。そのため謝りたくないが、葉山杏鈴との距離が出来てしまったのは確かに自分のせいかもしれない。あのまま止めていなければもっと遠くなっていたかもしれないが、それはあくまで可能性だ。
「俺は、あの子のことなんてなんとも思ってないから。勘違いするなよ」
そういうものの、克穂はそれだけで納得しそうにない。
「ねぇ、あの二人喧嘩かな?」
「なんか修羅場っぽいね~」
「え、いいなぁ」
少し離れたところでまだ教室に残っていた同じクラスの女子が話している。女子同士でこそこそと話しているのだろうけど、弘樹がいるところまでしっかりと聞こえてきた。このままでは克穂と一人の女を取り合いしているという噂がすぐに流れてしまう。
「先、帰るから」
その場にいることが嫌になって、弘樹は教室を出た。
その日はまっすぐ自分の家に帰る。勉強をしなくてはならない。克穂をあてにできない以上、自分で乗りきるしかないのだ。
夕方から晩御飯まで提出物である数Ⅱのワークをやっていたがほとんど白紙だ。夕飯まで眠っていたわけではないし、普段の授業もほぼ真面目に受けていた。しかし本当に数学だけは自分で何もできないのだ。
まずい。本当にまずい。
「仕方ない」
そう自分に言い聞かせて、弘樹は勉強机を離れた。
「真由、ちょっといいか」
明くる日、弘樹は昼休み、再び克穂の机へと向かった。数Ⅱのワークとうさぎの弁当袋、オレンジ色のナフキンで簡単に包んだ弁当の三つを持って。克穂の机の前に立っても、克穂はこちらを見ようともしない。目の前に来たのが弘樹だと分かっているからだ。
「克穂」
そう呼びかけて、やっと面倒くさそうにこちらを見る。
「克穂、俺も少しは悪かったと思ってる。けど、お前が弓引いてる(黙っている)ときの方がかっこいいと思うから、その……教室にいる(変態オーラ全開の)ときに会うのは勿体ないじゃん」
「だから勉強を教えてくれということか」
相変わらず冷たい。そして話が早い。昨日までの弘樹ならここで挫けていたが、今日は違う。今日の弘樹には最終兵器がある。
弘樹は手に持っていたうさぎの弁当袋を克穂の前に差し出した。
「真由の手作りだ。物で釣ってるって思われても仕方ないけど、俺は真由にプライドと勉強時間を捨てて頼んだんだ。お前の力が必要なんだ。頼む克穂、救ってくれ!」
克穂が差し出された弁当をじっと見つめた。
「……いらない。俺が他人の妹が作った弁当だけでルナをとられたことを許す男だと思うか?」
そう言いながら克穂は両手を出して、しっかりと弁当を受け取る準備をしている。
「言動と動作が一致していないんだけど」
「お、俺はいらないと言ったんだ。なのに弘樹が無理やり……」
弘樹はその手に弁当を乗せると、大事そうに弁当を受け取った。そして、弁当の前で手を合わせるとゆっくりと袋から取り出す。すると、まだ袋の中に何かが残っていることに気づいてもう一度手を入れた。紙、いや、文字が書いてあるから何かの手紙か。開けてみると、真由が書いたと思われるメモだった。
『克穂さん。兄貴は大切にしている東雲遼のフィギュアを私に差し出してお弁当作りを頼んできました。当然キモかったので断りましたが、あまりに頼むものだから作りました。妹にこんなことを頼む兄貴と友達で、大変でしょうけど、こんなバカ兄貴とこれからも仲良くしてやってください。 真由』
克穂はメモを丁寧に伸ばしてクリアファイルにはさむ。
「弘樹」
弘樹は少し緊張しながら克穂を見る。
「妹に迷惑をかけるなんて、お兄ちゃんとして失格だ」
それだけ言って、克穂は一口一口、大事そうに頬張っていく。どうやら許してもらえたようだ。
弘樹も安心して弁当を食べようと蓋をあける。
「弘樹は五分で食べてすぐに勉強しろ」
すかさず克穂からの指示が飛ぶ。
「え、昼飯くらい……」
「昼飯どころじゃないだろう。さっきちらっと見えたページの問題、基本の基本だぞ。そんなものも出来ないのに昼飯を食うなんて」
「わ、分かった、分かったからそれ以上言うな」
今回も弘樹は赤点を免れそうだ。
分かったことは、克穂もなんやかんやで妹なら誰でもいいということだ。ロリコンを幼い女の子なら誰でもいい変態民族だ、なんて言っていたが、彼も結局はそうなわけで。
それが理想の妹像ならなお良いというだけだった。
ちなみに、志水克穂がこんなにも頭がいいのは、「かっこよくて、スポーツができて、頭のいいお兄ちゃんがいたらなぁ」という声を昔聞いたことがあるからだ。
それだけで志水克穂はここまでできる男になった。
中身はただのシスコン、しかも妹がいない。
本当に残念な男だ。
残念な彼ら 148 @honoka_
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