第29話 遠き日の傷跡
轟々と燃え上がる屋敷の中、
額から血を流し倒れこむ両親、
最愛の両親に凶弾を放ったその男の姿は彼女の脳裏に今も焼きついて離れない。
ふと猫の鳴き声に我に返る、彼女の眼前には恐らく火災で焼け落ちたであろう廃墟が佇んでいた。焼け跡から脳裏に過ぎった景色は拭うことのできない呪いだ。
(今は感傷に浸っている時じゃない……)
依頼の途中に横切った焼け落ちた廃墟で足を止めていた鹿屋は再び仕事に戻り鳴き声のする方へと向かう。
猫を探すというのは困難なものだ、さらに今回の猫はさらに複雑だ、常に室内にいた猫ならともかくターゲットの猫はしょっちゅう外に出かけておりその日に限って数日帰ってこないとなると三つほど可能性が上げられる。
一つ目は保健所に保護されている可能性
二つ目は誰かが迷い猫として保護している可能性
三つ目は事故や猫同士の喧嘩に巻き込まれ負傷もしくは死亡している可能性。
一つ目は保健所に赴き猫の写真を見せて確認を取ったが該当する個体はいなかった。
二つ目はSNS等で迷い猫の情報が上がってないか調べたが猫を預かっているような情報は一件もヒットしなかった。
あまり考えたくはないが三つ目も多いにありえる、自動車に轢かれるロードキルはとても多く、年間で30万頭が道路で死亡しているよいう統計も出ているほどだ。
猫同士の喧嘩も場合によっては死因になりうる、季節が季節というのもある、この自時期は猫達は発情期でオス同士の喧嘩も後が絶えない、今回の案件の猫は成猫なので心配は無いだろうが幼い猫ならカラスなどの外敵に襲われるリスクもある。
今日中には見つからないと踏んで軽自動車の中には捕獲箱を用意し、依頼主の家の周囲から順に調べあげ、猫の溜まりそうな場所を捜す。
実際、迷い猫の依頼が初日で解決することはまずない、この下見はただ単にデスクワークから逃れる為の口実でもあった。
目の前にターゲットと特徴が一致する猫が佇んでいた、焼けた廃材の上に寝転がっている、鹿屋は依頼主から借りた写真と照らし合わせる。毛色、尻尾の長さ、瞳の色、果ては首輪まで同じなのだ。
(見つけたはいいが、流石に素手では無理か)
幸運にも猫はこちらに気にも留めていない、鹿屋は路上駐車している、社用車から捕獲箱を引きずり出し速やかに猫がいる廃墟に配置、車を駐車違反で切符を切られないように近場のコインパーキングに車を移し急いで廃墟に戻ると猫はすんなり捕獲箱の中に納まっていた。釣り餌には依頼主から聞いた猫の好物をチョイスしたがこの猫あまりにも警戒心が無い。
捕獲箱の中で見知らぬ人間が近づきあたふたする猫、怯えた声をあげる猫に目も触れず鹿屋は用意していた毛布を捕獲箱に掛けた、こうすれば猫は大人しくなる。毛布で隠した捕獲箱を抱え車を停めた駐車場に向かった。
一端、上司に報告も兼ねて事務所に車を走らせる。
事務所の一階のガレージに車を停めて2階に上がるが二人の姿がない、時計を時間的にはもう昼飯は食べ終えて仕事に取り掛かっている筈だ。
3階を確認すると案の定食卓の方から二人の会話が聞こえる。
「いつまで休息してんのさ?もう2時過ぎてるぞ」
2人は声にハッとしたように時計の方を向き急いで昼食の後始末を始めた、時間を忘れて談笑するあたり新入りはかなり上司馴染めている様子だ。
「それで彼が件のターゲットかい?」
片付けを終えた所長が鹿屋が運んできたケージの中を覗く。
ケージの中の猫はシャーと言う猫特有の威嚇を発する、長いこと車の荷台に揺られて気が立っているようだ。
「でも良く見つけ出せましたね」
和戸も感心した表情をしながらケージの中の猫を覗く。
「まあ今回は運が良かっただけさ、いつもなら二、三週間はかかる厄介事なんだぜ」
「よし、じゃあ仕事を再開するぞ。和戸君は御前の続きを、鹿屋は依頼主に連絡して確認をとってくれ」
「わかりました」
「了解」
所長の命令を皮切りに3人は2階に降りた。
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