第31話 三番目の答え
写真が机に並んでいる、それは此度の殺人現場の写真であった。
「確かにこれは老い先短い人間が出来る所業じゃねえな」
「ええ、放棄された団地で誰にも気づかれずに床に穴を開けるなら年単位の重労働になる」
廃墟団地の一室を縦一列に貫くトリックについて話すのは並木探偵事務所の所長だ。
「各団地の管理者にも問い合わせたが一室一室確認はしてなかったらしい誰にも気づかれずに殺人現場の舞台を短期間で用意したことになる」
人為的に開けられた穴を指差しながら所長の向かいの席に座る男が言う。
「鹿屋の妹が訝しがるのも納得だ、あの凶器の調査も急がせている」
「とはいえ、先のアメリカでの一件が一段落するまでは調査は後回しだろうがな」
「あの高速道路の一件ですか?」
男が深々と溜息を吐く、よほど気が沈むことがあった様子だ。
「ああ、ざっと数百単位の物品の精査だ、万年人手不足のこっちにとっては頭を抱える事態なんでそこは理解してくれ」
「ええ、重々承知してます、まだ異世界案件と確定したわけでもありませんし」
「いや、お前達の仕事の本質はそういうもんだ」
彼らが会話している場所は並木探偵事務所の客人用のスペース、相手は事務所の事情を知る所長の上司に当たる人物のようだ。
「それにしてもまさか貴方がここにお越しになられるとは思いもしませんでした。イニゾン王」
「その呼び名はやめてくれ、歯がゆいにもほどがある、それにこの報告はあくまでおまけだ、本命はあいつの監視だ」
「あいつとは?」
「あいつだよ、お前の師でありお前の部下二人の恩人であり2人をここに引き込んだ男だ]
[イサ「イサトさん来てるのか!」
突如会話に何者かが割って入る。
「鹿屋、お前まだ居たのか!?買い物頼んでただろ!」
声の正体は鹿屋であった、どうやら会話を盗み聞きしていたようだ。
「ほんでもって、そちらの人は?」
鹿屋は目を丸くした、所長の前の席に座っている男を凝視しながら固まった。なぜなら目の前にいる男はイサトと瓜二つなのだから。
「イサッ「残念だが君の思い描いている奴とは別人だ」
鹿屋が言い切る前に男が否定した。
「じゃあ、ご兄弟とか?」
「……まぁ、そんなもんだ」
男はあっさりと答える。
「それでイサトさんはどこに居るんですか」
鹿屋が事務所を見回すが彼ら二人以外はいない。いつもの彼女とは明らかに違う取り乱し用だ。
「鹿屋!もういいだろ!買い物行ってこいっ!」
所長がしびれを切らして鹿屋を叱咤する。
「買い物ならぜんぜん間に合うって、それでイサトさんはどこに行ったんですか?」
男にしつこく食い下がる鹿屋、ほんの少しばかり危機迫る雰囲気が顔に出ている。
「ああ、あいつなら君の部下に用があるとさ」
「ワトソンに!?何の用で?」
「仕事の調子とか聞きたいって言ってたぞ、場所の詳細は聞いてないが彼と一度会った場所で落ち合うって言ってたぞ」
「ありがとうございます、所長!買い物ついでに行って来ます!」
そう言い放つと鹿屋はそそくさと事務所を後にした。
聞いていた通りに騒がしい小娘だ、探偵としては秀でてるようだがまだまだ若造か……」
「あの人のことになるとあいつは見境が無くなりますから」
「師に対する盲信が過ぎるのと親の仇の事になると見境いが無くなる点はしっかり留意しておけよ」
「重々理解しています」
事務所の階段を足早に駆け下りる、まるでクリスマスの朝の子供のような軽やかな足取りで事務所一階のガレージに駐車されている社用車に乗り込む。あの夜、自分を窮地から救った恩人に再会すべく鹿屋は街へと繰り出した。
ところ変わってとある喫茶店、和戸とイサトの姿があった.
