十三.十二月五日、六日。勝利の勢いに乗って押しまくった。

超訳

 十二月五日。国境方面の勝利を伝える報告書に、タコ金軍の新たな動きが書かれていた。探査の任務に当たっていた張宏も同じことを知らせている。


「金賊は、王宏の兵が鄧州へと進軍したことを知り、光化に駐屯していた兵力数千を率いて青泥河伝いに鄧州方面へ撤退し、救援に向かったものと見られます(*1)」


 兄貴は痛々しげに顔をしかめた。


「今から援軍を出すには遠すぎる。まずいな。敵の領内で孤立させることになるとは」

「王統領は派手に勝ちましたからね。目を付けられちまったんだ」

「気休め程度に過ぎないが、せめて光化の連中にこれ以上の兵力が合流しねぇように、襄陽より西北のタコ金どもを叩いておくか」

「敢勇軍の出番ですね。今すぐ決行します?」

「いや、夜を待つ。夜の闇に乗じるほうが、敢勇軍の奇襲の恐ろしさが際立つ」


 敢勇軍の最強コンビである旅世雄とはいけんに兄貴の言葉を伝えると、二人とも豪快にゲラゲラ笑った。


「そうとも、俺たちは夜の闇にまぎれて暴れる狼か熊みてぇなもんさ。正々堂々の一騎討ちや決闘なんかやる余裕があるのは、講談に登場する英雄だけだ(*2)」

「戦い方にカッコいいも悪いも潔いも汚いもあるもんか。勝ちゃいいんだよ。趙家軍には戦術にこだわるやつもいそうだが、俺たちゃ何でもやるぜ」


 敢勇軍の強さと怖さはそのへんだろうな。敵を破って自分たちに利することだけを考えている、というか。


 夜になると、旅世雄と裴顕、将官の邵世忠は兄貴の指示どおり出陣していった。それぞれ分かれて兵を率いて、水路伝いに進撃。せんたんに寨を構えるタコ金軍を奇襲した(*3)。


 旅世雄と裴顕は息の合った連携プレイでタコ金軍を追い立てた。渡し船四艘と竹のいかだで造った足場を奪う。タコ金の連中、逃げるのに船を使う知恵も回らないらしい。水辺に慣れてなけりゃ仕方ないのか。


 悲鳴を上げ、バシャバシャと派手な音を立てながら逃げるタコ金軍は、夜のなかでも目立ちまくる。浅瀬の砂州に陣を張り、弩を構えて待ち受けていた邵世忠は、外しようもなくタコ金軍を射撃した。


 陸地の側から射られたタコ金軍は必死で逃げて、水中に突っ込んでいった。そうじゃない連中もパニックになって敗走。たいした抵抗を受けることもなく、敢勇軍の奇襲部隊はほぼ無傷で帰還する。


 兄貴も敢勇軍も、その戦果だけで攻撃の手を緩めてやりはしない。


 敢勇軍の将官の孟保・張徳・りゅうげんに命じ、千人の部隊を率いて萬山経由で伏龍山に攻め込み、タコ金軍の後背を襲撃させた(*4)。


 水辺も山も、地元民の敢勇軍は地形を知り尽くしている。命懸けのかくれんぼも鬼ごっこも、タコ金の連中が敢勇軍に敵うはずもない。


「金賊は溺死者を多数出して敗走中。製造中の攻城兵器、三百余りを焼却しました」


 伏龍山襲撃部隊からの報告はそんなふうに始まった。それから、洞山寺の前で物乞いを二人保護したら、そいつらがちょっと気になることを言ったらしい(*5)。


「金賊が不安げに泣きながら話をしていたようなんですが、その話の内容というのが、『皇女の婿に選ばれたほどの貴族が宋軍に殺されてしまった。こんな有り様で、どうして国に帰れるだろうか』といった具合だったそうです」

「身分の高い貴族、か。どいつのことだろうな」

「いつぞやの天使かな?」

「さて?」


 腕組みをした兄貴もオレも、心当たりはあれど決め手がない。いちいち名乗り合って戦うわけでもなし。討ち取った後、派手な格好から推測して「こいつ、身分が高くて偉いやつだったんだろうな」みたいな感じで。天使の謎の木牌とか。


 翌六日のことだ。タコ金軍の動きについて、新たな情報が入った。スパイが兄貴に知らせに来たんだ。


「敵の一隊が攻めてきます! 我々が濠の外側に築いた鹿角バリケードを焼き払おうと計画しているようです」

「人数はどれくらいだ?」

「さして多くない見込みです。萬山から遁走しなかった者たちが独自に報復を目論んでいる、といったところで」


「なるほど。いい度胸をしている。せっかくのお出ましなんだ、趙家軍がもてなしてやろう。阿萬、行ってこい」

「承知しました!」


 ホスト役を仰せつかったオレたちは城外に出て、鹿角の内側に潜んで待った。


 襄陽はそこまで寒い地域にあるわけじゃあないが、十二月の屋外はそれなりに寒い。伏兵の任務のつらいところは、寒かろうが暑かろうが雨や虫にやられようが、黙って気配を殺してなきゃならないところだけど。


