第3話 ルナ現る!?

 3時間目の現代文の授業が終わり、多くの女子生徒は持参している弁当を食べるために、グループで仲良く椅子を持ち寄っていた。克穂はいつも通りリュックの中から財布を出し、弘樹の席に目を向ける。いつもなら同じように財布を出して食堂へ行く準備をする弘樹だが、その日弘樹の机の上に置いてあったのは可愛いうさぎ柄の弁当袋だった。


「弘樹、それは何だ?」


 克穂は弘樹の机に近寄り尋ねた。聞くまでもないことだが聞かずにはいられない。弁当だ。そんなことは誰でも分かる。しかし克穂が聞きたかったのはそこではない。


「あー、今日は真由の学校が創立記念日で休みだからって作ってくれたんだ」

「……それはつまり妹によるお手製弁当ということか」


 克穂の目つきが変わった。克穂は現実では一人っ子で兄弟がいない。そのため、妹に強く憧れを持っている。


「妹が兄のために弁当を! なんていうシチュエーション、俺が描いている妹との生活にそっくりじゃないか!」

「いや、仕事に行く母さんの分のついでに……」

「朝起きるとエプロンをつけたルナが俺のために弁当と朝食を作ってくれていたら……」


 ひとり妄想を膨らます克穂。ルナとは克穂の妹だ。先ほど克穂は一人っ子だと言った。それは現実的には間違っていない。が、克穂には妄想で創りだしたお兄ちゃんが大好きな小二、という設定の妹がいる。


「お前、妹いないだろ」

「こいつがどうなってもいいのか」


 妹がいないという発言に対して克穂は容赦しない。


「お前、いつの間に!?」


 克穂は弘樹がいつも生徒手帳に入れて大事に持ち歩いている東雲遼の写真にはさみを突きつけている。


「いや違う、やめろ、早まるな。ルナが知ったら悲しむぞ」

「分かったならいい。お兄ちゃんは優しいからな」


 ちなみにルナのイメージは克穂が好きな女の子ばかりのアニメ、「まかろん日記」のサブキャラクター、花江蜜柑だ。花江蜜柑は小動物要素がつまった癒し系で、物語の中でも常にはしゃいでにこにこしている、という女の子。その子が克穂の理想の妹像らしく、妄想でルナという妹まで創りあげてしまった。


「なぁ、克穂。シスコンとロリコンって何が違うんだ?」


 確かに、シスコンとはシスターコンプレックスの略で妹が好き、というものだが、ロリコンもロリータコンプレックスという年下を好きになること。知識のない者にとってはあまり違いがないように思える。そして現実に妹がいない克穂はシスコンを名乗るが、これはロリコンではないのか。


「愚問だな。ロリコンはだれかれかまわず幼子を好きだというただの変態民族のことだ。だがシスコンは妹だけを愛す。」


 ここで確認しておくことは、克穂には妄想で創りだした妹しかいないということだ。しかし彼にとってルナはただ他人に見えないだけの妹なのだろう。


「弘樹みたいに巨乳の美人なら誰でもいいというわけではない」

「おい! それは聞き捨てならないぞ! 僕は偶然いつも巨乳な美人の女の子を好きになるだけであって、好きになる基準が巨乳で美人じゃない」


 弘樹が今まで好きになった女の子や芸能人はみな巨乳で美人だ。つまり無意識のうちにそのような要素で選んでいることになる。彼は乙女ゲームをするし、東雲遼にも惚れているわけだが、きちんとした健全な男子高校生だ。

 克穂は口論を諦めて購買でパンでも買いに行こうと教室の扉を開けた。するとちょうどそのとき教室に入ってこようとした女の子とばったり会ってしまった。


「あ! すみません。どうぞ!」


 小柄な身体に、華奢だが細すぎない身体。ふんわりとした髪は背中までかかっている。そしてキラキラと輝いている目、幼い顔立ち。こぶり、いや、ささやかな胸。

 克穂の中に電気が走った。理想の妹像、ルナにあまりにもそっくりだったのだ。


「ルナ!?」


 その女子生徒はびっくりして克穂から一歩下がる。しかし克穂がもう一歩近づくものだからもう一歩下がった。


「え……あの」

「ちょっと、克穂何やってんの」


 克穂の不審な動きに気づいた弘樹がこちらに来て、克穂の右肩を後ろから押さえた。


「怖がってる、っていうか、どっちかっていうと嫌悪の表情を浮かべてるから」


 克穂は今の言葉が耳に入らなかったのか、そのままの表情で弘樹をみて目を輝かす。「ルナだ!」そう目が言っていた。そして口元がにやけている。はっきり言おう。気持ちの悪い顔をしている。その顔を向けられていたこの女子生徒に、弘樹はひどく同情した。

 弘樹はふと彼女の上靴を見ると青の線が入っていた。この線は学年カラーを示し、二年生は赤色だ。学年ごとにフロアが違うため、用がない限り異なる学年の生徒が他学年のフロアを歩くことは禁止されている。つまり彼女は何か用があってこの教室に来たのだ。


「えっと、この教室に何か用が?」

「あ、はい! 今さらなんですが弓道部の入部届を出したいなと思って」


 弓道部の入部届……弘樹は嫌な予感がして振り返った。すると克穂が後ろでかっこよく決めている。そう、彼は弓道部副部長だ。隣のクラスの部長の小笠原夏鷹は期末テスト前にも関わらず風邪を引いていて、学校を休んでいる。そのため、副部長の克穂を訪ねてきたらしい。これはまずい。


「あぁ……えっと、今はテスト前で活動もしてないから、テスト終わってから小笠原に出してもらってもいい?」


 女子生徒の安全を考えて、弘樹は言う。


「あなたが志水副部長ですか?」

「あ、いや……俺は帰宅部の高梨だけど。志水は今ちょっと……」


 克穂が後ろで自分の出番が来るのをわくわくさせてこちらを見ていることが見なくても分かった。今こんな状態克穂に副部長の仕事をさせることは、弓道部の名誉にも関わると考えてこの手段をとった。すると思った以上に簡単に女子生徒はうなずいてくれた。物分かりがいい子なのかと思ったが少し違った。


「そうですよね、すみません。お昼休みは彼女とか女の子といてますよね。かっこいいって、すごく評判ですし」


 言えない。この後ろで変態オーラを醸し出している克穂が、彼女が想像しているかっこいい志水克穂だなんて。


「私、一年四組の葉山 杏鈴あんずといいます。テスト後に入部させていただきたいので、小笠原先輩と志水先輩に伝えてください」

「うん、分かった。葉山さんね。じゃあ」


 弘樹は伝言を受け取るとすぐに葉山杏鈴との会話を切る。彼女のためにも、克穂を含む弓道部のためにもそうした方がいいと思った。彼女は一礼すると一年生のフロアに戻っていく。


「え、ちょっと弘樹、ルナは?」


 葉山杏鈴が帰ったことに気づくと克穂はあわてて追いかけようとする。それを弘樹は教室に押し込むことでなんとか阻止する。


「これ以上はやめておけ。な? それにあの子はルナじゃない。小二なんだろお前の妹は!」


 弘樹は克穂を一旦落ち着かせるために席につかせる。ただ、落ち着くことがないとも分かっている。


「ルナが高校生になったら、とか、考えたことがあったんだよ。絵描いたりして。それにそっくりだったんだ」


 机の上に置かれた克穂の手が歓喜のあまり手が震えている。

 弘樹は改めて克穂に本当の妹がいなかったことを安心すると同時に、これから葉山杏鈴がどうなるのか心配になった。

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