第30話 暗躍

 鹿屋が廃墟で猫を探す最中、ある男がそこにいた。

 彼女を遠目からしばらく眺めた後、男はその場を後にした。


 男は廃墟からそれほど離れていない喫茶店に入るとウェイトレスに人を待たせている旨を話し、待ち人が座る席に案内してもらう。案内された席は喫茶店の奥に面した席でそこには奇抜な色の髪のサングラスをした男が座っていた。

 「いやぁ、待たせたね!いつ振りかな?」

 「いつ振りってほどでもないっすよ」

 何気ない会話を挟みながら男は席につく。

 「アイスココア一つ、君は?」

 「なんでもいいですよ」

 「アイスココア二つで」

 「かしこまりました」

 注文が来るのを待ってから男は口を開いた。

 「アイスココアになります」

 「ああ、ありがとう」

 店員への対応は紳士的な印象を受けるその男はアイスココアをサングラスの男に片方を渡す。

 「ここのアイスココアはお気に入りでね、それにしても中々似合ってるじゃないか?」

 「そりゃどうも」

 サングラスの男は相変わらず素っ気ない反応を示す。

 「今回はすこぶる危うかった」

 アイスココアに入った氷をかき回しながらサングラスの男が溜息一つと呆れた表情で返す。

 「自覚があるならあんまり表に出張らないでくださいよ」

 「わかっているとも、今回限りだとも」

 一息置いて男はいった。

 「ただ長丘を確実に始末するには彼に実行してもらう必要があったからね」

 「始末するだけなら俺にでも頼めばいいのに、なんでリスクのある回りくどい方法を?しかも実行犯の手を貸すなんて前代未聞過ぎません?」

 

 「確かに君のような忠臣を使うのは容易い」


会話の最中、音を立てながら氷の入ったココアをかき混ぜていた手を止め一口を啜ってから語りだした。

 「……だがね」

 「配下や仲間内に任せっきりにすれば自ずと反発も強くなる、圧制者に反逆者はつき物だよ」

 「なるほどね、組織内の手で始末するより事件やらに巻き込まれればただの運の無い奴ってことか」

 「頭の軽い者はそう楽観視するだろう、だがそれなりの切れ者が視れば十二分な抑止力となる」

 「私の野望の障害となればどのような結末を迎えるのかをね……」

 僅かにこぼれる邪悪な笑みを男は見逃さなかった。

 「おお、怖い怖い、裏切ったらなにされることやら」

 眉一つ動かすことなくサングラスの男は言ってのけた。

 「君が私を裏切る?」

 喫茶店に男の笑い声が響く、それを見たサングラスの男は咄嗟に静かにするように促す。

 「これは失敬、だが君が私を裏切るなんて信じられんな、じゃあもし君が裏切った暁には鼻でスパゲッティを啜り、耳でウイスキーを一気飲みしよう、弦君」

 弦と呼ばれる男は、思わず呆れ笑いを漏らす。

 「裏切る気は毛頭無いのは事実ですけどそれを聞いてなおさら裏切る気が無くなりましましたよ、スパゲッティを鼻で啜りながらウィスキーを耳から飲むあんたなんか見たら殺される前に笑い死にしちまうよ」

 2人のクスクス笑いが店内にわずかに響く。

 「じゃあそろそろ本題に入りましょうや旦那」

 突如、弦の口調が重々しくなる。

 「せっかちだねぇ、少しは喫茶店の雰囲気を楽しんだらどうだい?」

 「野郎2人で楽しむもクソもないでしょうが」

 「ははは、言えてる」

 旦那と呼称される男は軽い冗談を噛ました後に咳払いを一度する、カップに残ったココアをさらに少し飲むとようやく本題に切り出した、周りに彼らしか客はいないにも関わらず二人以外には聞こえないほどの何気ないトーン、で。

 「今回の計画の実行の際に誤算が生じてね、私の提供した道具が警察に差し押さえられた」

 サングラス越しからでもわかるほどに弦が眉を潜める。

 「もしかして指紋でも残しちまったんじゃないですよね?」

 「そんなヘマするわけないだろう……!組み立ての時点で一切痕跡は残してない!最善は尽くしたとも!」

 旦那の語気がわずかに強まる。

 「本当かよ……」

 「本当だって、まあそれは置いといて」

 (置いといていい話なのか?)

