最終話 残る謎、新たな事件
買い物を頼まれていたことを思いだした鹿屋は帰路の途中のスーパーに立ち寄ることにした、その最中に鹿屋は和戸にイサトに瓜二つの訪問者が平賀所長の下に赴いていた事を和戸に告げた。
「多分組織のお偉いさんっぽい雰囲気だったな、そんでもってすごい似てるんだよ」
「聞いた話だと親戚とか身内の方みたいですね、家族ぐるみで所属することがやっぱり多いんですね」
「ああ、うちの兄貴もアメリカ支部の探偵事務所の所長なんだぜ」
「えっ!?初耳なんですが?」
「あれ言ってなかったか?お前がコードネームもらった時に言ったと思ったんだけどな?」
帰りの時に彼女が大笑いしていたことを思い出した。
「あの時爆笑してた件ですか?」
「うんそれそれ」
「あの時結局眠っちゃって記憶が曖昧なんですけどね」
鹿屋は思い出し笑いでくすくすと笑い出す。
「いやな、お前がもらったコードネーム実は兄貴がむちゃくちゃ欲しがってたコードネームだったんだよ」
「あっ」
和戸は鹿屋の発言であることを思い出していた、事件の捜査の最中、鹿屋がシャーロック・ホームズを妙に嫌悪してる節があった。
「もしかして鹿屋さんがホームズ嫌いなのって」
「ああ、あのホームズ馬鹿のせいだよ、薬はやってないけどね」
コカインなんてやろうものなら現代なら間違いなく刑務所送りになるものだ、当たり前だと思いながら聞き流す。
「それにしてもご家族も探偵なんて、もしかしてご両親も探偵かなにかを?」
一瞬鹿屋の表情が曇る、ほんの一瞬、瞬きのような機微に和戸は気づけなかった。それほどに踏み込んで欲しくなかった鹿屋のポーカーフェイスが和戸の洞察力を上回ったというべきか。
「もう癪な話はやめにして我らが
「あっ、ああそうしよう」
中々の食い気味に買い物に意識を向けようとする鹿屋に和戸は押され気味に頷く。
その後二人は三十分ほどで買い物を済ませ車に乗り込みい家路に向かう頃には日は暮れかけていた。買い物袋を両手に抱え階段を上がる。
「ただいま、あれ客人は?」
所長は部下二人の方に目も暮れず自身のデスクに並ぶ写真や資料と睨めっこを続けている。
「ああ、昼過ぎに帰っていったよ、それで?イサトさんには会えたのか?」
「いんや、結局目星をつけた場所にはいなかった、会えず仕舞い」
(ああ、だからイサトさん、場所を変えようって言ったんだ)
和戸は以前彼と落ち合ったカフェマルタと違い、駅の反対側の喫茶店に移動していた、彼は初めて入る店とのことだったが鹿屋が彼のことを聞きつけて会いにくるのを推測しての行動だったのだと和戸は腑に落ちた。
「そんでなにと睨めっこしてんだよ?」
鹿屋が所長のデスクを覗き込む、それは昼に所長と訪問者が見ていたものと同じものであった。
「あれ、これってあの廃墟団地の?それじゃああの凶器の鑑定終わったのか?」
「いや、あくまで俺達がわざわざ凶器を持ち込んだから上層部もその事件に関心持ってな、捜査資料の再検証した物を届けに来てくれてな」
鹿屋は所長の隣に事務椅子を引っ張り出し隣に座る。和戸は座らずに資料を覗き込んだ。
(殺人現場、凶器、犯行現場の遺留物、被害者の身元……)
内容に進展は一見した所、変わりは無い。
「被害者達は政治家、ヤクザの下っ端、千差万別だな、こいつに限っては犯人以外にも大分恨まれてんだろうな」
鹿屋は被害者のプロフィールに指差す、そこには彼らが一番最初に発見した被害者、長丘正章の顔写真が掲載されている。和戸はあの陰惨な現場で目撃した肉塊の本来の姿を思い返し犯人の憎しみの重さを再認識させられた。
「お、おじゃまになりそうなんで夕飯の支度してきますね」
「ああ、頼む」
「お、いってら」
鹿屋と所長は和戸の表情から嫌な記憶を思い出したのだろうとすぐに察し彼を3階に送り出した。和戸は返事を聞くや否やそそくさと上がっていった。