「調子はどうだい、ワトソン君]
当たり障り無い返事を皮切りに話が始まる。
「ええ、でもまだ資料整理程度しか回されてないですけど」
「そりゃそうさ、初日が異常事態だっただけだよ」
和戸の脳裏に前回の事件が過ぎる、殺害現場、パトカーとのカーチェイス、上司の名推理。
「すまない、少し事件を思い出させてしまったようだ、顔色に出ている」
「いえ、お構いなく」
「あんな事件は滅多にない、書類整理も立派な仕事だよ、それで君、大分鹿屋の奴に振り回されただろ?」
「ま、まぁ」
振り回された事自体は間違いないがその実、状況を楽しんでいたのも事実である。
「かれこれあいつについてこれなかった奴もいるが君は大丈夫そうだ、正直あしつに振り回されて嫌気が差してないか不安になってね」
最近のことを振り返る、彼の言うとおり雑務を押し付けらたりするがそんなものはかつての過酷な労働環境に比べればたいしたことはない。
「前の職場に比べれば大したことないですよ」
「履歴書見て調べたが君の前の職場えげつなかったようだね、典型的なブラック企業だ」
「そうですね」
和戸は会話している内に一つの疑問が浮かび上がった。何故彼が自分のようなどこにでもいるような一般人に目をつけたのだろうか?他を当たれば優良な人材なんてものは山ほどいるはずだろう、かつての職場が話題に上がったせいもあってか感傷的な気分が和戸を襲う。
「前と同じ顔だ、それじゃあ前に言いそびれていた三番目の答えを言う時だ」
和戸はすっかり忘れていた、駅前での三つの理由の三番目、自身に何故あの探偵事務所を紹介したのかを。
「君はあの夜の誘拐現場にいた時、自身の命を顧みず警察に通報しようとした」
「はい、結果はミイラ取りがミイラになるオチでしたけどね」
和戸は自嘲した。
「実のところあいつらも
衝撃の事実に和戸は驚く、だが今になって冷静に考えてみれば彼があの夜にいたのは偶然にしては出来すぎてる話であった。
「私はあいつらを泳がせてアジトを掴むためにね、失望したかい?」
和戸は彼に対してよりも己自身に失望していた、よもや自分が陽動作戦を邪魔建てしていたのだ。
「すみません」
思わず謝罪の言葉が出てしまう。
「そこは謝るべき所じゃない。いいかい、人として過ちを犯していたのは私の方だ、世界のために罪なき人を利用する所を君は止めてくれたんだから」
力強くされども優しい言葉に強く私は胸を打たれる。
「私が言いたいのは君が人としてまっすぐな人間だからこの過酷な
そういうと彼は席を立ち財布から二人の飲食代を机に置き言い放った。
「話を聞かせてもらってあんしんしたよ。君なら無事やっていけそうだ、だがもしあいつが度を越した命令やらで困った時はいつでも言ってくれ」
それを最後に彼は喫茶店を後にした。
喫茶店を後にししばらく歩くと彼の前に瓜二つの男が立ちはだかるように現われた。
「もう終わったのか?」
「ああ、彼はもう大丈夫そうだ、そっちは?」
「もう定時連絡は済ませてある、それより鹿屋がお前を探して出て行ったぞ?そっちに来てなかったか?」
「いや、見てないが」
二人は素っ気無い返答を繰り返しながら歩を進める。髪形や服の差異以外は背格好から顔つきまで瓜二つである。
「切れ者と聞いていたが案外大したことないんだな」
事務所で所長と話をしていた方、所長曰くどこかの王らしき男が言う。
「いや、たぶん俺に会えるから浮き足だってるんだろう」
「やっぱ好意向けられてるんじゃないか?いっそ嫁にもらっちまえよ」
「冗談言うな、あいつはガキだぞ?」
喫茶店で和戸と会話していた少し苛立った感じに返す。
「おまえからしたら人類全員がガキだろう?」
「違いない」
二人はそのような会話を進めながら街を後にした。
和戸と鹿屋がそれからしばらくしてのことだった、結局鹿屋はイサトに会うことはできず仕舞いだったらしい。
「なんで教えなかったんだよ!?」
「いや本人に一人で来て欲しいって、とくに鹿屋さんにはだって」
「なんでよ!」
鬼気迫る表情で和戸に凄む。
「だってしょうがないじゃないですか、ついて来られたら話が終わらなくなるからって」
「……なんか言ってた?」
突然鹿屋の声量が萎む。
「なんて?」
「私のことなんか言ってたって聞いてんの!!」
その紅潮した表情に和戸は彼女の彼へ抱く感情の一端を垣間見た。
「『よろしく伝えてくれ」って言ってました」
「それだけぇ!?」
鹿屋は酷く落胆する。
「あと振り回されて困ったら声をかけてくれって」
「はぁ!?……いやまてよ」
一瞬怒りを見せるもしばらく熟考したのちに不適な笑みを浮かべる。どう考えても良からぬことを考えている表情だ。
「よし、それじゃあ帰るか!ばしばし行くから気ぃ張れよ!」
(残念ながら気遣いが裏目に出てしまいましたよイサトさん……これは先が思いやられるぞ)
鹿屋は意気揚々と事務所に踵を返し、和戸は彼女に聞こえないようにひっそりと溜息をこぼし気を取り直した後に彼女の後を追った。
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