 弦の疑問を他所に話を続ける。

 「問題はあの仕掛けに使ったワイヤーでね、あれちょっと希少なもので出所を探られるとかなりまずいんだ」

 「なんでそんなもん使ったんですかね!?」

 至極全うな言い分に旦那と呼ばれる男は思わず苦虫を噛み潰したような表情になる。

 「だってさ、手にしたら色々ためしたくなるじゃないか」

 まるで子供のような理由に呆れ果てた表情を示す弦、思わず大きな溜息を吐く。

 「……それで俺になにをして欲しいんです?」

 「助かるよ!その獲物の所在は十中八九警察署だと思うんだけど……問題は残りの1、2割の可能性の方だ、君にはちょっとした長旅に同行してもらいたい」

 「1、2割り?同行?」

 一瞬、話の本筋が読めなかった弦だがすぐにその目的地に合点がいった。

 「なるほど、

 「そのとおり、後別件であちらに用があるから警察署の方で保管されていたとしてもどのみち君の助力は必要だったのさ」

 本来彼があちら側と呼ばれる場所に行く際は基本的に単身で向かうのがセオリーで複数人で向かう際は決まって何か重大な事案がある時だけだ。

 「その別件と言うのは?」

 「なあに単なるだよ、盗掘とでも言うべきか」

 仰々しい事柄が飛び交う。

 「詳細を聞いても?」

 「後々ね」

 「また肝心な所をはぐらかす」

 いつものことらしく、弦は旦那の態度に呆れた様子を深める。

 「まあそういうな、報酬もしっかり払うしもたまには動かさなきゃ錆びちゃうじゃないか」

 旦那の発言が弦のトラの尾踏んだらしい、表情が強張りピリピリとした空気が肌に突き刺さる。

 「おいおい、そんなに怖い顔しないでくれ、君の作品を貶したわけじゃない、君の作品達だからこそ頼みたいだ」

 弦の表情が緩み空気少し和らぐ。

 「いくつ用意しときます?」

 「そうだね、最悪ちょっとした戦闘になるかもだから2台くらい選りすぐってくれ」

 弦との交渉は成立した。

 「それで?いつ出発するんですか?」

 「早急に手を打つ必要はないんだ、

 「なんだよ、だいぶ先の話じゃないっすか!」

 「いやいや、準備とこあるだろう」

 至極全うな返事が返ってくるが弦は反論した。

 「でもそんなに流暢にしてていいんですか、もう一つの依頼はともかく今回押収された物品の出所が割れたらまずいじゃなかったんですか?」

 弦の反論はもっともな話であった、先ほど説明していた彼の言うことと大きく矛盾が生じている。

 「いや何、我々無法者はともかく、は物の往来には一際厳しくてね、私用品にすら多くの手続きを踏まなきゃいけない、物品の鑑定に回された物なら更に手間と時間が掛かるだろうさ、それに」

 彼は懐に仕舞っていた新聞紙を取り出しさらに話しを付け加えた。

 「こいつを見てくれ」

 机に広げられた新聞紙はどうやら日本のものではなく英語圏の新聞、そして日付から見るにおよそ一ヶ月ほど前の新聞のようだ。

 「ここを見てくれ」

 「見てくれって言われても俺英ぜんぜん駄目なんですけど」

 「内容は読めなくても大丈夫さ、写真の方を見てくれ」

 彼が指差す方に弦が視線を落とす。そこにはヘリで撮影されたであろう激しく横転したトレーラーが写っていた。

 「高速道路ハイウェイでの横転事故ですか?」

 「そう、だが奇妙なんだよこの事故、綺麗に真横に横転してるだろ、何もないだだっ広い場所でこんな横転するかね?」

 「そりゃ、鹿やら野生動物でもいたんじゃないですかね?」

 彼は弦の発言に少々呆れた表情を示す。

 「それなら急ブレーキでも掛けりゃいいでしょ、写真をじっくり良く見てくれ、モノクロですらしっかりわかるほどくっきりとタイヤ痕があるだろう!よほどスピードを出していたところに急ブレーキしたのがわかる、そしてだ、そしてこのトレーラー以外に巻き込まれた車両は無く日の昇らない早朝、対向車線をはみ出した車を避けたにしてもこのブレーキ痕はつかない。

 「その事故が如何わしいのはわかりましたけど、それと今回の話になんの意味があるんですかい?」

 「ああ、大有りだとも、焦らず君とコンタクトをとるまで待てる理由さ」

 新聞を指差す、今度は横転したトレーラーから少し先にある路側帯の茂みを指差す。

 「草木がなぎ倒されてる?」

 「ああ、反対側にもあるだろう、これは間違いなく何かが横倒しになっていた証拠さ、まぁ可哀想に運転手は亡くなってしまったおかげで真相はわからず仕舞いだが間違いなくにとって頭を抱えたくなるような由々しき事態が起きたのは間違いない」

