原文

開禧二年四月、荊鄂都統趙公淳被命提兵守襄陽(*1)。


開禧二年四月、荊鄂都統、趙公淳、提兵して襄陽を守らんことを命ぜらる(*2)。




五日、除京西北路招撫使。時皇甫副使斌已出師攻唐・鄧失利、公方收集潰卒、申飭邊備、以嚴守禦(*3)。


五日、京西北路招撫使に除せらる(*4)。時にくわうふく使ひんすでに出師して唐・鄧を攻めて利を失するに、公、まさに潰卒を收集し、邊備をしんちよくし、以て嚴しく守禦せしむ(*5)。



――――――――――



(*1)

『宋史』巻三十八、開禧二年夏四月の条に、

「乙亥、以郭倪兼山東・京東路招撫使、鄂州都統兼京西北路招撫使、兼京西北路招撫副使、丁丑、吳曦遣其客姚淮源獻關外四州于金、求封蜀王。鎮江都統制陳孝慶復泗州、江州統制許進復新息縣。」


 趙淳はもともと鄂州都統であったが、京西北路招撫使を兼任することを命じられた記事がある。皇甫斌が京西北路招撫副使として趙淳の下に就いていることもわかる。



(*2)

被 受動。未然形+る・らる


ただし、日本の古文書では「被仰付候(仰せ付けられ候)」「被為遊(遊ばせらる)」といった形の「尊敬の未然形+る・らる」として登場することが多々ある。



(*3)

『宋史全文』巻二十九下、宋寧宗二、開禧二年五月癸巳の条に、

「江陵副都統兼京西北路招撫副使引兵攻、官軍大敗。」


『万暦襄陽府志』巻三七、宦蹟(郡)に、

拜武節大夫為副都統兼知襄陽府累立戰功。」


 明代万暦年間に刊行された『襄陽府志』の記事からは、皇甫斌が武節大夫という位階を授けられ、副都統と知襄陽府の二つの武官職を兼任することとなり、重ねて戦果を挙げた、ということがわかる。『襄陽府志』の年表や人物評を確認したが、開禧の用兵に関しては、皇甫斌のこの一行だけが唯一の記載。


 『襄陽府志』とは、襄陽というまちの歴史や沿革、地理、名所旧跡の由来や本地にまつわる偉人の業績などを編纂した書物のこと。ちなみに『三国志』等の書物のタイトルに付く『志』は『誌』の意味。襄陽府のココロザシや三国のココロザシではない。


 現在の日本の各都道府県および地方自治体にも、『どこそこ県史』『なになに市史』といった同様の書物があり、公立図書館には必ず置かれている。センスのよい『まるまる町史』は非常におもしろい地方史資料だが、その逆もまた存在する。


 大学の日本史学専攻で地元の歴史をやりたい人は自分のまちの『まるまる町史』のクォリティに卒論執筆スピードが左右される場合もあるから、早めにチェックしたほうがいいよ。



(*4)

除 役職に任命される。



(*5)

申飭 もうし、いましむ。


「命じて~させる」なので、文末が使役形「~せしむ」になる。


『襄陽守城録』の主人公は趙淳であり、彼の判断・命令によって兵士たちに「~させる」記述が頻発する。高校の教科書に出てくる使役形は「使」「令」「遣」「命」くらいだが、それ以外でも使役として読むほうがすんなり通る箇所は「対象をして~せしむ(対象に~させる)」に書き下している。



 ついでに。


 守城録の著者である趙萬年が東洋史学か中国文学の博士号持ちプー太郎で、トラックに撥ねられるなり『大漢和辞典』が頭に当たって倒れるなりして異世界か過去に飛ばされて、兄貴分の趙淳や襄陽守備軍の面々が美女や美少女で、記録の間隙を妄想的なエピソードで埋めれば、ごく一般的な転生ファンタジーになるのではないかと思う。けれども、ここでは原文に寄り添った超訳スタイルで最後まで通すこととする。


 それから、この守城録を参照し、約六十年後の呂文煥による対モンゴル籠城戦を描くガチの歴史小説は氷月が紙媒体の公募用に執筆している。本作からまるっとガチ歴史小説を書こうという場合には「この先に進みたくば私を倒してから行け!」という展開になる(のか?)。


※追記

血迷ったので、まるっとガチ歴史小説にノベライズしました。

『守城のタクティクス』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884546369

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