「まあ、経歴もろくでもないな、障害、窃盗、婦女暴行、強盗未遂、銃刀法違反、叩けば埃どころかアスベストが出てきそうな輩だ、んなろくでもない奴なら誰に恨み持たれても仕方ないよな」
呆れ混じりに被害者の所業を言い終えると鹿屋は一呼吸置いてから所長に問いを投げかけた。
「そんで?なんでずっと帰ってきたおれらに気にも留めずに資料に睨めっこしてたわけ?」
所長は書類をいくつかを退かし一枚の写真を鹿屋に渡した、和戸や鹿屋はまじまじとその写真を見るが二人ともその写真に写る焼け落ちた家屋を今回の事件において記憶に一切なかった。
「この家は?」
「長丘の自宅だよ」
鹿屋の脳裏に一つのキーワードが過ぎる。すかさず鹿屋が所長に質問する。
「この家、いつ燃えたの?」
「火災が発生したのは俺達が彼をしょっ引く為に廃屋に待機してた同時刻、タイミング的には犯人が火をつけるのはできなくはないが、火元は仏壇の蝋燭が原因で放火の線は薄いらしい」
「いやでもあまりにタイミングがタイミングすぎる」
「鹿屋、お前犯人が病院に搬送される寸前に彼に何か聞こうとしていたろ?」
「ああ、この事件、共犯者がいる」
鹿屋が想起したのは事件は未解決でありもう一人犯人がいるということだった。
「それだけじゃない」
所長は話を続け、さらに写真を鹿屋に渡す、その写真は一枚目と打って変わって山中の深い森の写真、だが木々は押し倒されている辺りどうやら土砂崩れの現場らしい。
「ここにはかなり古ぼけた別荘があったらしい」
鹿屋は写真を凝視する、押し倒された木々以外にところどころ家屋の一部らしき残骸が視認できる。
「ここが遺体処理現場と思われる場所だ」
「えっ!?見つかったのか!」
「ああ、建物は押し潰されて原型を留めてなかったが焼却炉の煙突はかろうじて発見できた、その煙突の内部にびっしりと人間を焼いた際に発生する油分が付着してた。DNA鑑定は不可能に近いから本当に遺体処理の現場かはわからないが十中八九ここで間違いない」
「でもなんだってこんなことになって」
「爆破さ、背後の崖を家屋ごと発破して全部隠滅したのさ、別荘裏から僅かに火薬の反応が見つかった。」
「まじかよ、でもよくここを見つけたな」
所長は今度は地図を開く、地図には赤いマーカーで記しがされている。4箇所は殺人に使われた廃墟団地にそして山間部にも一つマークが記されている。
「ここがあの写真の現場だ」
位置にしてどの現場からも似たような距離である、鹿屋は手早くスマホの地図アプリを起動し犯行現場と遺棄現場の詳細な道を調べる。
(どれも狭い人目の無い道……コンビニや交差点、監視カメラのありそうな場所を避けて通れるルートがある)
遺体を車で運んでも白昼であろうと気づかれない。
「そんでもって犯人の車と同じ車種の車を見たという目撃者がいた、この道に流れる川沿いで釣りをしていた動画配信者がいた。本人から動画映像も提出してもらって動画も確保してる」
そして付け加えた
「その車は前の車を追うように走ってたそうだ、動画でも確認取れてる」
鹿屋の予想は確信に接近する。
「それじゃあやっぱり」
「ああ、お前の予測は合ってるかもしれない、だがその一度切りだ、恐らくは一回目の犯行が行われたであろう時期だ」
「他の目撃例は?」
「ない、お前がアプリで調べたとおり監視カメラのありそうな道を避けて通ったんだろうな、だがその目撃例から虱潰しに探し、そのすぐに土砂崩れの事故現場が見つかり……って寸法だ」
「オレが知らないうちにそんなに進展が進んでたのか、所長が渋い顔してこいつらと睨めっこしてた理由がやっとわかったよ」
資料に目を通しながら鹿屋は所長と話す。
「それで?長丘の家が燃えた原因は本当に放火じゃないのか?」