「来たぞ!」


 この日は待たされずに済んだ。スパイの情報どおり、ほんの数人だ。オレたちも少数精鋭だが、あっちのほうがたぶん少ない。


 接近してきたタコ金軍は鹿角に火を放った。


「消火班、急げ!」


 オレは指示を飛ばしながら弩で応戦する。タコ金軍は、まさか伏兵がいるなんて思っていなかったらしい。あっという間に混乱状態に陥った。


 王才ってやつが槍を手に立ち上がった。オレと年の変わらない若手だ。


「直接ボコりに行こうぜ!」


 皆が賛同の声を上げた。士気が高い。この様子なら問題ない。


「行こう!」


 弩から槍や剣に持ち替えて、オレたちはタコ金軍に殺到した。タコ金軍は逃げる。

 最初に飛び出した王才は、得意の槍をしごいてタコ金軍に追いすがった。


「逃がすかバカ野郎! 臆病な卑怯者め!」


 王才が呼ばわると、殿しんがりを務める男だけは骨があった。軍旗を担っていた男だ。そいつは立ち止まって振り返り、剣を抜いて王才の槍を受け止める。


「おい、小王!」

「黙ってろ! 手出し無用だ!」


 二合、三合と刃が打ち合わされる。火花が散った。王才のほうがうわだ。槍の間合いを巧みに保って、剣を持つ敵に接近を許さない。


 睨み合う。敵が吠え、王才に突っ込んでくる。決死の一撃だ。

 ぶん、と槍が唸った。血しぶきが舞った。敵が絶命した。


「タコ金にも腹が据わった男がいるもんだ」


 王才は束の間、ほふった敵のために瞑目した。襲撃してきた連中は逃げ去っている。捨て身で決闘を挑んだ殿は、役目を果たしたわけだ。王才は敵の首級を取って、兄貴への報告とした。隊長格だったらしいそいつの軍旗や武器も奪った。


 兄貴は王才の軍功を誉めつつ、ついでに次の任務を言い付けた。


「敵は萬山方面へ逃げ去ったんだな? 敵陣がどんな様子か、調べてきてくれ」


 王才は出陣で疲れるどころか、興奮が収まらない状態で、勢い込んで襄陽を飛び出していった。そして、たいした時間もかけず、物騒な手土産を持って襄陽に戻ってきた。


「萬山のふもとの寨でタコ金の兵士が三人、狼煙のろしを上げてどこかに合図を送っていやがったんで襲撃して、一人を討ち取りました。その首です」


 この戦果は、兄貴にとって嬉しい驚きだったらしい。


「おまえの腕が立つのは知っていたが、戦場でその腕前を発揮できるのは得難い才能だぞ。よくやってくれた」


 兄貴は王才を昇進させて、擁隊の任に就かせた(*6)。


 襄陽に集った仲間は皆、それぞれ持ち味があってすげぇやつらなんだよなって、改めて思う。



――――――――――



(*1)

青泥河


 清泥河とも書く。『讀史方輿紀要』巻七十九、襄陽府によると、襄陽の西北三十里(約十七.三キロメートル)にあり、均州と房州の間に東から流れてきて漢江に合流する川、とある。均州は現在の湖北省丹江口市。房州は現在の湖北省十堰市。


 趙萬年の時代から約六十年後、対モンゴル戦争のときには張順と張貴のコンビ武将が三千人の援軍を連れて清泥河を下り、モンゴル軍の厳重な包囲を突破する決死行が繰り広げられた。この決死行を巡る悲喜交々は、語れば三万字を楽に超えてしまうので黙るけれども。



(*2)

講談に登場する英雄


 河東竹緒氏『通俗續三國志』参照のこと。華々しい一騎討ちはもちろん、城攻めの計略、山がちの地形を活かした奇襲など、中国講談らしいド派手なバトルシーンが目白押し。主人公たちにとって一筋縄ではいかない展開があるのもまた燃える。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884106768



(*3)

渲馬灘


 未詳。すぐ後に萬山の名前が出てくるのでその付近だろうか、という予測のもとで超訳を作成した。


『明史』の記録から調べていくと、明代には湖広の安陸州に渲馬灘があり、護岸工事をしたようだが、湖広安陸州は今の湖北省鍾祥県。グーグルマップによると、襄陽から鍾祥まで約百二十キロメートルの距離なので、敢勇軍が出陣するには遠すぎる。



(*4)

萬山経由で伏龍山


 萬山は既出のとおり、襄陽の西十里(約五.八キロメートル)。現在も地名が確認できる。


 伏龍山は、『欽定大清一統志』巻二百七十によれば、襄陽の南二十里(約十一.五キロメートル)にある。現在の地図では確認できず。


 萬山および伏龍山は漢江より南側にある。旅世雄たちに攻められて漢江に入った者たちとは別に、萬山から陸上を南へ逃げた者たちがおり、それを追い掛けて背後を突いたのだろう。



(*5)

洞山寺


 未詳。



(*6)

擁隊


 軍中の役職だと思われるが、詳細は不明。「擁」は「守る」という意味。

 とりあえず昇進おめでとう。

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