 「その大事の後処理で手を焼いてるから心配ないと?」

 「そのとおり」

 旦那がクスクスと突如笑いだす。

 「ふふふ、間違いなくあのがてんやわんやしているのが眼に浮かぶ」

 「……何気取りですか?」

 「いやこっちの話だ、気にしないでくれそれじゃ本題に戻ろう」

 咳払いをした後に彼は本題に戻る。

 「そういうわけでこちらも準備ができたら連絡するよ」

 「はいよ、了解」

 弦の返事を聞くと彼はとっくに氷が溶け切り薄まったココアを飲み干すと席を立ち上がる。

 「それじゃ私はあちらに先に行っておこうと思う、……何より」

 会話が途切れ彼が一瞬窓の外を目をやる。この時、弦は見逃さなかった、彼の瞳に垣間見えた底知れぬどす黒い殺意、いったい外に何が誰がいるのか気になって仕方なかったが彼から目を離せなかった。ほんの一秒と満たない一瞬、だが数分数時間に感じられるほどに。

 「あの娘に近づきすぎた」

 「あの娘?」

 蛇に睨まれた蛙状態になっていた弦だったが再び語りだした言の葉に思わず疑問が口に出る、その質問に答えるべく彼が再び着席する。

 「いやなに、

 「愚か者と言うと?」

 「偽善者、いや偽善者と呼ぶのすら憚られる我が両親に似た兄共々探偵気取りで私に楯突く文字通りの愚か者さ」

 弦の頭の中で全てに合点がいった。

 「なるほどね、その探偵気取りが警察に助力して凶器があっちに行っちまったってことですね、てことはあんたの兄貴と妹は俺らを取り締まる連中」

 「ご名答、境界線の守り人だ」

 まるで汚らわしいものを語るような表情を見せながら肘をテーブルに着け腕を組む。

 「それにしても兄弟で仲悪い所かまさか敵対してたなんて、そもそも兄弟がいたってのも初耳っすよ」

 「まぁ仲悪いなんて生ぬるいものじゃないさ、互いに殺したいほど憎んでるのだからね」

 「そんなに?」

 「そりゃ、親の仇だもの私」

 一瞬の思考の後に弦が固まる。

 「それって自分の親……」 

 「まあ家族も十人十色さ、まぁ愚か者とも言えども私が裏で引いていたかはともかく、計画を立てた共犯者がいる所までは辿り着いてるところだろう」

 「だから警察の手元にあるかあっちにあるかわからなくなったったと」

 「ふふふ、そうだとも」

 「まぁ実行犯かれには名前を明かしてないしも上手くいった、まぁ彼は薄々気づいてただろうがね」

 「何か仕掛けたんですか?」

 弦はろくでもない答えが返ってくるのは解っていた、解っていたが彼の好奇心が僅かに上回った。

 「なにね、最初の邂逅からさ、おかしいとは思わないか?真実を知る者から話を聞いた後に余命幾ばくもないなんていくらなんでも都合が良すぎるとは思わないかい?」

 「まさか……!」

 彼の表情が邪悪に染まる、今度は一切隠さない笑みが弦を襲う。

 「ご明察、一服盛ったのさ。初めてあった喫茶店でね、それもすこぶる特別な試薬をね、そして何より素晴らしいのはその手のブツはもみ消してくれる闇も在るからね」

 まさに今回の一件の全ては彼の手の内にあったのだ、弦は改めて彼を裏切らないと決心した、彼の道を阻むものは須らく破滅する、歯向かうことの許されぬのだと。

 「よし、いい時間だしそろそろ行くとするか。さっき言った通り

に先に行って準備を進めておく、時が来たら連絡するよ」

 そういうと彼は瞬く間にその場から消え去っていた。文字通り。

 「あっ、お会計!!」

  結局弦は彼の飲み代分も払う羽目になった、だが彼にとってははした金よりもあの旦那おとこと居る自信が無かった彼にとってはその場を終われるのがその支払い程度で済むのなら安いものだと。


 つい先ほどの街並みは無くただただ広大な平野に男は降り立った、去り際に部下が放った言葉を思い返していた。

 (ずいぶんびびり散らしてた割に会計気にする余裕があるなら大丈夫そうだな)

 そうして男は夕暮れ間際の平野を征く、子供の如き無邪気さと底知れぬ邪悪さを含んだ笑みを浮かべながら。

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