「ああ、俺もどう考えてもこの火災は共犯者が何か知られたくない情報を隠滅するべく放火したんじゃないかと思っている」
鹿屋は長丘のプロフィールの関係者欄に目を通す。
「怪しいのはこの
「そんなものはないさ、あったとしたらあいつを手下になんかせず簀巻きにして東京湾にでも沈めるはずさ」
「そうだよな、でも爆弾用意したりできそうな関係者はこいつらくらいだろ?もっと何か別の理由で手を貸したんじゃ?」
「それは上層部も考えがついてるよ、今夜、日本警察と共同でこの反社会組織の事務所に別件でガサ入れがあってなそれに望月警部と
上の階から足音が二人の会話を遮る。
「鹿屋さん、所長さんもうご飯作っちゃいましたよ、夕飯にしましょうよ」
「鹿屋、連絡が来れば必ず進展はあるさ」
「それもそうだな」
そういうと二人は和戸の誘いに乗り上階の食卓に向かった。
同時刻、都内某所。
並々成らぬ雰囲気の男達、彼らは警察第四課の精鋭だ、だがそこには捜査一課の男と警察関係者でない数人、この作戦にはもう一つの目的があった。それはこの場所にある反社会的組織のアジトに構成員の一人がとある事件の真相を握っている可能性が浮かび上がった故にだ。
一人の捜査員がチャイムを鳴らす、本来なら構成員が大挙するはずだがアジトからは人が一向に出てくる気配が無い。本職顔負けの我鳴り声をあげてもうんうんともすんとも反応がない。
「様子がおかしい、だれも出てこんのです」
捜査員が痺れを切らしドアに手をかけるとドアは施錠されていなかった。
ドアを開け放った途端に強烈な臭気が捜査員達を襲う、死臭がその部屋に充満していた。人体だったものが至るところに転がる惨状、その場にいた全員がここで何かが起きたのかすぐに理解できた。どたどたと捜査員達はアジトに乗り込む。
そこに生存者は一人もいなかったそれは突入時点で明白であった、全員が鋭利な刃物のようなもので切り刻まれ五体が揃った死体は一体も存在しなかった。
抗争か?と捜査員達が惨状を動揺しながらも現状の推測を論う。そんな彼らをよそ目に捜査一課の望月警部達は施設内の深部に向かう。
監視カメラのモニタールームは徹底的に破壊され証拠は残っていないのは一目瞭然だった。
騒然とする現場を遠方のビル内から眺める人影、双眼鏡で捜査員の同行をしばらく観察した後にその場を後にした。
並木探偵事務所の三人がこのことを知るのは翌朝であった。
「なんなんだ、一体!」
頭を掻きむしりながらもう片手で机に拳を叩きつける。
「件のカチコミで全滅だと?タイミングおかしいだろ!?」
朝っぱらから取り乱す鹿屋、原因はスピーカー状態の所長のスマホから流れる内容であった。
「確かにな、被害者の状況からして
上司達の会話に全く着いていけない和戸はスマホ先の望月警部の言葉を聞くことしかできなかった。
『すまない、もし進展があれば連絡する君達は通常業務に戻ってくれ』
「納得できねぇって警部!」
「鹿屋、言って頼んでも無駄だ、どのみち進展がなければ動きようがない」
憤る鹿屋に所長が冷静に嗜める。スマホはもう切れている。
ピンポーン
深刻なほどの重い空気を拍子抜けする軽快なチャイムが打ち破る。しばしの沈黙が走る。2度目のチャイムが鳴った後、鹿屋が深い溜息を一つ吐いて後輩に声を掛ける。
「ワトソン、出てくれ」
「はっはい!」
こうして和戸尊、ワトソンの初めての事件は大筋こそ解決したがいくつかの謎を残したまま終わりを迎えた。この探偵の卵が大きな功績を残すのはまだまだ先の話。
そして彼らは新たな事件へと赴くのであった。
新米探偵(シャーロキアン)と異世界案件 刻まれた獅子 乾 一信 @gishinn
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